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2020年9月28日月曜日

よりどりインドネシア第78号発行+舞台裏

ムハマド・ユヌス博士の言葉

インドネシアのクラフトワークをめぐる新しい動き


しばらく、ブログが更新できないでいました。忙しかったというよりは、更新する気持ちがなかなか起こってこなかった、という感じです。ネタがなかったわけでもないのに、何となく書く気がしなかった、というだけです。

いつもコンスタントに書ける人はすごいなあ、と思ってみたり。

まあ、先の4連休中に、毎日、昼前から午後10時過ぎまでずっと仕事場にこもって、9月21日締め切りの原稿、22日締め切りの『よりどり』、23日締め切りの発表資料2本(25日発表のと29日発表のもの)、と格闘していた、ということもあったのですが・・・。

そんなこんなで、気持ちがちょっともやもやしていて、すっきりと色々できないのですが、『よりどりインドネシア』第78号を発行したので、ブログを書くきっかけになりました。

今回の『よりどりインドネシア』第78号では、何といっても、横山裕一さんの力作を読んでいただきたいと思いました。今回の彼の作品はA4で20ページほどあり、長いので前編・後編に分けることも考えたのですが、著者の強い希望で、分けずに掲載しました。読んでいただければわかりますが、それが正解でした。

私は、だいぶ前に宮本常一「忘れられた日本人」という著作を読み、日本が高度成長を押下していた時代に、その陰で様々な地域社会やそこに生きる人々が、あたかも世の中から忘れられたかのように、でもしっかりと生きていた、あたりまえの事実に目を見張りました。

歴史というものは、為政者や偉人と呼ばれる人々、あるいは勝者によって描かれたものが残り、勝者の今を正当化する土台ともなり得るものです。そして、勝者は今の彼にとって脅威となるもの、どうでもいいものを消し去っていきます。勝者の歴史を覆そうにも、覆すための反証の痕跡がなくなれば、代替的な歴史は描けないからです。敗者、あるいは名もなき者たちの歴史は、そうやって消えていったのでしょう。

横山さんが取り上げたのは、1965年9月30日に起きた、インドネシア現体制の正史としてはインドネシア共産党によるクーデター未遂事件とされる9・30事件のときに、社会主義の旧ソ連圏へ留学していた者たちのその後の人生についてでした。社会主義圏にいたことで、彼らは共産主義者という疑いでみられ、人によっては国籍も剥奪されるほどでした。

祖国に拒絶された留学生。そして、その家族や子孫までもが、世間というものから特別な目で見られ続けていく…。

あとは、是非、横山さんの力作をお読みいただければと思います。そして、併せて、神道有子さんの書かれたS・パルマンの話も読んでいただきたいです。S・パルマンは「共産主義者」に殺害された軍人です。出身地ウォノソボで家族と暮らした時代の話を含め、運命というものの危うさと過酷さを改めて感じることができるような気がします。

そして、プロの翻訳家である太田りべかさんの翻訳業に関するエッセイも、日本の小説のインドネシア語翻訳の裏側を知ることができて、とても興味深いです。

さらに、よろしければ、インドネシアのちぐはぐな新型コロナウィルス対策について書いた私の作品も読んでみてくださいね。

昔、マカッサルで出会った廃品回収業者の家族。今はこの場所に建物が建って、彼らはもういません。どこへ行ってしまったのか。『よりどり』78号のカバー写真に使いました。

以下は、『よりどりインドネシア』第78号の紹介文です。

▼新型コロナウィルス感染対策に打つ手はないのか ~政府・保健省の不作為?~ (松井和久)⇒新型コロナウィルス感染拡大の続くインドネシアですが、保健省や保健大臣が前面に出てこない印象があります。もはやワクチンを待つしかない状況なのでしょうか。松井が分析しました。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22905/

▼翻訳セミナー雑感(太田りべか)⇒太田さんはプロの翻訳者として、出席した翻訳セミナーについてだけでなく、 最近の日本の小説のインドネシア語翻訳の現状についても書いています。こんな本がインドネシア語版に、といったインドネシア語翻訳の裏話的面白さがあります。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22897/

▼ウォノソボライフ(33):だからシスウォンド・パルマンは英雄になった(神道有子)⇒神道さんは、地元ウォノソボ出身で、9・30事件で殺害された軍人であるS・パルマンの話を地元目線で書きました。彼のウォノソボ時代の話や、家族や兄弟の話が興味深いです。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22896/

▼いんどねしあ風土記(21):「国籍剥奪」ー 祖国を失った元留学生たち 〜中ジャワ州ソロ(スラカルタ)~(横山裕一)⇒横山さんは、9・30事件発生時に旧ソ連圏にいたことで、国籍を剥奪された元留学生、現在に至るまで共産主義者の疑いをもたれて厳しい監視を受け続けている元留学生など、9・30事件を契機に人生を翻弄された元留学生の話を丹念に拾いました。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22898/ 


2020年10月末の『よりどりインドネシア』オフ会は、横山さんから今回の「国籍剥奪」の内容を紹介していただいたうえで、参加者の皆さんと色々と対話してみたいと思っています。

なお、このオフ会は、参加者が自由に発言できる場として『よりどりインドネシア』の購読者を対象としています。まずは、ご購読者として登録していただき、オフ会にご参加いただければと思います。よろしくお願いいたします。


ムハマド・ユヌス博士の言葉

インドネシアのクラフトワークをめぐる新しい動き


2020年9月8日火曜日

よりどりインドネシア第77号発行、久々に2本投稿

インドネシアのクラフトワークをめぐる新しい動き

いくつかのウェビナーに参加してみての感想


昨日(9/7)夜遅く、日本時間午後11時半すぎに、情報マガジン「よりどりインドネシア」第77号を発行しました。昨日は、昼頃から籠って、ずっと自分の原稿執筆、編集、アップロード、発行の作業を休憩なしで続けていたので、さすがに今日は疲れが出ました。やっぱり、歳はとっているのかな。

今回は、久々に2本書きました。1本目の「モフタル事件」の原稿は、9月6日中に8割書き、7日は最後の結論部分の書き直しと内容補充、写真挿入を行いました。それが終わった後、2本目の「オイルパーム農園と慣習法社会」の素材メモをもとに、一気に書き上げました。

この「オイルパーム農園と慣習法社会」の素材メモは、9月4~5日にかけて集めたものですが、調べているうちに次々と興味深い話が出てきて、なかなか前に進まないのはいつもの通りです。実はもう一本、慣習法社会絡みで別の内容に関する素材メモを作っていたのですが、「オイルパーム農園と慣習法社会」の素材メモだけで量的に十分だったので、今回は使いませんでした。そのうち、この別の素材メモを使って別原稿を書いてみるかもしれません。それにしても、この問題はなかなか奥が深く、しかも各地で頻発していて、目が離せなくなりそうです。

1本目の「モフタル事件」は、前にブログにも書きましたが、実は前回、書こうと思って書かなかったものです。モフタル事件の真相について書かれた英文書のインドネシア語訳が9月に出版されること、しかもインドネシアの歴史愛好者の若者たちがその内容にかなり興味を持っていることを知って、日本でも何が書かれているかについて情報を提供する必要があると思いました。なぜなら、日本側ではこの事件に関する資料は残っておらず、真相は闇に葬られたままだからです。今回書いた内容ですべてが明らかになった訳ではありませんが、少なくとも、真相に迫る第一歩を示すぐらいの情報は出せたのではないかと思います。

この事件に関して、731部隊との関連が示唆されていますが、関連を結論づけるところまでは全くいっていません。ただ、原稿を用意している間に興味深いことがありました。

それは、抗日戦争勝利記念日を祝う中国で、関東軍防疫給水部本部(731部隊)とそのシンガポール支部である南方軍防疫給水部の所属者名簿が公開されたという情報でした。調べると、南方軍防疫給水部の名簿はこの9月に不二出版という会社から出版・販売される予定でした。上述の英文書へのインフォーマントには収容所の現場に居合わせた証人が一人おり、これらの名簿と当時関わった関係軍人の名前とを照合することで、本当に731部隊と関係があったかどうかが見えてくるかもしれません。

私は歴史の専門ではありませんが、インドネシア側がこの事件を知ろうとしている一方で、日本側では全く知らないという状況は好ましくない、せめてこの事件の存在を知り、インドネシア側がその書物から何を知るのか、といったことは知っておいたほうが良いと考えました。

そんなこんなで、今日は少しゆっくり過ごしました。今号の内容は以下の通りです。

オイルパーム農園開発と闘う慣習法社会~中カリマンタン州キニパンの土地紛争~(松井和久)⇒農園開発が進むなかで慣習法社会の存立は益々厳しくなっています。中カリマンタン州で起きたある事件を通して両者の対立の背景と解決の難しさについて松 井が考察しました。

ラサ・サヤン(9)~もし〇〇ならば、あなたはインドネシア人かも~(石川礼子)⇒石川さんは今回、インドネシア人の特徴を色々な人がどんなふうに取り上げているかを豊富な例で示しました。石川さん個人の思うインドネシア人の特徴もあるあるの世界で納得です。

