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2017年8月22日火曜日

よりどりインドネシア第4号発行

昨日(8/21)、インドネシアの西スラウェシ州ポレワリに着きました。今年も、カカオツアーのお手伝いに来ています。8/27に帰国します。

カカオツアーの最中ではありますが、情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア第4号」を発行しましたので、お知らせいたします。

今回は、カソワミ、カーニバル、海の高速と我らの家、そして、よりどり情報サーチ法の4本です。

東南スラウェシ州ワカトビ列島のカレドゥパ島で以前、カソワミを食べました。どんな食べ物なのでしょうか。

娯楽が少ないと言われたインドネシアで、カーニバルを活かしたまちおこしが広まりつつあります。それは、東ジャワ州の小さな地方都市ジュンブルから始まりました。

国内物流コストを下げるための「海の高速」と「我らの家」、いったいどんなものなのでしょうか。少し解説しました。

中央統計庁とインドネシア銀行のサイトで統計情報を探す方法をお教えします。

現在、会員募集中です。毎月7・22日に発行。日本ではあまり報道されない様々な地方のインドネシア、違った視点からのインドネシアの話題を提供中です。お楽しみに!

いくつものインドネシアへ。ぜひ、読者登録(会員登録)のうえ、全文をご高覧ください。

2017年8月19日土曜日

今週は福島、来週はスラウェシ

久々の投稿となってしまいました。

8月15〜17日は、妻と一緒に福島へ行っていました。

まずは、実家の母や弟たちと一緒に、亡き父の墓参りへ行きました。

翌日は、盆休み中の弟と妻と一緒に私のオフィスへ行きましたが、床が汚れていると言って、さっそく掃除。ホームセンターで必要な備品を買い物した後、オフィス入口の床板が腐食していたので、応急措置をしました。


オフィスと同じ敷地内にある、雨上がりの古民家。古民家のオーナーに挨拶し、妻を紹介して、しばし歓談しました。

8月15〜16日は盆休みの弟が、そして17日は弟の嫁が我々の相手をしてくれました。

実家に帰る途中で、季節も終わりかけの桃「あかつき」を箱買いして、実家で食べました。もちろん、硬くて甘い桃でした。


福島から東京へ戻り、18日は都内でなかなか有意義な会議を終え、明日20日からは、ダリケー株式会社による、インドネシア・スラウェシへのカカオ農園ツアーのお手伝いに行ってきます。

帰国は27日。今年はどんなツアーになるか、どんな面白い方々とお会いできるか、楽しみです。

2017年8月14日月曜日

台風の最中に涼を求めて長野へ(3)

今回の長野への旅の番外編は、乗り物、バスと鉄道です。

志賀高原で便利だったのは路線バスでした。蓮池を中心に、白根火山方面と奥志賀高原方面へ、日中で1時間ないし1時間半おきに路線バスが来るので、一つの場所でゆっくり回ることができました。

重宝したのは、「志賀高原得トクキップ フリー1日乗車券」です。サンバレーから志賀高原内の白根火山方面と奥志賀高原方面への路線バス停留所を自由に乗り降りできて、1日1000円。蓮池から白根火山まで1050円、蓮池から奥志賀高原まで890円、すぐに元が取れてしまいます。

今回は8月9日に利用したのですが、奥志賀高原まで乗ったので、フリー乗車券でない場合と比べて2分の1以下の運賃で済んでしまいました。

バスといえば、長野駅東口から志賀高原へ直行する急行バスも便利です。蓮池停留所に停まっていた急行バスの車体には、「えのたんとキノコフレンズ」が描かれていて、台湾から来た女の子二人連れが盛んに写真を撮っていました。


2017年8月13日日曜日

台風の最中に涼を求めて長野へ(2)

7〜9日は志賀高原で過ごしました。

志賀高原というと、私にはとてもまぶしい雰囲気の場所でした。バブル全盛だった大学生時代、学生たちの多くは、夏はテニス、冬はスキー、と判で押したように男女伴って出かけ、大いに遊んでいました。その行き先として脚光を浴びていたのが志賀高原でした。

大勢と同じことをしたくない自分は、テニスもスキーもせず、しかも浮いた話にも興味がなく、男同士で歌う男声合唱のサークルに所属していました。そのため、志賀高原というのは、自分にとってはまぶしく、世界の違う場所と感じていたのでした。

それ以前、小学生の頃、群馬の親戚のおじさんに誘われて、草津から何度か志賀高原へドライブに連れて行ってもらったことはありました。その時の印象も、人気のある観光地だな、という程度のものでした。

