日本が10連休の間、4月29日、4月30日、5月2日の3回、インドネシア・東ジャワ州マラン市にある国立ブラウィジャヤ大学経済ビジネス学部で、連続講義を行いました(ちなみに、5月1日はメーデーでインドネシアの祝日)。
同大学では、1セメスターの間に、自学教員、民間人、外国人の三者を組み合わせた三位一体型講座(3 in 1 Programと称している)を積極的に進めています。このような形式の口座構成を採ることが、大学評価に大いにプラスになるということです。
会場の壇上には、以下のような横断幕が掲げられていました。
2019年5月15日水曜日
2018年11月18日日曜日
滞在許可手続が終了、いろいろ簡略化
11月12日からインドネシアに来ています。まずは、マランに滞在し、外国人暫定滞在許可(ITAS)の手続を終わらせました。イミグレに出向いて写真撮影、指紋採取をし、翌日にはパスポートが返却されました。
現在のITASは、オンラインで管理されていて、ITASオリジナルとITAS簡易版がメール添付で送られてきます。ITAS簡易版をプリントアウトし持ち歩く、または、スマホにITAS簡易版を入れてもいいのかもしれません。提示の必要があれば、そのいずれかを見せればいいのでしょう。
昔のようなカードはなくなりました。大昔、外国人暫定滞在許可証はカード式で、それを紛失したことがありました。このカードの再発行のために、イミグレや州法務局を何度も往復し、1ヵ月以上の時間を費やしました。
オンライン化された現在、ITASが紛失することはありません。万が一、プリントアウトしたITAS簡易版がなくなっても、またプリントアウトすればいいのです。そうそう、以前「ブク・ビル」(Buku Biru)と呼ばれた外国人出入国管理記録帳も必要なくなりました。
また、複数回再入国許可もITASと併せて取得できるのもよいです。以前は、複数回再入国許可は別途取らなければならなかったので、滞在許可期間と適合せずに頭を悩ませたものでした。
さらに、警察での手続も、エージェント経由で本人出頭が不要とのことでした。以前は、写真撮影と指紋採取があるため、本人が出頭する必要がありました。写真と指紋の情報は、イミグレと共有するようになったと思われます。もう、指紋採取後、トイレの前の固形石鹸で手を洗わなくてよくなったのだなあと感慨深いものがあります。
昔はいつも、暫定滞在許可カード、ブク・ビル、警察証明カード等を持ち歩いていたものですが、今は、ほとんど何も持ち歩く必要がなくなったのは、とても気楽な気分です。
まあ、しっかりとすべての省庁にオンラインで管理されていて逃げられない、という意味もあるでしょう。日本のシステムも進んでいるのでしょうが、再発行手続などで面倒極まりなかった過去のインドネシアのシステムが、地方都市のマランでも、ここまで改善されているとは、正直、驚きました。
現在のITASは、オンラインで管理されていて、ITASオリジナルとITAS簡易版がメール添付で送られてきます。ITAS簡易版をプリントアウトし持ち歩く、または、スマホにITAS簡易版を入れてもいいのかもしれません。提示の必要があれば、そのいずれかを見せればいいのでしょう。
昔のようなカードはなくなりました。大昔、外国人暫定滞在許可証はカード式で、それを紛失したことがありました。このカードの再発行のために、イミグレや州法務局を何度も往復し、1ヵ月以上の時間を費やしました。
オンライン化された現在、ITASが紛失することはありません。万が一、プリントアウトしたITAS簡易版がなくなっても、またプリントアウトすればいいのです。そうそう、以前「ブク・ビル」(Buku Biru)と呼ばれた外国人出入国管理記録帳も必要なくなりました。
また、複数回再入国許可もITASと併せて取得できるのもよいです。以前は、複数回再入国許可は別途取らなければならなかったので、滞在許可期間と適合せずに頭を悩ませたものでした。