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第4信:地方舞台の映画の意義(横山裕一)⇒インドネシア映画往復書簡の4回目は、横山さんが地方を舞台とした映画の魅力について語ります。撮る側と撮られる側の関係を考えることでより深く楽しむことができるような気がします。

モフタル事件再考~900人余のロームシャはなぜ死んだのか~(松井和久)⇒日本軍政期に起こったロームシャの大量死とモフタル事件。新説を提示した英文書のインドネシア語版が9月に発刊されます。限られた情報から何が起こっていたのか、松井が推理しました。

今号のカバー写真は、今から18年前、2002年に東カリマンタン州の州都サマリンダを訪れた際、ショッピングモール内で立ち寄った電気店の店員さんです。当時、日本製品の商品名を模倣した中国製の廉価な電化製品がたくさん売られていました。今を時めくハイセンスや長虹なども、この頃はこうした廉価品の「ブランド」名でした。懐かしく思い出されます。



2020年9月1日火曜日

8月の月例オフ会、テーマは若者とコレクティブ

いくつかのウェビナーに参加してみての感想

インドネシアの若者とナショナリズム


いくつものインドネシアを伝え、学び、楽しむことを目的とした月2回発行の「よりどりインドネシア」では、購読登録者が参加できるオフ会をオンラインで毎月開催しています。

今回は2020年8月29日(土)、12名が参加して行われました。今回のトピックは、「音楽やアートを通じて社会変革を目指す若者たち」というもので、話題提供者は伏木香織さんでした。

伏木さんはバリの事例を中心に、若者たちが担うコミュニティ・アートのこれまでの変遷と具体的な活動スタイル、地域的な問題への取り組みなどについて、1時間半にわたって詳しく紹介してくださいました。

彼らの活動を特徴づけるキーワードとして挙げられたのは、インディーズ(パンク、ロック、グランジなど)、コレクティブ、DIY、協働、草の根ネットワークといった言葉でした。

なかでも、アート・コレクティブあるいはコレクティブ(その前はコムニタスなど)という、制作や生活を共有する集団の活動が、バリだけでなくバンドゥンやジョグジャなどインドネシアの地方都市でのコレクティブとつながり、それが日本を含む海外のコレクティブともつながっている側面のあることが明らかにされました。

彼らの活動は地域密着型で、地元との関係を捨ててジャカルタへ行ってしまう、というようなことがないのも特徴です。興行や収益を目的ともしておらず、ドキュメンタリーフィルムを作ったり、手作り感満載の自費出版の雑誌を配ったりして、社会を変えようと動いている自分たちの活動を世の中へ知らしめることを目的に動いています。

たとえば、バリでは、アートや音楽を通じて、埋め立てへの反対・抗議活動を盛んに行うなど、社会運動を中心と位置づけています。そのため、彼らを政治家が利用するような傾向もありとくに闘争民主党が圧倒的に強いバリでは、政治的な影響から逃れることはなかなか難しい面があるようでした。

とにかく、様々な具体例が示され、情報もきわめて豊富で、あっという間に1時間半が過ぎてしまったというのが実感でした。

伏木さんの発表に触発されて、アート・コレクティブについて少し自分なりに調べてみたいと思いました。

伏木さんの発表を聴きながら、私が2006~2010年にマカッサルで自宅を地元の若者たちに開放していたときのことを思い出していました。彼らは「コムニタス・イニンナワ」と名乗る、いくつものグループの緩やかな連合体でした。同一人物がそのなかのいくつかのグループに属している、という感じでした。

彼らの多くは、コネやカネがなくて就職できなかった者や、正義感ばかりが強くてうまく世の中の風潮に自分を合わせられなかった者や、かつて一族が1950年代の反政府勢力に関わっていたためにその後厳しい生活を強いられたものなどでした。だからこそ、社会の不条理や体制の欺瞞に対する不満が強く、よりよい公正な社会を作りたいという気持ちがこもっていました。でもその一方で、具体的にどのような公正な社会を作りたいのか、オルターナティブな未来を描けず、批判や不満にとどまって、メジャーを目指せない面もありました。

マカッサルの彼らは、伏木さんの挙げたバリのコレクティブに関わる若者とは違って、注意深く政治家らの影響力を避けていました。どのような政治勢力からも独立でいようと努めていました。その反面、マカッサルでは、コムニタス・イニンナワは変な人間が集まっている排他的な存在と見なされる傾向があり、共感や支援を広げるという面が乏しかった印象があります。それでも、ジョグジャやバンドゥンの若者集団とはつながりを持っていたのでした。

ともかく、あの2000年代の後半、コムニタス・イニンナワもどこかを経由して間接的にでもこうしたコレクティブとつながっていたのだ、という実感を感じたのでした。

こうしたコレクティブのような、地域密着でアートや音楽を通じて社会変革を目指すという若者の動きは、このひとつ前のブログで取り上げた、若者のナショナリズム意識が主観的にローカルへ向かっている、という話ともかなり通じる面があるように思えるのです。

12人のクローズドなオフ会という機会だからこそ、学会のような厳密さや論理性を求められることもなく、また、大っぴらにしにくいオフレコ的なことも自由に話せる面がある、ということを今回、改めて思いました。

もしかしたら、このようなオフ会自体もまた、コレクティブ的な要素を持っているのかもしれないと感じた次第です。


いくつかのウェビナーに参加してみての感想

インドネシアの若者とナショナリズム


2020年8月24日月曜日

よりどりインドネシア第76号の発行と舞台裏

インドネシアの若者とナショナリズム

インドネシアの独立宣言記念日にあたって


8月23日、よりどりインドネシア第76号を発行しました。今回の発行にあたっての私の舞台裏のお話をします。

当初、戦後75周年に合わせて、日本占領期のインドネシアのある出来事について書こうかと思っていました。それは、900人ものロームシャが死亡したモクタル事件(モクター事件)と呼ばれるある事件です。

それは1944年8月以後、東ジャカルタのクレンデルにある収容所で起こった事件でした。破傷風ワクチンの接種をした後にロームシャが次々に亡くなった事件ですが、その中に破傷風毒素が入っていたことが分かりました。果たして、破傷風毒素が誤って混入されたのか、それを故意に混入したのか、日本軍による人体実験だったのか、真相は闇のままです。

日本軍は当時、現地人医師モクタル(モクター)が混入を認めたとして、モクタルを処刑しました。ところが、その後、当時の目撃談などから、自分以外の現地人医師を救出するためにモクタルが罪を被ったという証言が現れました。当時の日本軍のなかに、731部隊に関係していた人物が当時現地に居て、破傷風毒素が混入されたバンドゥンの防疫研究所に所属していたことが明らかになっており、日本軍による関与と証拠隠滅の疑いが示唆されています。

ただ、当時、他の感染症ワクチン開発において、その緊急性から、日本で動物実験を行わずにいきなり人体実験を行ったケースがいくつもあったことや、日本軍のロームシャに対する非人道的な態度、スマトラやスラバヤで感染症の日本人専門家が現地人を何百人も殺したと言っていたという話などを総合すると、日本軍の関与が疑われることも十分あり得るのではないかと思ってしまいます。

そうした話をまとめてみようと思ったのですが、何せ、色々と関係の資料を読み込む必要があるのと、とても優秀な疫学者のモクタルの名誉回復を果たしたいという意識が事実以上の物語を作ってしまっている可能性も考えられたため、まだ不確かなままに書くのは好ましくないと考え、書くのを止めにしました。

その代わりに取り上げたのは、経済政策の話です。インドネシアの2020年第2四半期のGDP成長率マイナス5.32%は、インドネシア史上2番目の落ち込みでしたが、周辺他国と比べればかなり健闘したと言える数字でした。そして、8月14日の大統領演説で発表された2021年度予算案についても概略を説明してみました。

最後に、轟さんの「往復書簡-インドネシア映画縦横無尽」の読み応えのある原稿が送られてくるのを待って、8月23日に発行しました。

というわけで、今回は、以下の5本になります。

▼2021年度予算案と今後の経済の展望(松井和久)⇒ 第2四半期のマイナス成長の後、新型コロナ対策と経済回復を目指す2021年度予算案が発表されました。今後の経済を松井が展望しました。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22739/

▼ウォノソボライフ(32):良妻賢母2020(神道有子)⇒ 神道さんの好評連載、今回は、地元のPKKの活動に着目しながら、ウォノソボにおける女性の社会活動と社会的地位向上を考えます。そこにはフェミニズムとは異なる面があるようです。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22737/

▼プニン沼伝説(太田りべか)⇒ 太田さんは、プニン沼伝説の基本型とそこからの派生型を紹介し、ジャワの民話がどう伝承されていくかを示しています。同時に、物語の最期に教訓が常に最後に書かれることに疑問も呈します。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22738/

