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2017年4月30日日曜日

福島の当社への最初の来客はマカッサルの親友

松井グローカル合同会社を立ち上げて、福島のマイ・オフィスへの最初の訪問客が今日4月30日にありました。その客は、私のマカッサル時代からの親友であるリリ・ユリアンティ(Lily Yulianti)さんでした。

彼女は現在、オーストラリアのメルボルンに住んでいますが、もともとはインドネシアのマカッサルの出身で、新聞記者、NHKラジオジャパンのインドネシア語アナウンサーなどを経て、小説家、エッセイスト、ジャーナリストとして活躍しています。

彼女は、若い世代への質の高い執筆に関する指導も続けてきました。2011年からは、インドネシアの著名な映画監督であるリリ・レザ氏と一緒にマカッサルで立ち上げた「ルマタ文化スペース」を母体に、マカッサル国際作家フェスティバル(Makassar International Writers Festival: MIWF)を主宰してきています。

今年のMIWF2017は、マカッサルで5月17〜20日に開催されますが、私もフルで参加する予定です。「ルマタ文化スペース」の設立には私も協力し、MIWFでも5年前からささやかながら1セッションのスポンサーを務めています。

福島に着いて、すぐに詩人の和合亮一さんと面会しました。東日本大震災後の日本現代文学の動向に関心を寄せるリリ・ユリアンティさんが福島へ来ると聞いて、どうしても会って欲しかったのが和合さんでした。幸い、今回の面会は大変有意義なひとときとなり、今後の双方の活動にとっても多くの示唆を得ることができました。


2017年4月29日土曜日

爽やかな季節、皇居東御苑を初めて散歩

法人登記関連でバタバタしていた昨今ですが、今日は久々にオフの1日。気持ちのいい風を感じながら、妻と一緒にツツジの花を求めて散歩に出ました。


行先は、皇居東御苑。ずっと東京に住んでいながら、訪れたのは今回が初めてです。東京メトロ東西線の竹橋駅で降りて、北桔橋門から入り、江戸城跡の天守台へのぼりました。


2017年4月28日金曜日

御徒町のハラール・ラーメン店

今日は、昼から面会が2件ありましたが、その後は、来日中のインドネシア人の友人に夕方からお付き合いしました。

彼は、インドネシア投資調整庁のお役人で、初めて日本に来た部下3名と一緒でした。アクアシティお台場で待ち合わせをして合流し、ハイヤーで移動。芝公園で東京タワーをバックに写真を撮った後、ハイヤーの運転手の勧めで、ハラール・ラーメンを食べに行きました。

前回、1月にインドネシア人の友人を新宿のハラール・ラーメン屋へ連れて行ったのですが、今回は、御徒町の別の店へ。アヤム屋(Ayam-YA)という名前の店でした。Ayamはインドネシア語で「鶏」の意味です。


2017年4月27日木曜日

法人口座開設と「吾妻の雪うさぎ」

本日、無事に法人銀行口座を開設することができました。

一般に、法人口座開設には2〜3週間かかると言われておりますが、今回は、申請してから1週間で開設できました。

これは、古民家のオーナーがこの銀行支店のお得意さんで、全面的にバックアップしてくれたためだと思います。また、この銀行支店で対応してくれた次長が高校の後輩、といった地方ならではの人的関係もものを言っているのかもしれません。

この銀行支店は、私のオフィスから歩いて2分、この近さは得難いものです。私の中学・高校の友人たちは、すでにこの銀行の理事や支店長になっている者が多数いますが、今回は彼らの助けは求めませんでした。

とにかく、今回の法人口座開設にあたっては、この銀行の支店の皆さんに本当によくしていただいて、深く感謝しています。

オフィスを出て、西のほうを見ると、吾妻連峰がいつもと同じようにそびえ立っています。吾妻連峰は私の中に焼き付けられた風景で、東京で暮らし始めた若い頃、近くに山が見えないことをとても寂しく思ったものでした。