さらに、警察での手続も、エージェント経由で本人出頭が不要とのことでした。以前は、写真撮影と指紋採取があるため、本人が出頭する必要がありました。写真と指紋の情報は、イミグレと共有するようになったと思われます。もう、指紋採取後、トイレの前の固形石鹸で手を洗わなくてよくなったのだなあと感慨深いものがあります。
昔はいつも、暫定滞在許可カード、ブク・ビル、警察証明カード等を持ち歩いていたものですが、今は、ほとんど何も持ち歩く必要がなくなったのは、とても気楽な気分です。
まあ、しっかりとすべての省庁にオンラインで管理されていて逃げられない、という意味もあるでしょう。日本のシステムも進んでいるのでしょうが、再発行手続などで面倒極まりなかった過去のインドネシアのシステムが、地方都市のマランでも、ここまで改善されているとは、正直、驚きました。
2017年9月26日火曜日
グンポルの労働者送り出し機関を訪問
今日(9/25)は、グンポルにある海外への労働者送り出し機関であるLPK Prima Duta Sejati (PDS) を訪問しました。
PDSは1999年に設立され、インドネシア労働力省から認定された送り出し機関として、これまで香港、台湾、シンガポールへ、様々な職種のインドネシア人労働者を送り出してきました。単に送り出すだけでなく、送り出しの前に、送り出し先の言語習得と、職種に応じた職業訓練を施しています。
実際、メイド向けには掃除機の扱い方、洗濯機の扱い方、送り出し先に合わせた調理方法、乳幼児への対処法などの訓練が行われます。介護士向けには、ベッドに寝たきりの方に対する介護手法や、歩行器を使った歩行訓練への補助方法、トイレでの介助法などが訓練されます。
訓練機関は約6ヶ月間で、香港、台湾、シンガポールに受け入れ関係機関も設置し、20年かけて培ってきたノウハウを存分に活用しているということでした。
新たに、PDSは日本の技能実習研修生向けの日本語研修と技能研修を始めました。今後、日本からの様々な職種の技能実習生の受け入れ要請に応える送り出しを行っていくとのことです。
技能実習生の受け入れに興味のある日本企業があれば、是非教えて欲しいということでしたので、ご興味のある方や情報のある方は、個別メールにて matsui@matsui-glocal.com までご連絡ください。
私自身も、インドネシアと日本とを繋ぐ一環として、インドネシア人技能実習生制度が本当の意味での人材育成に資するような形で運営されていくように、微力ながら関わっていきたいと思うようになりました。
そして、何らかの研修終了証明書が発出され、それがインドネシア側で認知され、研修生の帰国後の再就職に役立てられるような仕組みを、様々な方々と一緒に作っていきたいと思い始めました。
さしあたり、日本にいるインドネシア人技能実習生が、インドネシア語でいつでも相談できるホットラインを作りたいと考えています。ご賛同・ご協力いただける方は、個別メールにてご連絡ください。
PDSは1999年に設立され、インドネシア労働力省から認定された送り出し機関として、これまで香港、台湾、シンガポールへ、様々な職種のインドネシア人労働者を送り出してきました。単に送り出すだけでなく、送り出しの前に、送り出し先の言語習得と、職種に応じた職業訓練を施しています。
実際、メイド向けには掃除機の扱い方、洗濯機の扱い方、送り出し先に合わせた調理方法、乳幼児への対処法などの訓練が行われます。介護士向けには、ベッドに寝たきりの方に対する介護手法や、歩行器を使った歩行訓練への補助方法、トイレでの介助法などが訓練されます。
訓練機関は約6ヶ月間で、香港、台湾、シンガポールに受け入れ関係機関も設置し、20年かけて培ってきたノウハウを存分に活用しているということでした。
新たに、PDSは日本の技能実習研修生向けの日本語研修と技能研修を始めました。今後、日本からの様々な職種の技能実習生の受け入れ要請に応える送り出しを行っていくとのことです。
技能実習生の受け入れに興味のある日本企業があれば、是非教えて欲しいということでしたので、ご興味のある方や情報のある方は、個別メールにて matsui@matsui-glocal.com までご連絡ください。