▼ジャカルタ寸景:踏切の番人たち(横山裕一)⇒ 横山さんは今回は短編ですが、ジャカルタのありふれた風景の一つ、鉄道踏切の番人たちの様子をやさしい眼差しで描いています。ボランティアである彼らの思いに迫ります。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22736/

▼往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第3信:「辺境」スンバ島からのスハルト体制批判映画『天使への手紙』をめぐる評価軸(轟英明)⇒ インドネシア映画往復書簡の第3信は、轟さんがスンバ島を舞台とするガリン・ヌグロホ監督の初期作『天使への手紙』を取り上げ、2つの観点から新たな解釈を試みました。映画ファンは必読の内容です。https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/22743/

『よりどりインドネシア』はウェブ版のほか、PDF版での購読も可能です。PDF版は、指定メールアドレスへ毎回お送りいたします。PDF版をご希望の方は、メールにて matsui@matsui-glocal.com へお知らせください。なお、最初の1ヵ月間は無料お試し購読期間となります。よろしくお願いいたします。



2020年8月17日月曜日

インドネシアの独立宣言記念日にあたって

よりどりインドネシア第76号の発行と舞台裏

35年前の8月12日を思い出す


今日8月17日は、私がお付き合いしてきたインドネシアの独立が75年前に宣言された日である。インドネシアでは、この日をもって、インドネシア共和国として独立したとしている。

ただ、実際には、この後、旧宗主国オランダとの独立戦争が続き、実際上の意味で国際社会から独立したと見なされるのは、1949年12月のハーグ円卓会議において、インドネシア共和国以外の国・自治国を含めたインドネシア連邦共和国が承認され、オランダから主権移譲されたことによる。その後、1950年8月、国・自治国がインドネシア共和国に合流して、単一国家としてのインドネシア共和国が名実ともに成立した。

というわけなので、1945年8月17日に独立は宣言したが、その後の幾重もの困難を乗り越え、5年の年月を経て、独立国家としての体裁が整えられたのである。

巷では、「日本軍によってインドネシアは独立できた」という言説が聞こえてくる。これは正確ではない。たしかに、日本軍がオランダ領東インド領内へ侵攻したことで、最終的にオランダの植民地支配に終止符が打たれた。だが、日本軍が侵攻する前から、オランダ領東インド内では独立を志向する動きがすでにあった。

日本軍の侵攻の目的は資源の確保であり、そのための手段として、オランダ領東インドをオランダから独立させて大東亜共栄圏の一部に組み込もうとしたのである。日本軍の侵攻がオランダ領東インドに独立の機運を高めた面はあったが、主体性を持った真の自立的な国家としてオランダ領東インドを独立させる意図は日本軍にはなかった。

日本軍はマレー語を広めたが、それが、結果的に、後のインドネシア語につながった面はある。しかし、それは一直線ではない。ジャワ島などで日本軍に対する住民蜂起が起こると、日本軍はマレー語の使用を禁止し、日本語を強制する方針へ転換した。このこと一つとっても、日本軍が本当にマレー語を広めて独立後の国語にしようとしていたとは到底考えられない。

大東亜共栄圏で、日本と旧オランダ領東インドは「兄弟」ではなかったのか。兄が弟に日本語を強制する、ロームシャなどとして強制労働を強いる、というのは、当時の言葉でいえば教育なのかもしれないが、今の言葉でいえば、虐待ではないか。

もちろん、個々人ベースでみれば様々な日本人がいたはずである。現地の人々に農業技術を教えた人、常に親切丁寧に接した人、現地の人々から慕われた日本人も少なくなかったはずである。その一方で、日本人に殴られた、罵声を浴びせられた、強制労働させられた、日本人が本当に怖かった、という現地の人々もいたはずである。現地の人々に対して、乱暴で差別的な態度をとった日本人も少なくなかったはずである。

どんな人でも、自分の過去を振り返ったとき、他者から責められたくはない。自分の過去を傷つけられたくない。自分の過去の行為を正当化したい。そう思うのは、人間の常である。

だから、様々な日本人がいたにもかかわらず、自分にとって好ましい日本人の事例をとりあげて、それで「日本は」と一般化しようとする。たとえば、かつて現地に赴いていた人物の思い出話を真に受けて、「日本人は皆いい人たちだった」という言説を作ってしまう。もちろん、本当にその人物がいい人だったかもしれない。でも、だから日本人全員がいい人だったと結論づけることはできない。その人はいい人だった、というのがせいぜいである。

もっとも、その人物は本当のことを言っていないかもしれない。自分の過去を傷つけたくはないからだ。その人物が戦後要職に就いていたりすれば、なおさらである。しかし、えらい人が言うのだから間違いない、という根拠のない思い込みも現れてくる。

インドネシアの人々は我々に会うと、多くの場合、日本が好きだと言う。あたりまえである。我々が見知らぬ外国人に会ったとき、いきなり「お前の国は嫌いだ」と面と向かって言うだろうか。嫌韓・嫌中の人が、韓国人や中国人に会ったときに直接そう言えるだろうか。

逆に、我々が外国へ行ったときに、初対面の人から「日本人は嫌いだ」と言われたらどうだろうか。たとえ嫌いだとしても、面と向かって「嫌い」とは言わないのではないか。

面白い経験がある。あるとき、ジャカルタで、韓国人のふりをしてタクシーに乗ったときのこと。タクシーの運転手に日本人について訊いたら、「俺は韓国人のほうが好きだ。日本人はケチで物事をはっきり言わない」と答えるのだ。日本人から韓国人について訊かれれば「日本人のほうがいい。韓国人は乱暴で粗野だ」と答えるのだ。彼らは、お客に合わせて言っているだけなのである。それを真に受けて、インドネシアでは日本人のほうが韓国人よりも好かれている、という言説が日本人社会でなんと多かったことか。

何を言いたいかと言えば、誰かが言うことをきちんと吟味せずに、「日本軍は礼儀正しく、現地民に愛された」とか「インドネシア人は日本が好きだ」とか、簡単に一般化すべきではない、ということである。そういう人もいた、という程度に抑えておくべきではないか。日本人が皆、そうではないし、インドネシア人が皆、そうではない。その当たり前のことを忘れてはならない。

もう一つ。これは以前、ブログにも書いたが、インドネシアが親日かどうかを気にする日本の人々は、親インドネシアだろうか。日本は相手からの親日を求める一方で、相手に対する親近感を深めているだろうか。多くは、インドネシアに親日であってほしいけれども、自分は親インドネシアなどということを考えてもみていないのではないか。それで、本当に真の信頼関係が築けるのか。

自分にとって都合のいいときには相手に信頼関係を求める一方、自分からは相手との信頼関係を築く努力をしているとはいえない。これが今の日本なのではないか。

前に、国家ではなく地域、と書いた。国家間で軋轢が起こったら、国民はそれに引きずられるのか。個人と個人、地域と地域、そうした関係のなかでこそ、相手からの信頼と相手への信頼を醸成し、国家間の利害対立を超えた関係づくりをしていく必要があるのではないか。それがなければ、我々の生活を国家が脅かす事態を招く恐れがあり得る。

インドネシアが親日かどうかより、一人でも多くの日本人がインドネシア人と知り合い、普通の人間どうしで友だちになり、仲よくなっていく、そういう話を進められたらと思う。国家とは関係なく、日本人が好きなインドネシア人とインドネシア人が好きな日本人が増えていくことのほうが大事だと思う。

私の主宰する「よりどりインドネシア」は、そんな関係性を増やしていく流れを作ることを目的としている。

ともかく、75年目のインドネシア独立宣言記念日をお祝いしたい。インドネシアの数え切れない友人・知人たちの具体的な顔を思い浮かべながら。

12年前、南スラウェシ州トラジャで出会った子どもたち(2008年8月7日撮影)


よりどりインドネシア第76号の発行と舞台裏

35年前の8月12日を思い出す


2020年7月27日月曜日

7月のオフ会終了、今回取り上げたのはこの本!