2017年4月26日水曜日

法人番号、12桁か13桁か

地元銀行での法人口座開設の目処が立ち、明日には口座開設ができそうです。

この法人口座開設のプロセスで、いくつか気になることがありました。そのうちの一つは、法人番号についてです。ちょっと細かい話になりますが、ご容赦ください。

4月20日に福島地方法務局で法人登記手続を完了した際、履歴事項全部証明書に記載された会社法人等番号は12桁でした。この後、すぐに税務署、県税事務所、市役所へ設立届を提出しに行ったのですが、「法人番号は13桁ではないのか」と言われました。実際、届出用紙を見ると、番号のマスは13個あり、一つ余ってしまいます。

また、インターネット上で某銀行の法人口座開設に必要な書類のところにも、法人番号通知書というものがあり、そこでの法人番号は13桁と記されていました。

福島地方法務局で出された番号は12桁なのに、法人番号は13桁、というのは一体どういうことなのか、戸惑いを覚えます。

そこで、福島地方法務局へ電話をし、法人番号は12桁なのか13桁なのか、問い合わせました。

2017年4月25日火曜日

福島の本社オフィス環境が整いました

昨日、義妹に手伝ってもらって、福島のオフィスで使う備品を買い出しし、今日、ようやくオフィス環境が整いました。

松井グローカル合同会社の本社の所在地は、福島市泉字清水内3番地です。ここには、明治6年に建てられた大きな古民家があります。しみずの里、という名前です。

(2015年1月4日撮影)

(2016年6月22日撮影)

この古民家の隣に古民家のオーナーの家がありますが、そのオーナーの家の傍に独立した小さなプレハブの小屋(下の写真の右側の建物)があり、そこを、松井グローカル合同会社の本社オフィスとして使わせてもらうことになりました。

2017年4月24日月曜日

福島銘菓「さぼうる」の復活?

福島駅西口のコンコースには、地元のお菓子を売るコーナーがあります。そこに「松月堂」という名前のお菓子屋が出ていたので、思わず立ち止まりました。

松月堂ということで探したのは「さぼうる」。この「さぼうる」は、東京のナボナに似たお菓子で、ふんわりしたカステラ生地の間に様々な果物のジャム餡が挟んであるお菓子です。そうしたら、ありました!


なぜ「さぼうる」を探したかというと、実はこれは、私が子どもの頃には有名な福島銘菓だったからです。そして、しばらくずっと姿を消していたお菓子だったからです。

2017年4月23日日曜日

よろしくね、仙台

今日は、私の勝手に師匠Nさんと友人Sさんにお会いするため、福島から仙台へ日帰りで行ってきました。そして、面会の前に、せっかくなので、少し仙台の街中を歩きました。

福島から仙台までは、おおよそ30分おきに高速バスが走っていて、片道1100円、JRの普通運賃と同額ですが、往復だと割引が入って1900円となります。所要時間は1時間余で、JRの普通電車よりもやや短いです。便数の多さと安さで、高速バスのほうがずっと便利に見えます。


往復のチケット(回数券)は上記のような2枚綴りで、福島駅東口の高速バス乗り場で販売しています。

仙台まで福島から往復1900円ならば、福島から仙台へ気軽に買い物に行けますよね。福島市内の商店街が廃れていく原因の一つのように思えます。

実は山形に行った時、宮城県出身の大学生は山形市内に下宿せず、毎日、高速バスで通うのだと聞きました。地理的に遠い福島県出身の大学生は山形市内に下宿するのですが。

今日の仙台は、街中のあちこちでイベントが行われていました。

2017年4月22日土曜日

少しずつ進めている活動環境整備

福島市に松井グローカル合同会社を設立して、少しずつ、身の回りの環境整備を進めています。

昨日(4/22)に地元銀行の支店に法人口座開設を申請したのですが、最近は、法人口座を使った詐欺などの犯罪が横行しているため、すんなりとは認めてもらえません。必要な書類は整っているのですが、銀行曰く、まずは本社住所で事業が行われているという実態を確認する必要があるということで、申請の可否は持ち越しとなりました。

というわけで、来週、担当者が本社住所を尋ねてくるので、来週早々にも、オフィススペースを整えることになりました。

オフィススペースは、当初、今回お世話になる古民家の中の大家の会社の事務所の一角、というか机を借りて始める予定だったのですが、大家からの提案で、大家の住宅(古民家とは別棟)の隣にあるプレハブ小屋を使わせてもらえることになり、文字通り、1軒のオフィスを構える形になりそうです。法人口座開設にこれはプラス!