今回も、そんな賑やかできらびやかな志賀高原を想像して行ったのですが・・・。

それは、昭和の志賀高原でした。平成の志賀高原は、違う印象の場所になっていました。

志賀高原行きのバスに乗るため、まず長野駅東口へ行きました。でも、一通り見渡しても、駅には、志賀高原に関するポスターやパンフが見当たりません。

東口の土産物店「科の木」なら何かあるだろうと思って、行ってみました。志賀高原に関するものは何もありませんでした。「科の木」はアルピコグループが経営していて、同グループのバスの行先である信濃大町や黒部アルペンルートの情報パンフは置いてありましたが・・・。

新幹線ができてからは、中央線・大糸線経由で松本や大町からアクセスするのではなく、新幹線で長野まで来て、バスで大町や黒部へ向かうようになったことを理解しました。

長野駅東口から志賀高原への急行バスを運行しているのは長野電鉄です。スキーシーズンの冬季は本数が多いのでしょうが、夏季の本数は1日数本。

私たちが乗った10時15分発の白根火山行き(通行止のため渋峠までしか行きませんでしたが)のバスの乗客は、我々2人以外は外国人客8人。しかも、我々以外の全員が途中のスノーモンキーパーク前で降りて行きました。そうか、彼らの目当てはニホンザルだったのか。

ニホンザル目当ての外国人が降りた後の乗客は、我々2人だけ。そのまま目的地の蓮池まで行きました。バスを降りた目の前、旧蓮池ホテルが解体されているところでした。


それにしても、人がいません。台風が来ているし、旧盆の少し前ということもあるのかもしれません。実際、今回の行程は、どこへ行っても我々2人の貸切状態でした。

2017年8月10日木曜日

台風の最中に涼を求めて長野へ(1)

夏休みと宣言して、8月6〜9日、妻と二人で長野市と志賀高原へ行ってきました。娘がちょうど長期で不在となっているこの時期、本当に久しぶりに、東京の自宅を離れて、二人で旅に出ました。

とにかく、涼しいところへ行きたい!という妻のリクエストもあり、東北海道なども検討したのですが、最終的には、志賀高原へ行くことにしたのでした。

個人的には、本当は、久々に香港か台湾へ行って、存分に食べまくりたかったのですが・・・。涼しいところが優先、でした。

6日は長野市で1泊。その目的は、ここでした。


長野駅前のちょっと路地を入ったところにある映画館「長野千石劇場」。東京で観そびれた香港映画「コール・オブ・ヒーローズ」を観るためでした。

2017年8月8日火曜日

よりどりインドネシア第3号発刊+夏休み

8月7日付で、インドネシアに関する情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」第3号を発刊しました。下記のサイトから、ぜひ、読者登録(会員登録)のうえ、ご一読いただければ幸いです。

 よりどりインドネシア第3号

今回取り上げた内容(概要)は、以下のとおりです。

▼インドネシアの国民食インドミーがナイジェリアでも国民食扱いされていることをご存知ですか。アフリカの人々に即席麺文化を植え付けたインドミーのお話です。
→「インドミーはなぜナイジェリアで成功できたのか」

▼このところ塩の値段が急騰しています。不足を輸入で埋めたいのですが、輸入ができないある事情がありました。
→「塩価格が急騰している背景」

▼ロンボク島在住の岡本みどりさんによる連載「ロンボクだより」が始まりました。現地生活者の視点でロンボク島で見聞きする出来事を描いていただきます。
→「ロンボクだより(1)’ゆったりのんびり’に腹が立ったときの特効薬(岡本みどり)」

▼古建築再生は日本だけではありません。スマランのコタ・ラマはその意味でも興味深い事例です。
→「スマランの古い町並み『コタ・ラマ』が面白い」

▼インドネシアの食事がみんな脂っこいと思っていませんか。今回はヘルシーフード「パペダ」をご紹介します。
→「ジャヤプラで食べたパペダとは」

このところ、バタバタしていて、ブログ更新ができずにおりました。ご容赦ください。

なお、8月6〜12日ごろまで夏休みとさせていただきます。この文章も、インターネット接続がよくない日本国内の某所で書いております。台風の影響と思われる雨や風の音がゴーゴーと聞こえてきます(どこにいると思いますか?)。

2017年8月1日火曜日

インドネシアの大学の先生方を福島へ

8月1日、インドネシアのマラン・ムハマディヤ大学の先生方5人を福島市へお連れしました。朝、羽田に到着し、そのまま東京駅から新幹線で福島へ来ました。

今回の訪問は、今年4月に私が同大学でゲスト講義を行なった際に話が出ていたもので、福島をテーマとした新しいプログラムを立ち上げる可能性を探るための来訪です。

福島駅近くのホテルへ到着。でも午後3時までチェックできず、一息入れる間もなく、ホテルのカフェでそのままミーティングへ。でも、今回の福島訪問では、実は、このミーティングが一番重要だったのでした。