私自身も、インドネシアと日本とを繋ぐ一環として、インドネシア人技能実習生制度が本当の意味での人材育成に資するような形で運営されていくように、微力ながら関わっていきたいと思うようになりました。
そして、何らかの研修終了証明書が発出され、それがインドネシア側で認知され、研修生の帰国後の再就職に役立てられるような仕組みを、様々な方々と一緒に作っていきたいと思い始めました。
さしあたり、日本にいるインドネシア人技能実習生が、インドネシア語でいつでも相談できるホットラインを作りたいと考えています。ご賛同・ご協力いただける方は、個別メールにてご連絡ください。
2017年9月23日土曜日
来週はインドネシア・東ジャワ州へ
今晩(9/23)の便で東京を発ち、9/30までインドネシア・東ジャワ州へ行きます。24日夜と29日夜はスラバヤ泊、25〜28日はマラン泊です。
今回の用務は、今までとはちょっと異なり、民間ベースの用務で、今後の展開を考えると、なかなかチャレンジングなものです。
インドネシアの地方と日本の地方とをつなぐという意味でも意義があり、私にとっても、新たな分野への挑戦になりそうな予感がします。また、これから私たちが、どのような社会を作っていくのか、ということにも大きく関わってくるような気がします。
ちょっと思わせぶりな書き方になりましたが、調査研究ではなく、かといってがっちり儲けるビジネスでもなく、社会起業家というほどかっこよくもない感じです。泥臭くて、収益がそんなに上がらない、でも大きな意味があるもの、と捉えています。
ともかく、久々のスラバヤ、マランを味わってきます。
今回の用務は、今までとはちょっと異なり、民間ベースの用務で、今後の展開を考えると、なかなかチャレンジングなものです。
インドネシアの地方と日本の地方とをつなぐという意味でも意義があり、私にとっても、新たな分野への挑戦になりそうな予感がします。また、これから私たちが、どのような社会を作っていくのか、ということにも大きく関わってくるような気がします。
ちょっと思わせぶりな書き方になりましたが、調査研究ではなく、かといってがっちり儲けるビジネスでもなく、社会起業家というほどかっこよくもない感じです。泥臭くて、収益がそんなに上がらない、でも大きな意味があるもの、と捉えています。
ともかく、久々のスラバヤ、マランを味わってきます。
2017年8月1日火曜日
インドネシアの大学の先生方を福島へ
8月1日、インドネシアのマラン・ムハマディヤ大学の先生方5人を福島市へお連れしました。朝、羽田に到着し、そのまま東京駅から新幹線で福島へ来ました。
今回の訪問は、今年4月に私が同大学でゲスト講義を行なった際に話が出ていたもので、福島をテーマとした新しいプログラムを立ち上げる可能性を探るための来訪です。
福島駅近くのホテルへ到着。でも午後3時までチェックできず、一息入れる間もなく、ホテルのカフェでそのままミーティングへ。でも、今回の福島訪問では、実は、このミーティングが一番重要だったのでした。
今回の訪問は、今年4月に私が同大学でゲスト講義を行なった際に話が出ていたもので、福島をテーマとした新しいプログラムを立ち上げる可能性を探るための来訪です。
福島駅近くのホテルへ到着。でも午後3時までチェックできず、一息入れる間もなく、ホテルのカフェでそのままミーティングへ。でも、今回の福島訪問では、実は、このミーティングが一番重要だったのでした。
2017年4月4日火曜日
マラン・ムハマディヤ大学の学生との討論会で講演
今日は朝9時から、マラン・ムハマディヤ大学で国際関係学科の学生たちと討論会がありました。学生側から希望されたもので、中間試験期間中にもかかわらず、40〜50人ぐらいの学生が集まりました。
会場は、校内のアル・ファッフルディン・モスクの1階です。このモスクには、アラビア語教室、国際関係学科の図書館、カウンセリング室など、様々な機能の部屋が設置されています。