2017年4月21日金曜日

私の原点、福島市天神町を再訪

昨日、法人登記に関係する諸手続を終えた後、私が産まれてから幼稚園を卒業するまで過ごした場所、福島市天神町を再訪しました。

舗装されていない小さな路地の両側に小さな家が3軒ずつ並んでいた場所です。荷物の配達でオート三輪が入ってくる路地でした。

今回訪ねると、その路地の面影は残っているものの、両側は駐車場になっていました。


最初に家族で住んでいた家は、上の写真の「路地」の右側、黒い車が停まっているあたりに建っていました。その手前には大きな銭湯がありました。

上の写真の「路地」の左側、正面の建物の左あたりに、次に家族で住んでいた家がありました。路地を挟んで一度引越しをしたのです。

2017年4月20日木曜日

ママチャリでまわる福島市での法人登記関連手続

今日は午前中、1時間遅れの東北新幹線で東京の自宅から福島に着き、4月11日に行なった松井グローカル合同会社の法人登記申請の続きを進めました。

とりあえず、福島駅構内の蕎麦屋でソースカツ丼セットの早めの昼食。


その後、いったん、実家に寄って、コーヒーを飲んで一服した後、実家のママチャリで出発です。

まず向かったのは、福島地方法務局。昨日の法務局からの電話で指摘された部分を修正した書類を持参し、4月11日にすでに提出した申請書類の一部と差し替えました。

15分ぐらい待った後、申請書類にOKが出て、事前に申請していた(法人の)印鑑カードを受け取りました。

そのまま、別室へ移り、登記事項証明書(履歴事項全部証明書)と印鑑証明書を多めに発行してもらいました。申請の前に、必要額の印紙を買って、申請書に貼り付けて提出します。10分もかからずに、登記事項証明書(履歴事項全部証明書)と印鑑証明書が発行されました。

これで、晴れて正式に、松井グローカル合同会社の法人登記が完了しました。設立日は、法人登記登録を申請した2017年4月11日となりました。

2017年4月19日水曜日

ジャカルタ州知事選挙結果について

本日4月19日、インドネシアの首都ジャカルタの州知事選挙の投票が行われ、民間調査機関によるクイックカウントの結果、新人のアニス=サンディ組が現職のアホック=ジャロット組を破って当選することが確実となりました。

これについて、今日も連続ツイートをしてしましたので、ここでまとめて掲示します。今後のインドネシア政治を注意深く、冷静に見ていく必要を強く感じました。

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ジャカルタ州知事選挙はアニス=サンディ組の勝利となりそう。これまでの状況からすれば順当な結果。でも僅差ではなかった。改革よりも社会の平穏を重視する投票行動があった可能性がある。宗教の政治利用や恐怖心を煽るトランプ的・ルペン的手法が強まり、多様性の中の統一がこれまで以上に試される。

2017年4月18日火曜日

<緊急>明日のジャカルタ州知事選挙投票日について

明日4月19日は、ジャカルタ首都特別州知事選挙の決選投票日です。ジャカルタは休日となりますが、注意すべき動きがあります。

以下、先ほど、ツイッター( @daengkm )で発信した内容をまとめて提示します。

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Tamasya Al Maidahというイスラム系グループが、ジャカルタ州知事選挙決選投票日の明日、ジャカルタ外からも含め約10万人を動員し、各投票所を監視するという。目的は非イスラム候補を落選させることと公言。その白装束の存在で、投票する有権者にプレッシャーをかける狙い。

また、ある著名なイスラム高僧は、「断食月を迎えるにあたって」という題でモスクでの説教を依頼され、快諾したが、その後、その説教で「非イスラムのジャカルタ州知事候補を選ばないように」と信者へ話して欲しいと懇願され、説教を断る、という事件もあった。