2020年7月25日(土)日本時間午後3時から、情報ウェブマガジン『よりどりインドネシア』の購読者の皆さんを対象にしたオフ会をオンラインで行いました。今回は、私を含めて12名が参加しました。

今回のテーマは「私のおすすめの本」。当初、何人かに本の紹介をしてもらう予定だったのですが、結局、最初に紹介していただいた一冊の本をめぐる話に終始し、オフ会を終了しました。その本とは、倉沢愛子著『インドネシア大虐殺』です。


話題提供者としての参加者のお一人から、内容をおおまかに紹介していただき、その方自身の感想を述べてもらいました。参加者のなかで、すでにこの本を読んでいたのは、私も含めて3~4人でした。

話題提供の後は、参加者がゆるりと自由に対話する形に。

対話の中では、インドネシアで9・30事件と呼ばれるスカルノの時代からスハルトの時代へ移っていく重要なきっかけとなった事件(インドネシア政府の公式見解では、インドネシア共産党によるクーデター未遂事件。諸説あり)の真実をめぐる話よりも、その後の共産党シンパ狩りに伴う普通の人々による虐殺から派生して、インドネシアの治安当局による思想スクリーニングをめぐる話で盛り上がりました。

私も含めて、インドネシアで外国人が滞在許可手続を行う際の、警察やイミグレとのやり取りに関するいくつもの経験談が交わされました。これがなかなか面白かったのです。

たとえば、私が1990年に、イミグレ以外に、ジャカルタの警察で滞在許可手続きをした際、渡された許可申請書には、9・30事件が起こった1965年9月30日にどこで何をしていたかを書く項目がありました。それだけでなく、私の父親、母親、兄弟についても、そのときどこで何をしていたかを書く項目がありました。

さすがに今は、外国人に対して、イミグレや警察でそのようなことを滞在許可手続の際に書くことはないようです。それでも、ある参加者の方は、警察で手続をした際に、自分が過去に申請したときから滞在中の行動等に関する個人データが細かくコンピュータ内に記録されてあったことに驚いたといいます。

私たちの知らない間に、インドネシアのイミグレや警察は我々の行動を監視していて、何かあれば記録に残している、私たちが意識することはないにせよ、外国人はやはり監視されている、ということを改めて実感しました。

スハルトの時代が終わり、民主化の時代になったとはいえ、かつての共産党関係者の家族や子孫に関する記録は今も残っていて、いつでも監視できる状況にあるのではないか、ということが十分に予想できます。同様に、イスラム過激主義者やその家族もまた、テロ対策の観点からしっかりと監視されているのは確実です。

このように、『インドネシア大虐殺』に描かれた赤狩りが起こりうるベースは、今もあり、それは、昨今のパンチャシラ法案をめぐる議論のなかで、再び、一部で現れている、共産主義の脅威への警戒を呼び掛ける言説のなかにもうかがえます。

まあ、こんな感じで、ちょっとセンシティブな話も交えながら、参加者全員が自由にゆるりと対話できた2時間でした。

オフ会を購読者限定で行うのは、ちょっとセンシティブな話も安心して話せる環境を作りたい、という面もあります。

さて、次回ですが、今のところ、8月29日(土)日本時間午後3時から、『よりどりインドネシア』購読者に限定したオフ会を開催する予定です。取り上げるテーマは、「今、社会変革を目指すインドネシアの若者たち」(仮称)です。

このテーマは、メディア報道など表面になかなか出てこないものですが、今後のインドネシアを見ていくうえでは、とても大事なテーマだろうと思います。学会報告のような論理的でカチッとした議論というよりも、参加者の皆さんと一緒に、若者の動きについて情報交換しながら、その行方と現代社会における意味、そしてそれが2024年以降のポスト・ジョコウィの時代がどうなるか、などについて自由な雰囲気でいろいろ考え、対話できればなあと思っています。


2020年7月24日金曜日

「よりどりインドネシア」第74号発行、その舞台裏



7月22日、情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」第74号を発行しました。以下のサイトからご覧いただけます。

今回の「よりどりインドネシア」第74号のカバー写真。
中ジャワ州スマラン市のシンパンリマ(五叉路)の夜の屋台。

今回は、3人のうち2人の執筆者の原稿が早く届き、編集作業も順調に進みました。彼らの原稿の編集を終えるタイミングで、自分の原稿執筆を始めるのがいつものパターン。すなわち、私自身の原稿は毎回、大体1~2日で仕上げています。

今回、自分の原稿のテーマ候補を3つぐらい用意していて、どれについて書こうか考えていました。ちょうど直前に、別の原稿を書いていたので、それと関連させて書ければ、より効率的になると踏んで、3候補から今回書くテーマを決めました。

ところが、7月20日、インドネシアの新型コロナ対策の体制が大きく変わるというニュースが入ってきました。これは、対策の重点を感染対策から経済回復へ移すという重要な変更が示されたものでしたので、すでに決めた今回のテーマはいったん棚上げにし、新型コロナ対策の体制変化について急遽書くことにしました。

といっても、その報道を読んだのが7月21日で、22日の発行を予定していたので、エイヤーで書かなければなりません。3人の執筆者のうちのお一人の原稿は22日の朝に送られてきて、それから編集して送り返し、加筆修正をお願いして、OKが出れば完成、という手順をひととおり終わらせてから、自分の原稿を書き始めました。

今回は、そのお一人の原稿が7月22日の朝に送られてくることがあらかじめわかっていたので、自分の原稿を21日午後から書き始め、結局、8割を22日午前3時半まで書き、残りは、22日朝に送られてきたお一人の原稿の処理を終わらせた後、残りの2割を書き上げました。こうして、何とか7月22日中に発行することができました。

こんな舞台裏を書いてしまうのは恥ずかしいのですが、こんな感じで、これまで毎月2回、一度も欠号を出すことなく、第74号まで来た、というところです。

というわけで、今回発行した「よりどりインドネシア」第74号は、以下のような内容です。是非、ご一読いただき、ご購読をご検討ください。最初の1ヵ月は無料お試し期間(2号分)となります

●感染対策から経済回復へ舵を切ったジョコ・ウィドド政権(松井和久)
政府は7月20日、感染対策と経済回復の両立を図る新たな委員会を立ち上げ、従来の対策チームを解散しました。しかしその狙いは感染対策から経済回復へ重点を移すことでした。松井がその背景を探ります。

●ウォノソボライフ(31):シオンタバコは絶滅するか?(神道有子)
神道さんの連載は、普通のタバコとは一味違うローカルの「シオンタバコ」の話です。その歴史をたどりながら、シオンタバコとウォノソボとの意外な関係やどう生き残っていくのかを語ってくれます。

●ジャワの羽衣伝説 – “Babad Tanah Jawi”より–(その2)(太田りべか)
太田さんのジャワの羽衣伝説、今回は異説の紹介です。異説をめぐる奇妙で意外な話や、ジャワとスンダとの王族関係などに思いを馳せます。ジャワの神話の世界が身近に感じられます。

●いんどねしあ風土記(20):ヌサンタラ・コーヒー物語(後編)~コーヒー文化紀行~(横山裕一)
横山さんのコーヒー紀行は3回目。フローレスの占いコーヒー、映画「コーヒーの哲学」のカフェ、北スマトラの極上コーヒー、注目すべきワインコーヒーなど盛り沢山です。

今回も読みごたえのある内容となりました。広がりと深みのあるいくつものインドネシアをお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

なお、購読者向けに限定した月例オフ会を7月25日(土)日本時間午後3時から行います。25日午後2時までに「よりどりインドネシア」購読者登録をされた方は、月例オフ会にご参加いただけます。当方より、ZOOM事前登録URLをお送りいたします。よろしければ、以下のサイトより、購読者登録をよろしくお願いいたします。


2020年7月20日月曜日

よりどりインドネシア特別講座(第1回)は高島雄太氏が報告



2020年7月18日日本時間午後3時から、よりどりインドネシア特別講座(第1回)を開催しました。

この特別講座は、ウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」の購読者だけでなく、一般の方々も含めて、多くの方にご参加いただける機会としました。当面は、無料での開催を想定しています。

いくつもの様々なインドネシアをできるだけ多くの方々に知ってもらいたい、という気持ちと同時に、内容に応じて日本語とインドネシア語のバイリンガルとし、日本の方々とインドネシアの方々とが同じ場所で同じ話題で対話する機会を作りたい、という気持ちも込めました。

記念すべき第1回の今回は、インドネシアでハンセン病恢復者を支援する財団Yayasan Satu Jalan Bersamaを設立し、活動している高島雄太さんをお招きし、「インドネシアのハンセン病問題から考える~感染症が引き起こす差別について」という題で報告していただきました。高島さんのリクエストで、今回はバイリンガルによる開催としました。


なお、高島さんは、インドネシアの人気TV番組Kick and Andyにも出演したことがあります。そのときの様子は、以下のYouTubeで視ることができます。

申込者は43人(日本人26人、インドネシア人17人)でしたが、実際に参加したのは22人でした。私のインドネシア語での通訳・説明が拙かったせいでしょうか、講座の最後まで残っていたインドネシア人の参加者は1名だけだったのは、ちょっと残念でした。

高島さんの発表では、自己紹介の後、インドネシアのハンセン病と恢復者をめぐる現状を説明した後、恢復者が実際に被った様々な差別の実例を挙げました。続いて、Yayasan Satu Jalan Bersamaの活動(ワークキャンプ)を紹介しました。

ワークキャンプでは、日本とインドネシアの大学生が一緒にハンセン病恢復者の暮らす村を訪問し、2週間、村に滞在しながら、村人と一緒に道路舗装工事など様々な活動を行ないます。最初は、ハンセン病恢復者の外見に戦々恐々だった大学生たちも、村の人々から実の親子のように歓待され、時間が経つにつれて、インドネシアのどこでも会える良いおじさん・おばさんと全く変わりがないことを実感します。