2017年7月29日土曜日

尊厳ということ

近年ずっと思っていることの一つが、尊厳ということです。

人間が生きていくうえで、自分の人生を振り返ったとき、「生きていてよかった」「生きてきてよかった」と思えるのは、自分の人生が自分にとっての意味を持ち、それを自分以外の他人や場合によっては世間が認め、尊重するからではないかと思います。

人生の最期を、モノとしてではなく、その人自身として終える。誰もがそのような尊厳を持った形で最期を迎えたいと思うものだと思います。

立派な人生って何だろうな、とも思います。誰が何をもって「立派だ」と評価するのか。なかには、他人や世間から「立派な人だ」と言われたいと思って生きる人もいることでしょう。でも、それは常に自分の人生の評価の尺度を他人に委ね続けるということでもあります。本当の自分とは違う自分を演じ続けなければならなくなります。

どんな人でも、自分が自分らしく生きた、そのそのものをそのまま尊重してもらいたい、という希望を持っているのではないか。他人の評判や世間体に合わせるのではなく、自分ではないような演技をすることなく、自分の存在そのものを一人の人間として尊重されたいのではないか。そんな気が自分でもします。

でも、それは、果たして人間のことだけなのでしょうか。

2017年7月26日水曜日

佐伯の宝、カフェ・ド・ランブル

7月23日、24日の2日間、大分県佐伯市へ行っていましたが、その2日とも、知人に連れられてお邪魔したのが、カフェ・ド・ランブルという古い珈琲店でした。

市内のやや大きめの通りから狭い路地に入り、ちょっと行った先にある蔵造りの建物、気がつかなければ通り過ぎてしまう場所にその店はありました。



2017年7月24日月曜日

音楽を愛する人々に満たされた佐伯での夜

7月23〜24日は,大分県佐伯市に来ています。23日の夕方から、佐伯の皆さんと音楽を楽しむイベントに参加しました。

場所は、市内のお医者さんのお宅に作られた音楽ホール。


そして、そのお医者さんの中学校時代からの同級生で、現在はドイツを拠点に活動している日野隆司氏のピアノコンサートでした。

プログラムは、モーツァルト、ベートーベン、シューマン、ショパンでした。一般のコンサートホールとは異なり、音だけではなく、わずか数メートルの距離にいる演奏者の息づかいさえ聞こえる、とてもいい空間を感じました。

集まった方々は、地元佐伯の音楽を愛する一般の方々でした。今年3月に立ち上がった、佐伯ミュージック・アート・クラブというグループの皆さんです。このフォーラムは、「おんせん県おおいた」にありながら温泉のない佐伯で、自分たちで楽しみながら音楽をもとにした地域おこしを進めていきたい、という趣旨で始まったものです。

2017年7月23日日曜日

よりどりインドネシア第2号を発刊

ここ数日、会員制ウェブマガジン「よりどりインドネシア」第2号の原稿を書いていたため、ぐろーかる日記の更新がおろそかになっておりました。お約束通り、7月22日に第2号を発刊いたしました。以下のページをご参照ください。

 よりどりインドネシア第2号

今回の話題は、首都移転論議、中国系工場襲撃事件、教育問題、ソト・クドゥスの4点です。


首都移転論議、再び
ジャカルタからの首都移転論議は、今回が初めてではありません。本号では、過去の論議を少し詳しく振り返ります。

北スラウェシでの中国系セメント工場襲撃事件
北スラウェシ州で中国系セメント工場への襲撃事件がありました。その背景には中国嫌いにとどまらない、地方政治の思惑が絡んでいました。

新学期、今年も入学仲介業者が暗躍したが・・・
インドネシアの学校は新学期がスタート。日本より進んでいるかもしれないオンラインの新入生入学受入システム。それでも変われない構造的な問題に触れました。

クドゥスで本場のソト・クドゥス
私も大好きなソト・クドゥス。中ジャワ州クドゥスで食べる本場の味を紹介します。

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2017年7月19日水曜日

仙石線と仙石東北ライン

7月16日に、イモニウォークに参加するため宮城県東松島市へ行きましたが、その行き帰りに使ったのが、仙石線と仙石東北ラインです。

仙石線とは、仙台と石巻を結ぶJR線で、東日本大震災の際、野蒜駅付近で線路が津波の影響を受けて断線し、松島海岸=矢本間で代行バスが運行された後、線路を高台ルートに移転の上、2015年5月30日に全線が運転再開しました。

今回、乗ったのは、仙石東北ライン。仙台から塩釜までは東北本線を通り、塩釜から松島へ向かう途中で仙石線へ入り、高城町から先は仙石線で石巻や女川まで向かう「快速」です。女川まで行くということもあり、車両はハイブリッドのディーゼルカー(HB-E210系気動車)です。