今回のジャカルタ州知事選挙では、こうしたなりふり構わない宗教の政治利用への批判と警戒も根強い。しかし、無記名投票とはいえ、周りの様子を気にしながら投票する多くの有権者に、Tamasya Al Maidahによるプレッシャーを跳ね返せといっても、実際には難しいのではないか。

警察はTamasya Al Maidahの投票所監視を認めていないとしているが、Tamasya Al Maidah側は口頭で許可をもらったと強弁しており、実際には、警察が黙認するのに近い状態になりそうな気配がある。非イスラム候補側も何らかの対抗手段をとるのは間違いない。

インドネシアの選挙では、投票所ごとに開票する。それを住民も監視できる。その開票結果次第で、Tamasya Al Maidahや対抗勢力がいちいち「不正がある」と騒ぎ出しはしないか、という危惧がある。最低でもそういう怖れが有権者の投票行動に影響を及ぼす可能性がある。

今回のジャカルタ州知事選挙の勝敗は僅差になるとみられるので、敗者側の意義申立が強く、長期にわたる可能性がある。国レベルの政治にも影響を与えよう。

明日のジャカルタ州知事選挙決選投票後、クイックアカウントの後、たとえ結果が微妙でも、Tamasya Al Maidahは「3番が勝った」といって、断食月明けのタクビランのように、おそらく夜中までジャカルタの町中を歩き回るだろう。

明日19日、ジャカルタの在留邦人の方々は、とくに用事がなければ、投票所には絶対に近づかないことが重要と思われる。また、町を走り回る集団に出会ってしまったら、静かに通り過ぎるのを待つしかないだろう。この選挙は国レベルの政治に直結していくので、明日以降も十分に気をつけられたい。

2017年4月17日月曜日

日本人のインドネシア情報、インドネシア人の日本情報

今日、インドネシア人の友人と会って、いろいろ話をしながら、改めて思ったことがあります。それは、日本人に広まっているインドネシア情報、インドネシア人に広まっている日本情報。それらの情報は誰から伝わっているのか、ということです。

日本人に広まっているインドネシア情報の多くは日本語によるもので、その情報の送り手は日本人であることが多いのではないか。また、インドネシア人に広まっている日本情報の送り手はインドネシア人であることが多いのではないか。そんなことを思いました。

別の言い方をすると、インドネシア人から日本人へ伝えられるインドネシア情報や、日本人からインドネシア人へ伝えられる日本情報は、実は少ないのではないか、と思うのです。

2017年4月16日日曜日

週末にインド映画・パキスタン映画

この週末は、妻と一緒に、土曜日にインド映画の「バーフバリ:伝説誕生」、日曜日にパキスタン映画の「娘よ」を観ました。



インド映画「バーフバリ:伝説誕生」は、先週、新宿ピカデリーで上映されていたのですが、1週間しか上映せず、15日からは、MOVIX昭島で1週間、レイトショーで上映されています。そこでやむなく、4月15日の20時半からのレイトショーで観るべく、都心から昭島まで出かけました。23時に上映終了後、急いで電車で帰りましたが、幸運なことに、終電まで遅くはなりませんでした。

2017年4月15日土曜日

スハルトを知らない若者たち

昨日、シンガポール・チャンギ空港で、華人系インドネシア人の若者が西ヌサトゥンガラ州知事を汚い言葉で罵った話を書きましたが、それを読んでくれた友人から「あのジャカルタ暴動を知らないのだな」というコメントをもらいました。

あのジャカルタ暴動というのは、1998年5月半ば、ジャカルタの街中で広範囲に起こった暴動のことで、その標的は華人系でした。読者の皆さんのなかには、きっとまだあの時の様子を鮮明に記憶されている方も少なくないと思います。

話は変わりますが、先日4月4日、インドネシア・東ジャワ州マランのムハマディヤ大学で学生と議論した際、彼らがスハルト大統領の時代を知らないという現実を目の当たりにしました。それはそうですよね。彼らはまだ20歳前後、ジャカルタ暴動やその後のスハルト政権崩壊といったインドネシアの激動の時代には、まだ乳幼児だったのですから。

30年以上もインドネシアを追いかけてきた自分にとっても、当たり前ではあっても、まさに新鮮な驚きでした。あの時代を知らないインドネシアの若者たちにも、日本の方々に話すときと同じように、インドネシアの歴史を話さなければならないということを改めて理解しました。