大学生たちは当初、可哀そうなハンセン病恢復者のために何かをしてあげたいという気持ちでやってきます。ところが、村で一緒に活動していくと、ハンセン病恢復者のために何もしてあげることができない、という気持ちになっていきます。逆に、助けたいと思った相手であるハンセン病恢復者の方々からいろんなことを教えてもらい、学ぶことになっていきます。セメントをこねるのも、何もかも、大学生よりもハンセン病恢復者のほうがずっと上手なのでした。

ハンセン病恢復者からすると、家族すら来ない、誰も会いに来ない、世の中から見捨てられたような気分でいるところへ、大学生の若者たちがやって来てくれて、2週間も滞在し、一緒に活動してくれるのは、とてもびっくりすることだったし、何物にも代えられない嬉しい出来事だったのです。

ワークキャンプの2週間で、外部者である大学生とハンセン病恢復者との関係は、大学生とハンセン病恢復者ではなく、個人と個人との関係へと変わっていくのでした。

高島さんは、このワークキャンプでの経験から、ハンセン病恢復者への差別をなくしていくには、感染力が極めて弱くて完治する病というハンセン病に関する正確な知識を持つとともに、それでもなかなか消えない差別感情を超えるために、実際にハンセン病恢復者と交わり、一緒に活動をすることで、個人と個人との信頼関係をつくっていくことが有用ではないか、と問いかけました。

今回、高島さんは日本におけるハンセン病政策の歴史についても発表し、現在のコロナ禍の日本における差別問題にも議論を広げたいと考えていましたが、時間の関係で、割愛せざるを得ませんでした。

今回の講座を終えて、ハンセン病に限らず、差別意識を克服していくための基本は同じなのではないかと実感しました。すなわち、相手のことをよく知ること、相手と何か一緒に活動し、共感し、信頼し合う経験をすること、ではないでしょうか。

相手のことを知らないから怖く感じ、何の根拠もない妄想や思い込みが膨らみ、相手に対するヘイトがひどくなり、やられる前にやってしまおうという気持ちがとんでもない行動をおこしかねません。

もっとも、相手のことを知識として知ったからといって、相手を信じることは容易ではないはずです。好奇心と性善説はその突破口になり得ますが、誰もがその突破口を開けるわけではありません。

重要なのは、高島さんのように、こちらとあちらとをつなぐ人の存在ではないでしょうか。そのつなぐ人は、こちらからもあちらからも信頼されている人であることが肝要です。このつなぐ人を介して、こちらとあちらとが信頼できる関係をつくり、個人と個人との関係で互いを尊重し合えるようになれば、いつの間にか差別意識・被差別意識を克服できていくのではないか。そんな風に思います。

インターネットで個と個がつながっても、必ずしも信頼関係が築けるとは限りません。でも、いずれの個からの信頼される第三者を通じてつながれば、信頼関係をより築きやすくなると思います。

正しく相手を知り、その相手と一緒に何かをする。そのお手伝いをする信頼できる仲介者こそが、今の時代にとくに必要とされているのではないかと思います。そういう仲介者をコミュニケーターといってもよいかもしれません。良質のコミュニケーターを増やしていくこと。私が今後、目指していきたいことの一つでもあります。

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高島さんから、以下のようなメッセージを受け取っております。よろしければ、高島さんらの活動への皆さんからのご支援をよろしくお願いいたします。

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YAYASAN SATU JALAN BERSAMAの髙島雄太です。
本日は講演会に参加いただき大変ありがとうございました。
みなさんにハンセン病について知って頂くことができ、とても貴重な機会となりました。
本日の内容に不明な点や質問などありましたら、お気軽にご連絡ください。

■メールアドレス

■SNSで活動内容の発信も行っています。
もしよろしければ、フォロー、登録をお願い致します。
Youtube: YUTA TAKASHIMA -SATU JALAN BERSAMA- https://www.youtube.com/user/yuta29x
Facebook: Yayasan Satu Jalan Bersama

■毎月ニュースレターを発行しています。
無料でお送りさせて頂きます。ご希望される方は、メールにてご連絡ください。
バックナンバーはこちらから読めるようになっています。

■寄付のお願い
YAYASAN SATU JALAN BERSAMAでは、毎月定額の寄付を頂くマンスリーサポーターを募集しています。
毎月の寄付金額は以下の5つのプランから選ぶことができます。
1. 250 円/月(3,000 円/年)
2. 500 円/月(6,000 円/年)
3. 1,000 円/月(12,000 円/年)
4. 2,000 円/月(24,000 円/年)
5. 3,000 円/月(36,000 円/年)

寄付金は以下の口座でお受けしています。
クレジットカード決済は未導入のため、毎月手動でお振込みをお願いします。
ご支援いただける方は髙島までご連絡下さい。

【ゆうちょ銀行から振込の場合】
銀行名:ゆうちょ銀行
記号:17440
番号:95979041
名前:サトゥ ジャラン ベルサマ ジャパン

【他の金融機関からの振込の場合】
銀行名:ゆうちょ銀行
店名:七四八(ナナヨンハチ)
店番:748
種目:普通預金
番号:9597904
名前:サトゥ ジャラン ベルサマ ジャパン

※インドネシア口座への寄付を希望される方は、髙島まで連絡ください。Bank Mandiriの口座情報をお送り致します。

頂いた寄付金は快復者やその家族の支援のためのプロジェクトに使用させて頂きます。
皆様からのご支援をどうぞ宜しくお願い致します。

改めまして、本日はお忙しいところご参加いただきまして大変ありがとうございました。
今後も、ハンセン病差別をなくすため活動に邁進していきますので、引き続きご支援頂ければ幸いです。
どうぞ宜しくお願い致します。

髙島雄太


2020年7月13日月曜日

よりどりインドネシア特別講座(第1回)のお知らせ(7/18)


このたび、いくつもの様々なインドネシアを共に知り、共に学び、共に楽しむ機会として、一般の方々向けに、オンラインによる「よりどりインドネシア特別講座」(無料)を開催する運びとなりました。

1~2ヵ月に1回程度、ゲストスピーカーを招いてお話を聴くとともに、スピーカーと参加者、参加者どうしの対話の機会を大事にしたいと考えております。また、内容とスピーカーの意向に応じて、使用言語を日本語・インドネシア語のバイリンガルで行い、日本の方々とインドネシアの方々が直接に対話できる機会も想定しています。

この講座に参加される方々にとって、新たなインスピレーションや思ってもみなかったアイディアや、人と人とのつながりが生まれる場となるように努めていきたいと思います。皆様のご参加をよろしくお願いいたします。

早速ですが、以下のとおり、よりどりインドネシア特別講座の第1回を開催いたします。
  • とき:2020年7月18日(土)日本時間15時~(2時間程度)
  • スピーカー:高島雄太氏(Yayasan Satu Jalan Bersama)
  • テーマ:「インドネシアのハンセン病問題から考える、感染症が引き起こす差別について」
  • 司会:松井和久(松井グローカル合同会社)
今回は、インドネシアの現場でハンセン病問題に関わっている高島雄太さんに、インドネシアでのハンセン病の現状と支援活動についてお話しいただきます。併せて、そこからみえた社会の根強い差別をどのように克服していけるのかについて、ご自分の考えを提示しながら、コロナ禍の今、ハンセン病について理解することの意味や感染症に留まらない様々な形の差別について、参加者の皆さんと楽しく深く対話できればと思っております。

なお、今回の講座は、日本語・インドネシア語のバイリンガルでの開催とし、インドネシアの方々にも参加を呼びかけます。スピーカーは日本語で発表し、発表資料はインドネシア語併記とする予定です。質疑応答や対話では、適宜、司会者が簡易的に通訳も務めます。

参加ご希望の方は、以下のURLにアクセスし、ご登録ください。ZOOMでの開催となり、定員は最大100名とさせていただきます。皆さまの参加を心よりお待ちしております。



2020年7月9日木曜日

「よりどりインドネシア」第73号発行、4年目突入



2020年7月8日、ウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」第73号を発行しました。今号で、2017年7月に創刊してから4年目に突入しました。

この間、一度も欠号を出すことなく、毎月2回、計73本の「よりどりインドネシア」を発行し続けてこれたことを嬉しく思います。これもひとえに、執筆者の皆さんと購読者の方々、そしてそれ以外の方々からの応援や励ましのおかげであると、ここに深く感謝申し上げます。

インドネシアはバリ島やジャカルタだけではない、数え切れない様々ないくつものインドネシアがあることを、少しでも日本の皆さんに伝え、知って、楽しんでもらいたい、という「よりどりインドネシア」の主旨がどの程度受け入れられてきたか、まだまだ確信は持てません。ただ、日本の地方が様々であるように、いやそれよりもはるかに多様なインドネシアの様子を伝えていく活動は、今後も続けていきたいと思うのです。

別のポスティングで話をしようと思いますが、ウェブ情報マガジンに加えて、オンラインを活用した月例オフ会のほか、一般の方々向けの無料特別講座も行なっていきたいと考えております。

