2018年8月11日土曜日

インドネシアの正副大統領候補ペア決定、その人物像は?

2018年8月10日、来年のインドネシア大統領選挙に立候補する正副大統領候補ペア2組は、正式に選挙委員会(KPU)へ届出をしました。今回は、とくに、副大統領候補の人物像について書いてみたいと思います。

インドネシアでは、2014年から有権者による直接投票で大統領を選ぶ直接選挙が5年ごとに行われています。また、立候補は、大統領候補と副大統領候補のペアとしての立候補になります。

さらに、実際の次の大統領選挙は来年、2019年4月17日に投票が行われます。今回からは、国会(DPR)、地方代議会(DPD)、州議会(DPRD Provinsi)、県議会(DPRD Kabupaten)/市議会(DPRD Kota)の議会議員選挙も同じ投票日の統一選挙になりました。

前回(2014年)までは、議会議員選挙が終わってから大統領選挙となるため、議会議員選挙の結果を見ながら立候補者を選べたのですが、今回からは、一年近く前に決めることになりました。

今回、立候補を届け出たのは、ジョコ・ウィドド大統領候補(現職)=マルフ・アミン副大統領候補のペアと、プラボウォ・スビアント大統領候補=サンディアガ・ウノ副大統領候補のペア、の2ペアです。この両者の一騎打ちとなる見込みです。

大統領候補は、ジョコウィとプラボウォという、前回2014年選挙と同じ対決となりましたが、副大統領候補は新顔です。どんな人物なのでしょうか。

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現職のジョコウィと組むマルフ・アミンは、いわば、最高位のイスラム指導者という立場の人物です。イスラム知識人の集合体であり、イスラムの教義に基づいたファトワ(布告)を出し、ハラルか否かを決定する機関である、インドネシア・ウラマー評議会(MUI)の最高指導者であるとともに、イスラム社会団体として国内最多の会員数を持つナフダトゥール・ウラマ(NU)評議会議長(Rais Aam)を務めています。

一方、グリンドラ党のプラボウォ党首と組むサンディアガ・ウノは、現在、ジャカルタ首都特別州副知事を務めていますが、かねてから有望視されてきた若手実業家で、サラトガ・グループなどの総帥でした。ジャカルタの州副知事に就任してから、わずか7カ月で辞職し、副大統領候補となりました。プラボウォと同じグリンドラ党の幹部でもあります。

すでに報じられているように、近年、インドネシアではイスラムの政治利用と過激なイスラム思想の浸透が大きな問題となってきました。

これまで、ジョコウィ政権は、多数派であるイスラムの利益を軽視しているとして、たびたび非難されてきました。先のジャカルタ首都特別州知事選挙では、キリスト教徒のアホック前知事がイスラム教を冒涜したとの容疑をかけられ、数万人のイスラム教徒を動員したデモ等で圧力をかけられ、アホックは落選し、しかも有罪判決を受けて刑務所に収監されました。

アホックは、ジョコウィが大統領就任前にジャカルタ首都特別州知事だった時の副知事であり、アホックへの批判はジョコウィへの批判でもありました。

ジョコウィにとって、こうしたイスラムの政治利用を軽く見ることはできないという判断になり、次期副大統領候補は、イスラム教徒票をまとめられる人物でなければならないという判断になったようです。そして、おそらくそのためには、今、最も安心できる候補として、マルフ・アミンを選んだのでした。

他方、プラボウォは、そうしたイスラムの政治利用を通じて、ジョコウィと対決しようと動いてきました。実際、アホックを蹴落とす大勢のデモは、プラボウォを支持する者たちによって主導されました。今回も、副大統領候補を決める前に、イスラム指導者たちを集めて、副大統領候補に誰がふさわしいか、推薦させるという手法を使いました。そして、2名のイスラム指導者が候補として上がりました。

ところが、プラボウォはその2名のイスラム指導者ではなく、同じグリンドラ党の幹部であるサンディアガ・ウノを副大統領候補に決めました。巷では、サンディアガ・ウノが選挙資金提供を申し出たという噂が流れており、前回同様、選挙資金確保に苦しむプラボウォにとっては、資金のないイスラム指導者よりもサンディアガ・ウノを選好した、というふうに見られています。

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ここに、非常に面白い対照、反転が見られます。

すなわち、イスラムからの批判を受けそうなジョコウィ側がマルフ・アミンを副大統領候補とし、むしろイスラムを政治利用して得票を確保しようとする一方、これまでイスラムを政治利用してジョコウィを貶めようとしてきたプラボウォ側が、推薦されたイスラム指導者ではなく自党の元実業家サンディアガ・ウノを副大統領候補にする、という展開だからです。

イスラムをシンボルとして使うのは、当初からそうしてきたプラボウォ側ではなく、ジョコウィ側、という反転です。

ここで、さらに興味深い疑問があります。二つ挙げておきます。

第1に、マルフ・アミンは、実は、アホックを貶めたイスラム教徒動員デモの首謀者の一人なのです。彼がトップのMUIは、「アホックがイスラム教を冒涜した」と見なしました。あのデモは、アホックの先にジョコウィを見据えていました。すなわち、本丸はジョコウィだったのです。その彼が、なぜ今、ジョコウィと組むのでしょうか。

第2に、サンディアガ・ウノはもともと、政治にはほとんど興味を示さない実業家でした。ところが、2015年に突如、グリンドラ党へ入党し、政治の世界へ入ります。そして、すぐにジャカルタ首都特別州知事選挙へ副知事候補(当初は知事候補でした)として立候補して当選します。なぜ彼は政治の世界へ入り、プラボウォとタグを組んだのでしょうか。

これらについては、今、色々と調べていて、いくつかの面白い事実がわかってきました。ここではまだまとめきれませんが、それも含めて、次の、8月22日以降に発行予定の情報マガジン「よりどりインドネシア」第28号(有料)のなかで、今回の正副大統領候補決定の背景について、詳しく述べてみたいと思います。

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