2017年4月14日金曜日

イースター前に報じられた2つの事件(追記あり)

今日はイースター前のグッドフライデー。インドネシアは祝日です。今日から三連休となっているようです。

イスラム教人口が9割近くを占めるインドネシアですが、イスラム教は国教ではありません。イスラム教のほか、カトリック、プロテスタント、ヒンドゥー教、仏教、儒教が宗教として認められています。日本で一つに括られるキリスト教は二つに分かれています。

そして、建国五原則(パンチャシラ)の第一原則として、唯一神を信じることが求められています。ヒンドゥー教、仏教はそうなのか?、儒教は宗教なのか?といった疑問は、とりあえず、ここでは脇に置きましょう。

ちなみに、アニミズムのようなものは宗教ではなく「信仰」というカテゴリーに入るので、アニミズムを信じている人も前述の宗教のどれかに分類されているのが現状です。

というわけで、イスラム教人口が世界一多いインドネシアでも、他宗教のお祝いも行われ、それらは国の祝日となっています。イースターもその一つです。他宗教への寛容がインドネシアの基本中の基本となっているのです。

ところが、今日、他宗教への寛容という観点からすると、残念な出来事が少なくとも2件報じられていました。

2017年4月13日木曜日

心にもっと余白が必要なのだ

今日の朝日新聞の朝刊に載っていた「折々のことば」にハッとしました。

 僕たちが他者とつながり、世界への問いを共有するためには、僕たちの心にもっと
 余白が必要なのだ。 (小野正嗣)

同じ空間のなかに存在していながら、お互いにその存在を知ることもなく、だから気にとめることもない2つの集団。イタリアの島にたどり着いた難民とその島に元々住んでいる島民とが接することがない、のです。

鷲田清一氏は、小野氏のことばについて、「一つの大きな傘の下に集うのではなく糊代(のりしろ)で横に繋(つな)がることの意味を思う」と記しています。

これを読んで、昨日のブログで書いた、グローカルについての私なりの解釈に通ずるところがある、とピーンときたのでした。私のグローカルとは、まさに、糊代で横につなげようとすることだからです。

2017年4月12日水曜日

グローカルとは何か:私なりの解釈

昨日は、福島市で法人登記申請をした後、実家で少し休み、登記が完了する4月20日までは何も手続を進められないので、とりあえず、東京の自宅へ戻ることにしました。

ふと思って、久々に、福島から東京まで東北本線の普通電車を乗り継いで行くことにしました。福島から黒磯、黒磯から宇都宮、宇都宮から赤羽、赤羽から自宅の最寄り駅まで、5時間かかりました。昔ならば6〜7時間かかったので、ずいぶん短縮されました。

たいして疲れを感じることはなかったのですが、池袋の法明寺で桜を眺め、帰宅すると、かなりの疲労感を感じてしまい、少し睡眠をとりました。年齢のせいとは思いたくないのですが、福島と東京との間の移動については、時と場合による良い方法を追求していきたいと思います。

法明寺の桜

ところで、松井グローカルという名前に使う「グローカル」という言葉について、世間で言われているのとは、ちょっと異なる解釈かもしれませんが、私なりの解釈があります。それについて、今回は少し述べてみたいと思います。

2017年4月11日火曜日

松井グローカル合同会社を設立

本日(2017年4月11日)、福島地方法務局に法人登記申請をいたしました。したがって、本日が松井グローカル合同会社の設立日となりました。

これまで、「松井グローカル」の名前で活動してきましたが、ステータスとしては個人事業主であり、「松井グローカル」は屋号でした。今後は「松井グローカル合同会社」という法人として活動してまいります。基本的には、これまで同様、私1人だけの会社(従業員なし)の形となります。

福島地方法務局によると、登記完了は4月20日午前ということで、実質的な活動はそれ以降となりますが、これから少しずつ、本格的な活動へ向けての準備を進めていきます。


定款の中で定めた事業の目的は以下のとおりです。

今年初めてのブログ書き忘れ

とくにバタバタしていたわけでもなく、忙しかったわけでもないのに、ボーッとしている間に、4月10日が過ぎてしまいました。そう、今年初めて、このブログを書き忘れてしまいました。