以下、「よりどりインドネシア」第73号の内容をご紹介しておきます。

カバー写真は、フィリピンとの国境近くの北スラウェシ州サンギヘ島の
市場でサゴ椰子澱粉を売るおじさん

▼コロナ禍での中国人労働者の入国許可問題(松井和久)
コロナ禍のなかで中国人労働者500人の入国が政府によって許可されました。松井はそれへの抗議行動と入国許可の背景を探りました。

▼ロンボクだより(33):折り重寝る子どもたち(岡本みどり)
岡本さんの連載は、子どもたちの「折り重寝る」様子を微笑ましく描いています。コロナ禍での社会的距離のことを考えてしまいます。

▼ラサ・サヤン(7):~私のインドネシア音楽~(石川礼子)
石川さんの連載は、ご自分の音楽の話から始まるのですが、それを超え、音楽を通じてインドネシアと故郷の浜松市とをつないでしまう展開がすごいです。

▼いんどねしあ風土記(19):ヌサンタラ・コーヒー物語(中編)~コーヒー文化紀行~(横山裕一)
横山さんのコーヒー物語は中編です。アチェのコピ・サリン、ジョグジャのコピ・ジョス、ドリアンとコーヒーとの関係が紹介されていますが、それぞれ独特のコーヒー文化、奥が深いです。後編は次の第74号へと続きます。

引き続き、ご愛読のほどをよろしくお願いいたします。 


2020年6月27日土曜日

「よりどりインドネシア」月例オフ会(6/27)開催報告



初めての試みとして、6月27日(土)日本時間午後2時から、情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」の購読者を対象としたオンラインでのオフ会を開催し、無事に終了しました。

15名から申し込みがあり、13名が参加しました。まず、私からオフ会の趣旨説明をした後、参加者の自己紹介を行いました。今回の13名のうち、インドネシア在住者が8名、日本在住者が5名でした。13名のなかに「よりどりインドネシア」の執筆者が3名含まれます。

参加者のお一人からご提供いただいた写真(鮮明度を落としています)

参加者の興味は、歴史、芸能、ビジネス、バティック、社会福祉など様々で、各自の自己紹介の後に参加者どうしでの質問コーナーを設けたのですが、これがけっこう盛り上がりました。

ひととおり自己紹介セッションが終わり、質問コーナーの話題が新型コロナウィルスの話になっていったので、「インドネシアと日本における新型コロナと人々の暮らし」という内容で私から話題提供し、参加者間で自由に話し合いをしてもらいました。

たとえば、新型コロナに対する人々の対応のゆるさや日常生活を大事にする姿勢、様々な感染症の存在・流行するインドネシアでの新型コロナの位置づけが必ずしも日本のように特別視されていない様子、それが故の日本のような新型コロナ感染に関係した差別がインドネシアではあまり目立たない可能性、など、色々興味深い話が出ました。

13名の参加者だったせいか、参加者全員がゆったりと対話し合える環境を作ることができ、途中で対話を止める必要もありませんでした。

やはり、こうした対話の機会を通じて、様々な新しいアイディアや考え、示唆や気づきが生まれてくるものだと改めて感じました。

そして最後に、今後のオフ会等の運営について、意見を出し合いました。今のところ、次のような形で進めていこうということになりました。
  • 「よりどりインドネシア」月例オフ会は、原則として、毎月最終土曜日の日本時間午後3~5時にオンライン開催する。対象は「よりどりインドネシア」購読者とする。
  • 月例オフ会とは別に、1~2ヵ月に1回程度、一般向けを対象とする「よりどりインドネシア」特別講座(仮称)をオンライン開催。毎回、テーマを設定する。
  • 特別講座(仮称)は、テーマによっては、日本人だけでなく、日本人とインドネシア人とを一緒にしたバイリンガルでの開催を検討する。
基本的に、上記の月例オフ会・特別講座(仮称)のオンライン開催は無料で行いたいと思いますが、特殊でセンシティブな内容の場合には、有料での開催も検討可能かと思います。

ということで、次回の「よりどりインドネシア」月例オフ会は、購読者を対象に、2020年7月25日(土)午後3~5時での開催を予定いたします。

また、7月中に第1回の「よりどりインドネシア」特別講座の開催を予定しています。詳細が決まりましたら、皆様にお知らせいたします。

本日の「よりどりインドネシア」月例オフ会にご参加いただいたYY様、MO様、KW様、KF様、YT様、TT様、HT様、ST様、RO様、TH様、NF様、YY様、SN様、誠にありがとうございました。引き続き、よろしくお願いいたします。


2020年6月25日木曜日

3年目最後の「よりどりインドネシア」第72号発行、執筆者を大募集中



6月22日に発行した「よりどりインドネシア」第72号は、最初に発行してから3年目の最終版です。今回は、原稿5本、全44ページと盛りだくさんの内容になりました。
第72号の内容は以下のとおりです。

●新型コロナをめぐるマカッサルの3事件(松井和久)
住民が迅速抗体検査を拒否、病院から感染を疑われる患者を持ち逃げ、陽性となった妊婦の胎児は死亡。マカッサルで起きた3事件を松井がお伝えします。

●ウォノソボライフ(30):仕立屋さんに起こったこと(神道有子)
ウォノソボの仕立て屋さんがバズったのはなぜか。それとシラミ取りとの関係は?。連載中の神道さんが解説します。

●ジャワの羽衣伝説 – “Babad Tanah Jawi”より–(その1)(太田りべか)
太田さんは、ジャワの古典から羽衣伝説を取り上げ、羽衣伝説とジャワの王朝との意外な興味深い関係を推理します。

●ラサ・サヤン(6):中村兵(石川礼子)
モロタイ島で発見された中村輝夫という元「日本兵」は台湾へ戻りました。彼のことをもっと知ってもらいたいという石川さんの思いがこもった一作です。

●いんどねしあ風土記(18):ヌサンタラ・コーヒー物語(前編)〜コーヒールネッサンス~(横山裕一)
横山さんの連載は、満を持してのコーヒー物語の前編です。大のコーヒー好きの横山さんの心のこもったエッセイを堪能してください。 

第72号のカバー写真は、ジャカルタの街中で野菜を売り歩く行商人のおじさん

もともと、「よりどりインドネシア」は様々ないくつものインドネシアを描き、伝えることを目的としてきたので、できるだけ様々な執筆者に自由に書いていただく媒体とすることを目指してきました。

これまで、主宰者の私は必ず最低1本は書くように努め、それを実行してきましたが、常に2週間おきに何か書ける、というわけではありませんでした。ときには、材料が決まらず、発行日ギリギリ、あるいは1~2日送らせてなんとか書く、ということもありました。論文と違って、査読や読み直しなどの手間ひまをかけていない分、原稿のできはデコボコでしたが、とにかく書かなければいけないというプレッシャーがありました。

今回は私以外の原稿で4本となり、そろそろ、私が何も書かない号が出てもいいのかなと思う反面、私が次は何を書くかを楽しみにしてくださっている方もいるので、書かなくてもいいか、やっぱり書くか、個人的にちょっと悩ましいところではあります。

というわけで、今も、執筆者を大募集しています。毎号とか毎月とか決めて書いていただいてもいいですし、不定期に気の向いたときに書いていただいてもかまいません。一般の方々向けなので、論文ではなくエッセイ調で分かりやすく、できれば写真や絵を添えていただければ、と思います。

写真だけ、というのもOKです。写真エッセイのようなこともしてみたいです。

もちろん、執筆していただいた方には、薄謝ですが、原稿料をお支払いいたします。執筆者には本誌の購読会員になっていただきますが、1年間に3~4本書いていただければ、購読料の元が取れる格好になります。

皆さんも、自分のインドネシアを「よりどり」に執筆してみませんか。私も、編集人として原稿完成までのお手伝いをさせていただきます。

そして、購読者の皆さんどうしで、様々なインドネシアを共有して楽しみ、深め、広める場として、月例オフ会を企画しました。日本語のメディアや一般に言われているのとは同じようで違う、違うようで同じ、いくつものインドネシアをシェアできる場にしていきたいと思っています。

どうか、力を抜いて、ゆるーくお付き合いください。皆さんと「よりどりインドネシア」の誌上で、あるいはオフ会の場で、お会いできるのを楽しみにしております。


2020年6月21日日曜日

「よりどりインドネシア」月例オフ会(6/27)開催



私が主宰している情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」のオフ会の開催予告をしておりましたが、下記のとおり、開催することになりましたので、お知らせします。

 2020年6月27日(土):
 日本時間の午後2時~(出入自由で2時間ぐらいを想定)

オフ会は無料で、ZOOMにて開催します。すでに、10名以上の方から参加表明が来ています。参加ご希望の方々へは、ZOOMへのアクセスURLを後ほど送らせていただきます。

すでに、「よりどりインドネシア」に執筆いただいている複数の方々から参加表明をいただいております。内容については、第1回ということもあり、参加者の自己紹介の後、「インドネシアと日本で新型コロナウィルスと付き合う日々をどうおすごしですか」(仮題)と題して、新型コロナの日々をどう暮らしているか、インドネシアと日本とで何が同じで何が違っているか、日本がインドネシアから、インドネシアが日本から学べることは何か、といったテーマで、参加者どうしが自由にゆるく語り合える機会にしたいと思います。