ハイブリッドというのは、エンジンの動力として走行しながら発電し、その電気を蓄電池に溜めて、それを使って速度を制御したながら走る、ということのようです。ハイブリッドの様子が社内でもモニターできます。


2017年7月17日月曜日

福島高校合唱団第60回定期演奏会を聴いて

昨晩は仙台に1泊し、イモニウォークの疲れをとって(?)、朝、JR普通電車で福島へ移動しました。実家で昼食をとって少し休憩した後、ママチャリに乗って向かった先は、福島市音楽堂。


今日は、ここで、福島県立福島高等学校合唱団第60回定期演奏会を聴きに行きました。私の母校であるだけでなく、実は、私もかつて、所属していました。当時の福島高校は男子校でしたので、所属していたのは、もちろん男声合唱団。そう、当時は福島高等学校男声合唱団でした。

今は男女共学となったため、男声がとれて、福島高校合唱団となっている様子。実際、現在の団員は、圧倒的に女性のほうが多く、福島高校といえば男声合唱団だった自分としては、正直言って、最初からちょっと違和感を感じる雰囲気がありました。

今回は、合唱団創団70周年記念演奏会も兼ねており、OB(共学後のOGも含む)がかつて演奏した曲目を現役団員も入って歌う特別ステージがあり、それを聴くのも目的の一つでした。

2017年7月16日日曜日

イモニウォーク奥松島2017は楽しかった!

昨日(7/15)の朝、ジャカルタから東京へ戻り、自宅でちょっと休憩してから、新幹線と仙石線を乗り継いで東松島市へ向かって、同市矢本の宿に宿泊(ここがとても居心地良かった!)。そして今日(7/16)は、イモニウォーク奥松島2017というイベントに参加してきました。

イモニウォークは、東松島市の野蒜駅を出発点として、宮戸島にある松島自然の家までの約10キロのコースを歩く「イモニウォーカー・ルート」と、自転車で宮戸島の名所8カ所をまわる「新宮戸八景ルート」のいずれかを選びます。各コースにはチェックポイントが設けられ、それぞれのポイントでスタンプを押して周り、完走して全部スタンプが押されたら、景品がもらえます。

また、途中では、インドネシア・アチェのコーヒーを飲めるスタンドや、アチェのカレーを食べられるスタンドがあり、かつ農産物直売所を兼ねた複合施設「あおみな」で地元の特産品を味わえるマルシェに立ち寄ります。

東松島市はJICAによる震災復興を通じた経験共有協力の事業を通じてインドネシアのアチェ州の州都バンダアチェ市と協力関係があり、ちょうど今、バンダアチェ市から2名の漁師さんが1カ月間の研修に来ています。彼らと東北大学のインドネシア人留学生が上記のスタンドでコーヒーやカレーを振る舞うほか、アチェのサマンダンスのパフォーマンスも披露してくれます。

そうそう、イモニの説明を忘れていました。これは芋煮のことで、南東北で秋の恒例行事である芋煮会で振舞われる食事です。ゴールした後、この芋煮が振舞われます。そこで、このイベントをイモニウォークと名付けたようです。

野蒜駅は真新しく変わっていました。仙石線が野蒜駅付近で津波で寸断されて再建できないため、住民移転を行った内陸側へ線路を付け替え、駅も新築して、2015年5月30日に復旧し、運転が再開されました。


ちなみに、昔の野蒜駅は、今は震災復興伝承館とコンビニが一緒の建物となっています。震災復興伝承館では、震災時の津波による被害とその後の復興の様子が映像も含めた資料として展示されています。


2017年7月15日土曜日

25年ぶりにジャカルタの恩人の一人と再会

ジャカルタでの用務を終え、帰国便まで時間が取れたので、ジャカルタの恩人の一人のお宅を訪問し、25年ぶりに再会しました。

つい最近、日本の携帯のLINEにこの方からメッセージが入りました。ジャワ人によくある名前であり、何人か同じ名前の知り合いがいるので、それまでの一番最近連絡のあったバニュワンギ県会議員かと思って尋ねたら、恩人の方でした。

彼と出会ったのは、前の職場に入った年なので、1985年です。インドネシア中央統計局の最後は副長官を務めた方で、私がインドネシア研究に携わり始めた駆け出しの頃、ずいぶんと可愛がってもらいました。

日本にも何度か招聘し、地方視察へご一緒して、温泉に入ったり、いろんなエピソードがあります。職場の先輩のリクエストで、彼の奥様と温泉ホテルで「ブンガワン・ソロ」のデュエットをさせられたのも、今となっては懐かしい思い出です。