いつもだいたい、日付の変わるギリギリに書いているのですが、今回だけは、その時間に何もする気が起こらず、テレビで浅田真央さんの引退ニュースの同じフレーズが5度も6度も繰り返されているのをボーッと見ながら、ブログを書くことを忘れてしまったのでした。

今年に入って、1月1日から毎日書き続けてきたのですが、それがここで途切れてしまったのは、個人的に、ちょっと残念です。

2017年4月9日日曜日

スラバヤの食は劣化しているのか

3月26日〜4月5日は、借りていたアパートの部屋の片付けなどでインドネシア・スラバヤとマランへ行っていましたが、食べ歩きも、もちろん忘れませんでした。

スラバヤへ行ったら食べたくなる食べ物も味わいましたが、その中には、明らかに味が落ちたものがいくつかありました。どうして、こんなに味が落ちてしまったのか、ちょっと残念でした。

これまでの経験から独断と偏見でいうと、インドネシアで食べ物の美味しい街といえば、ジャワ島ではスラバヤ、スマラン、マラン、バンドンあたりでしょうか。もちろん、ジャワ島の農村部で食べる何の変哲もない食事でとても美味しいものに出会うこともよくあります。

たとえば、スラバヤの5つ星ホテルの一つ、マジャパヒトホテルのコーヒーショップで出されるアップル・ストゥルーデル。

マジャパヒトホテルは、オランダ植民地時代にはオレンジホテル、日本占領期にはヤマトホテルと呼ばれた、コロニアル風建築のホテルで、一泊の価値があると思います。

オランダ植民地時代からの独自レシピで、このホテルの前身のホテル以来、出してきた名物スウィートです。これが食べられるのは、インドネシアではここだけです。

2017年4月8日土曜日

花見客のいない桜の「名所」

東京都心の桜は満開をそろそろ過ぎ、ちらほらと花が一つ二つと散り始めました。

花見といえば、酒を酌み交わし、楽しく過ごすたくさんの人々が満開の桜の下に集っています。花見の名所ともなれば、場所取りの競争も激しく、夜の会のために、朝早くから場所取りをするのが、新入社員の最初の仕事、なんていう話もありました。

花を見に行くのか、人を見に行くのか。そんな風景が花見の名所では見られます。

幸いなことに、私の東京の自宅には、古くからの桜の木があり、自宅で花見ができるのが嬉しいです。ちょっとぜいたくではありますが。

でも、自宅から歩いて数分のところの坂には、それは見事な桜並木があります。しかも、地面に敷物をひいて宴会を楽しんでいる人はいません。通りすがりの数人の人たちが、桜の木を見上げて、盛んに写真を撮っていました。

2017年4月7日金曜日

ジャパン・レール・パスを買えなかった友人

今日は、1月にマレーシアのマラッカでお世話になったマレーシア人の友人S氏と東京で再会しました。S氏は、日本各地にいる友人を訪ねるため、1カ月の予定で日本に滞在しています。

S氏、S氏を私にご紹介頂いたY氏、S氏の部下、の4人で、桜を眺めながら南池袋公園のカフェで歓談しました。やや風は強いものの、温かかったので、「外で」と勧めたら、「肌寒い」といわれ、屋内で過ごしました。


しばらくして、S氏が「ジャパン・レール・パスを日本で買えるらしいから、買いに行きたい」と言うので、その場所のある新宿駅へ一緒に行ってみることにしました。

しかし、彼は結局、ジャパン・レール・パスを買うことができませんでした。

2017年4月6日木曜日

タニンバル絣を使ったファッションショー

今日は、在日インドネシア大使館で開催されたファッションショーに行ってきました。

今回のファッションは、インドネシア・マルク州西東南マルク県にあるタニンバル島のイカット(絣)を使い、服飾デザイナーのウィグニョ・ラハディ氏が制作した作品が紹介されました。