今後、オフ会は毎月、テーマを決めて開催したいと考えています。今回のオフ会で次回(7月)のオフ会のテーマも決めてしまいたいと考えています。

オフ会の司会は、僭越ながら、私が務めさせていただきます。

なお、誠に恐縮ですが、このオフ会は、「よりどりインドネシア」購読者を対象としております。ご興味のある方は、是非、この機会に購読者登録をし、仲間に加わっていただければと思います。購読者は、このオフ会への参加はもちろん、過去71本のバックナンバーをお読みになることができます。

ご購読は以下のサイトより、ご登録いただけます。

あるいは、PDF版での送付をご希望の方は、松井(matsiu@matsui-glocal.com)までメールにてご連絡ください。

いずれも、購読登録された後、1ヵ月間の無料お試し購読期間があります。

登録された方へは、登録確認後、すぐに6月27日のオフ会用ZOOMへのアクセスURLを送らせていただきます。

『よりどりインドネシア』最新号(第72号)は、これまでにない盛りだくさんの内容で、2020年6月22日に発行予定です。いくつものインドネシアを皆さんと一緒に知り、楽しんでいければと思っています。よろしくお願いいたします。

日本軍が掘った防空壕の入口。一体は公園化され、観光地となっている。
ちょうど約1年前に訪問した。(2019年6月23日撮影)


2020年6月13日土曜日

「よりどりインドネシア」オンライン月例オフ会について



いつも「よりどりインドネシア」をご愛顧いただき、ありがとうございます。おかげさまで、2017年7月の発刊以来、3年が経過しようとしております。この間、毎月2回、休みなく発行できたのは、皆様のご支援によるものと深く感謝申し上げます。

2020年7月から4年目に入るこのタイミングで、今後、購読者の皆様を対象とした定例オフ会をオンラインで毎月開催したいと考えております。

定例オフ会では、その時々のホットな話題や執筆した作品をめぐるディスカッション、執筆者による生出演、その他の様々なインドネシア情報を含め、購読者の皆様と一緒に内容を色々考えていきたいと思っております。

記念すべき第1回オフ会を6月中にZOOMにて開催したいと考えております。現在、購読者の皆様へ日程について照会中です。来週には日程を確定できるものと思います。

このオフ会は、「よりどりインドネシア」購読者を対象としております。ご興味のある方は、是非、この機会にご購読いただければと思います。購読者は、このオフ会への参加はもちろん、過去71本のバックナンバーをお読みになることができます。

ご購読は以下のサイトより、ご登録いただけます。

あるいは、PDF版での送付をご希望の方は、松井(matsiu@matsui-glocal.com)までメールにてご連絡ください。

購読者の皆様と一緒に、楽しく面白い「よりどりインドネシア」のコミュニティを作っていければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

ゴロンタロ市南部の漁村で出会った子どもたち(2007年1月20日撮影)


2020年6月8日月曜日

よりどりインドネシア第71号を発行しました



毎月2回、いくつものインドネシアを伝えたいと思って発行している「よりどりインドネシア」。おおよそ毎月7日と22日に発行していますが、6月7日、第71号を発行しました。


カバー写真(上)は、南スラウェシ州の農村でキャッサバを茹でているおばさんです。茹でたキャッサバを発酵させたタペという食品を作り、マカッサルへ売りに行きます。

「よりどりインドネシア」第71号の内容は、以下の通りです。

●スラバヤの東南アジア最大の売春街は今 ~中小企業センターへの変貌~(松井和久)
松井の原稿はコロナ関連を一休みし、閉鎖されたスラバヤの元売春街ドリーを変え始めた活動について紹介しました。東南アジア最大規模だったドリーはどうなるのでしょうか。

●ロンボクだより(32):ジン(精霊)と信仰(岡本みどり)
岡本さんの連載はジン(精霊)のお話です。果たして、ジンはイスラムの信仰とどのような関係でロンボクの人々に捉えられているのか。興味津々です。

●ラサ・サヤン(5)~姪たち~(石川礼子)
石川さんのラササヤンは今回も読み応えある内容になりました。石川さんの姪に対する眼差しに思わずホロリとしてしまいそうです。

●いんどねしあ風土記(17):あるイスラム教徒からみた新型コロナウィルス感染流行 〜ジャカルタ首都特別州~(横山裕一)
横山さんの連載は、イスラム教徒がイスラムの観点から新型コロナウィルス感染をどのように見ているのかを明らかにしています。納得できる面も感じられます。

上記のサイトから読者登録をしていただくことで、お読みいただけるようになります(有料購読となりますが、最初の1ヵ月は無料期間です)。

また、サイトからの読者登録以外に、同じ内容をPDF版にしたものを指定メールアドレスへ毎回送付する、という方法もあります。PDF版での送付をご希望の方は、お手数ですが、メールにて matsui@matsui-glocal.com までお知らせください。

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今回は、よりどりインドネシアの発行の裏話を少ししたいと思います。

いつものことなのですが、常連執筆者の皆さんから原稿をいただき、それを読みながら、体裁を整え、誤字・脱字等をチェックし、写真のサイズを調整するなどして原稿を編集。編集済みの原稿をいったん執筆者へお返しして再チェックしてもらい、必要であれば、加筆修正をしてもらい、最終稿を受け取ります。

最終稿を受け取った後、どこまでを無料部分にするかを判断したうえで、パブリッシャーズという雑誌掲載サイトにアップします。

この作業と並行して、私自身の原稿を書いていきます。毎月2本、何かを必ず書くという作業は、これまでにもありました。かつて、インドネシアに住んでいたときには、NNA(ニュースネットアジア)という媒体に「インドネシア政経ウォッチ」というコラムを月2回、全部で150本書きました。それでも、時によっては、題材を探すのが難しく、ギリギリまで何を書くかが決まらないこともたびたびでした。

それでも、何かを書かなければいけない、と自分に課して、何とか書いてきました。その時々によって、自分なりに出来栄えがよいときとあまりよくないときがありますが、自分で納得できるレベルはキープしたいと努めてきました。かつて、論文執筆を生業としてきたときのような厳密さや論理性を追求し、何度も数え切れないほど推敲するといったプロセスを経ておらず、限られた時間で、一般の方々向けに書くという作業なので、論文とは別物という意識で原稿を作成しているのが現状です。

このところ、ずっと新型コロナウィルス感染のことを書いてきていたので、今号についてはどうするか考えているうちに、今回は一回休みにして、前々から書こうと思っていた、スラバヤの元売春街の話を書くことにしました。

こうして、私の原稿を書き上げて、それをパブリッシャーズへアップした後、すべての原稿をまとめて、PDF版を作成します。その際、ページ送りなどの最終チェックをします。そして、PDF版での購読をしていただいている方々のメールアドレス宛にPDF版を送って、ようやく発行作業は終了です。

一連の作業をしながら、自分は編集の作業が好きなのだなあとつくづく思います。昔の職場でも、印刷所へ原稿を渡す前に、編集や校正の作業をするのが楽しかったことを思い出します。

そうはいっても、発行直前の数日は、何時間も集中して机に向かっているため、まあ年齢的な面もあるのかもしれませんが、けっこう疲労困憊になります。

そんな時間を毎月2回、経験するようになって、次回の第72号で3年目を終えます。7月からは4年目に入ります。

3周年を迎えるのを契機に、購読されている方々向けのオンラインでのオフ会や、特定のテーマを決めたウェビナーの開催を検討しています。詳細が固まりましたら、またこのブログ等を通じて、皆さんにお知らせしたいと思います。

引き続き、よろしくお願いいたします。


2020年5月27日水曜日

よりどりインドネシア第70号を発行しました



ウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」第70号を2020年5月22日に発行しました。

この情報誌は、日本語の一般的なメディアでは報道されない、いくつもの様々なインドネシアを伝えることを目的として、2017年7月から毎月2回、休まずに発行を続けています。もうすぐ3年になります。

とくに、インドネシアに長年にわたって暮らしている方々に、生活者の視点でみたインドネシアの様子を描いてもらっているのが特徴の一つです。

毎回、色々なカバー写真を掲載していますが、それらは私がこれまでに撮ったものです。今回は、中ジャワ州スマラン駅にたたずむポーターのお兄さんです。


「よりどりインドネシア」第70号の内容は以下の4本です。

●インドネシアと新型コロナウィルス対策(6):新型コロナウィルス感染状況と「ニュー・ノーマル」(松井和久)
断食明け大祭を前に新型コロナウィルスは地方へ拡散しています。5月に提示された「ニュー・ノーマル」についても触れました。

●ウォノソボライフ(29):医療のあゆみと生老病死(神道有子)
神道さんの連載は、ジャワの農村で医療が過去からどのように発展してきたかとともに、人々の病気や死に対する気持ちも描いています。