ウィグニョ氏は、日本の伝統的な着物に着想を得て、それをタニンバル絣と組み合わせた「メタモルホスイースト」(Metamorphoseast)というテーマで作品を制作。たしかに、着物や帯、袴といったものをイメージさせる作品が出されました。


2017年4月5日水曜日

帰国、花見に間に合い、夜は用事

ジャカルタからタイガーエア+スクートというLCC乗り継ぎ、しかもシンガポール、台北経由の成田着で帰国しました。

当初、シンガポール=成田間で座席指定したのに、なぜかシンガポール=台北間と台北=成田間の座席が異なるというので、おかしいと主張したら、改めて通しのシンガポール=成田間で席を用意してくれたのですが、その席が優先降機となる前方座席だったので、今回のスクートはなかなかラッキーでした。

初めて日本に来た外国人観光客の鉄道乗り換えの手伝いなどをして、帰宅したのは午後1時過ぎ。その後、自宅でしばし、庭の桜で花見をしました。花は8分咲き程度でしょうか。4月2日に「東京の桜は満開」との報道があり、今年は東京で花見は無理かなと思ったのですが、間に合いました。


2017年4月4日火曜日

マラン・ムハマディヤ大学の学生との討論会で講演

今日は朝9時から、マラン・ムハマディヤ大学で国際関係学科の学生たちと討論会がありました。学生側から希望されたもので、中間試験期間中にもかかわらず、40〜50人ぐらいの学生が集まりました。


会場は、校内のアル・ファッフルディン・モスクの1階です。このモスクには、アラビア語教室、国際関係学科の図書館、カウンセリング室など、様々な機能の部屋が設置されています。

私の講演テーマは、「グローバルの挑戦に対するローカルの強化:インドネシアと日本のケース」(Kekuatan Lokal dalam Menghadapi Tantangan Global: KAsus di Indonesia dan Jepang)というもので、このお題でインドネシア語での講演を40分ぐらいやった後、学生との質疑応答セッションとなりました。

2017年4月3日月曜日

マラン・ムハマディヤ大学を訪問

今回のマラン行きは、マラン・ムハマディヤ大学を訪問することが目的です。同大学政治社会学部のT先生の招きで大学を訪問し、先生方や学生らと色々話をしました。

この大学は、インドネシアのイスラム社会団体であるムハマディヤが経営している大学の一つで、全国各地にあるムハマディヤ大学のなかで評価の高い私立大学で、インドネシア政府が認定したAクラス大学(国立29校、私立15校)の一つです。


2017年4月2日日曜日

友人とスラバヤ街歩き(2)

プネレ墓地周辺を歩いた後、スラバヤ街歩きの友人I氏のバイクにまたがって、スナン・アンペルへ行きました。ここは、アラブ人街として知られているところで、観光地としても人気があります。

まず、スナン・アンペル地区の地区長をすでに30年以上も務めている、町の顔とでもいうべきC氏にご挨拶。普通ならば地区長に型どおりの挨拶をして、すぐに歩き始めるのですが、C氏はとても話好きで、スナン・アンペルに関する話が止まりません。友人I氏ともとても親しい様子です。

しばらく歓談して、友人I氏と歩くのかと思ったら、C氏も一緒について来てくれることになりました。私はスナン・アンペルは2回目の訪問だったのですが、実際、スナン・アンペル地区の主ともいうべきC氏と一緒に歩くと、また違ったものが色々見えてとても面白かったです。

C氏の家がある通りは下の写真のようなのですが。


一つ向こう側の通りに入ると、店が並んで人通りが多くなります。


2017年4月1日土曜日

友人とスラバヤ街歩き(1)

アパートの部屋の契約が終了し、マランへ行くまでスラバヤで過ごすのは今日土曜日と明日日曜の半日。そこで今日は、スラバヤ街歩きの友人I氏と一緒に、プネレ墓地周辺とスナン・アンペルの二箇所を歩きました。

ホテルに迎えに来てくれたI氏のバイクの後ろに乗って出発。最初に訪れたのは、プネレ墓地です。


この墓地は、オランダ植民地時代の墓地で、埋葬されているのはオランダ人が多いのですが、他にもドイツ人などの西欧人、アルメニア人なども埋葬されています。