●スマラン、それぞれのコロナの日々(太田りべか)
初登場の太田りべかさんはスマラン在住の翻訳家です。新型コロナウィルスとの日常を生活者の視点から描いてくださいました。次の投稿が待ち遠しいです。

●いんどねしあ風土記(16):パンデミックに振り回された日本留学〜西ジャワ州スムダン~(横山裕一)
今回の横山さんの連載は、新型コロナウィルスの影響で、日本留学が延期となったバジャジャラン大学の先生の話です。留学はいつ実現するのでしょうか。

上記のサイトから読者登録をしていただくことで、お読みいただけるようになります(有料購読となりますが、最初の1ヵ月は無料期間です)。

また、サイトからの読者登録以外に、同じ内容をPDF版にしたものを指定メールアドレスへ毎回送付する、という方法もあります。PDF版での送付をご希望の方は、お手数ですが、メールにて matsui@matsui-glocal.com までお知らせください。

なお、発行開始から3年を迎える2020年7月から、新料金の適用を検討中です。まだ決定はしておりませんが、6月までにご購読を開始いただければ、旧料金の適用となります。この機会に、ご購読をご検討いただけますよう、よろしくお願いいたします。



2020年5月7日木曜日

先ほど、ようやく『よりどりインドネシア』第69号を発行

柿の花を見たことがありますか


毎月2回、おおよそ7日前後と22日前後に、ウェブ情報マガジン『よりどりインドネシア』を発行しています。

今日も、昼前からずっとこもって、編集作業プラス自分の原稿を書き上げて、先ほど午後10時半過ぎ、ようやっと発行しました。

第69号のカバー写真です。

第69号の内容については、以下のサイトをご覧ください。

 https://yoridori-indonesia.publishers.fm/issue/4843/


2017年7月1日発行の創刊準備号(第0号)から始まり、今日まで、欠版を出すこともなく、毎月2回、発行し続けて、第69号までこぎつけました。バックナンバーの第0号から第19号までは無料全文公開しています。

バックナンバーはこちらから → https://yoridori-indonesia.publishers.fm/backnumber/

『よりどりインドネシア』を発行しているのは、様々なインドネシア、いくつものインドネシアをお伝えしたいと願っているためです。

ともすると、日本でお目にかかるインドネシアの情報は、観光地のバリ島か、ビジネス関係者の集まる首都ジャカルタかの2つに偏る傾向があります。

もちろん、そこに日本人の情報に関する需要があるので、日本のメディアの関心はバリ島とジャカルタに集中してしまうのはやむを得ないことです。

でも、インドネシアは「多様性の中の統一」の何でもありの場所。無尽蔵の様々なインドネシアが全国各地に深く広く散らばっています。

それをよりどりつまみ出して、インドネシアの多様性と深みがお伝えすることは、35年間プロとしてインドネシアと付き合い、34州中28州を歩いた自分にとってのミッションであり、喜びでもあります。

幸いにも、インドネシアで現地社会のなかで生活されている方々に執筆してもらい、日本からの出張者の目とは違う視点から見えるインドネシアをお伝えできています。

今後は、さらにインドネシアの様々な現地社会で生活されている方やされていた方に新たに執筆者と加わっていただくことや、ぎゃうに、日本で生活しているインドネシアの方々からみた日本社会の様々な出来事なども書いていただけたらなあと思っています。

海外に日本を紹介する場合でも、東京と京都しか紹介されなかったら、日本を紹介したとはいえないことでしょう。

このささやかなウェブ情報マガジンをきっかけに、日本の皆さんも、様々な、いくつものインドネシアの面白さを味わって、興味を持っていただければ、とても嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


柿の花を見たことがありますか

2020年2月11日火曜日

よりどりインドネシア第63号発行、ニセ王国物語など

2020年2月9日、毎月2回発行のウェブ情報マガジン『よりどりインドネシア』の第63号を発行しました。以下のサイトから、その一部を読んでいただけます。

 よりどりインドネシア第63号

今号の内容は以下のとおりです。

インドネシアのニセ王国物語(松井和久)
2020年に入って、インドネシアでは様々なニセ王国が現れ、メディアを賑わせています。どんなニセ王国なのか、その内容を細かく見ていくと、そこに政治的な意図が見えてきました。どうしてニセ王国が現れるのか。既存の王国とニセ王国とを分けるものは何か。それらは本当に分けられているのか。インドネシアにいくつかある王国連合体組織についても、考察してみました。

ロンボクだより(28):震災の終わり(岡本みどり)
岡本さんの連載は、ロンボク地震から1年半経って、岡本さん自身の思うことを書かれています。震災は終わったのか。その問いをめぐっての思いです。岡本さんの原稿を読みながら、東日本大震災をはじめとする被災地での人々のことが思い浮かんできました。政府やメディアは「終わった」とか「まだだ」と、安易に言い過ぎてはいないだろうか、と改めて思いました。

パプアのラタパン(哀歌)を追いかける~セプティナ・ロサリナ・ラヤンさんの挑戦~(松井和久)
日刊紙『コンパス』の記事から、パプアの奥地でラタパンと呼ばれる哀歌の収録を進める若者の話を紹介します。ラタパンの持つ複層的な役割は、震災復興の観点からも注目できるのではないかと思いました。 他方、パプアでのラタパンの使われ方が、インドネシアによる抑圧や差別への批判に傾く傾向もあり、パプア奥地の人々によるラタパンの持つ意味が薄められているような印象を持ちます。

上記のような内容を含めました。多くの方にご一読いただければと思います。

今回のカバー写真は、中ジャワ州プルバリンガ県で二輪車のマフラーを製造する小企業の社長さんです。

2020年1月25日土曜日

よりどりインドネシア第62号を発行しました

よりどりインドネシア第62号を発行しました。今号の内容は以下のとおりです。

●イスラム指導者による新疆ウイグル自治区訪問の意味(松井和久)
2019年2月、インドネシアのイスラム指導者らが中国の招待を受けて新疆ウイグル自治区を訪問しました。帰国後、中国の対イスラム政策への彼らの見方はどのように変化したのでしょうか。

●ウォノソボライフ(25):レンゲル舞踊 〜その変化と継承の現場〜(神道有子)
神道さんの好評連載は、ウォノソボが中心のレンゲル舞踊を取り上げます。レンゲル舞踊が歴史的にどう変わり、それがどのように継承されていくのか。とても興味深い内容です。

●いんどねしあ風土記(10):「忘れてはならない」20年越しの真実を求める草根の叫び〜西ジャワ州デポック~(横山裕一)
横山さんの連載は、20年前に行方不明となった活動家とその真相究明を求める息子のドキュメンタリー映画への思いを綴った内容です。忘れてはならないことがインドネシアには多すぎます。

下記のサイトより、読者登録のうえ、ご購読申込いただけます。なお、申し込まれた月はお試し期間として無料となります。
https://yoridori-indonesia.publishers.fm/issue/4772/

また、PDF版をご希望の方は、メールにて、下記のアドレスまでご連絡ください。
matsui@matsui-glocal.com

他では読むことのできない、いくつものインドネシアをお伝えしてまいります。ぜひ、ご購読のほど、よろしくお願いいたします。

2020年1月8日水曜日

よりどりインドネシア第61号発行

本日(1/8)、月2回発行のウェブ情報マガジン『よりどりインドネシア』第61号を発行しました。今回は3本、内容は以下の通りです。

▼コナウェ県の架空村騒動と村落資金(松井和久)
2019年末、各村均等に資金を配分する村落資金を受け取るための架空村の問題が明らかにされました。東南スラウェシ州コナウェ県の架空村の事例について、少し詳しく見てみました。
▼ロンボクだより(27):ゴミ銀行を始めた青年との対話(岡本みどり)
岡本さんの好評連載、今回はゴミ銀行を始めた青年との対話です。この青年に岡本さんがどうしても訊きたかったこととは、何だったのでしょうか。
▼南スラウェシの木造船、現状と課題~タナベル、ガレソン、パンダラ、パオテレ港を廻って~(脇田清之)
脇田さんは2019年末、南スラウェシの伝統帆船ピニシの現状と課題を探るために、いくつもの現場を訪問しました。今回はその時の様子を書いていただきました。

2003年8月にお会いしたジョグジャカルタ郊外で編みバッグを製造しているご夫婦

『よりどりインドネシア』のバックナンバーページはこちら。
 https://yoridori-indonesia.publishers.fm/backnumber/

購読は、『よりどりインドネシア』のページから可能(購読料は毎月クレジットカード引き落とし)ですし、PDF版を別途毎回ご指定のメールアドレスへ送付することも可能です(その場合は6ヵ月分または12ヵ月分を予め銀行振込でお願いします)。

PDF版ご希望の方は、matsui@matsui-glocal.com へその旨ご連絡ください。

料金は、1ヵ月(2回発行)で750円+税となります。

なお、バックナンバーから興味ある記事を1本単位でPDFで購入できるようにすることも検討中です。

以上、よろしくお願いいたします。