私の講演テーマは、「グローバルの挑戦に対するローカルの強化:インドネシアと日本のケース」(Kekuatan Lokal dalam Menghadapi Tantangan Global: KAsus di Indonesia dan Jepang)というもので、このお題でインドネシア語での講演を40分ぐらいやった後、学生との質疑応答セッションとなりました。
会場は、校内のアル・ファッフルディン・モスクの1階です。このモスクには、アラビア語教室、国際関係学科の図書館、カウンセリング室など、様々な機能の部屋が設置されています。
私の講演テーマは、「グローバルの挑戦に対するローカルの強化:インドネシアと日本のケース」(Kekuatan Lokal dalam Menghadapi Tantangan Global: KAsus di Indonesia dan Jepang)というもので、このお題でインドネシア語での講演を40分ぐらいやった後、学生との質疑応答セッションとなりました。
2017年4月3日月曜日
マラン・ムハマディヤ大学を訪問
今回のマラン行きは、マラン・ムハマディヤ大学を訪問することが目的です。同大学政治社会学部のT先生の招きで大学を訪問し、先生方や学生らと色々話をしました。
この大学は、インドネシアのイスラム社会団体であるムハマディヤが経営している大学の一つで、全国各地にあるムハマディヤ大学のなかで評価の高い私立大学で、インドネシア政府が認定したAクラス大学(国立29校、私立15校)の一つです。
この大学は、インドネシアのイスラム社会団体であるムハマディヤが経営している大学の一つで、全国各地にあるムハマディヤ大学のなかで評価の高い私立大学で、インドネシア政府が認定したAクラス大学(国立29校、私立15校)の一つです。
2017年3月26日日曜日
4月5日までスラバヤ、マラン
今夜のエアアジアで再びインドネシアへ向かいます。
ちょうど、海外から日本へ桜を観に来る方が多いせいか、LCCといえども、思ったよりも運賃が高かったのですが、やむをえません。帰国日がなかなか決まらなかったので、帰りも、ジャカルタから片道のLCC(タイガー+スクート)です。
今回は出張ではなく、プライベートです。スラバヤで2年間借りていたアパートの部屋の契約を3月31日で終了するため、部屋に置いたままになっている私物の片付けを行うのが主たる目的です。
スラバヤへ行く頻度が昨年来大きく減ってしまい、部屋を借り続けるのが経済的負担になったというのが理由です。これからの活動の中で、今後、スラバヤをどう活用していくかも考えてきたいと思います。
スラバヤ行きを友人たちに知らせたところ、縁あって、マラン市にあるムハマディヤ大学も訪問することになりました。スラバヤでの片付けが終わった後、マランへ移り、同大学の教員である友人が色々と予定を組んでくれています。
帰国は4月5日午前中です。それでは、行ってきます。
ちょうど、海外から日本へ桜を観に来る方が多いせいか、LCCといえども、思ったよりも運賃が高かったのですが、やむをえません。帰国日がなかなか決まらなかったので、帰りも、ジャカルタから片道のLCC(タイガー+スクート)です。
今回は出張ではなく、プライベートです。スラバヤで2年間借りていたアパートの部屋の契約を3月31日で終了するため、部屋に置いたままになっている私物の片付けを行うのが主たる目的です。
スラバヤへ行く頻度が昨年来大きく減ってしまい、部屋を借り続けるのが経済的負担になったというのが理由です。これからの活動の中で、今後、スラバヤをどう活用していくかも考えてきたいと思います。
スラバヤ行きを友人たちに知らせたところ、縁あって、マラン市にあるムハマディヤ大学も訪問することになりました。スラバヤでの片付けが終わった後、マランへ移り、同大学の教員である友人が色々と予定を組んでくれています。
帰国は4月5日午前中です。それでは、行ってきます。
2016年9月27日火曜日
またまたインドネシアへ
今年何回めのインドネシア出張になるのでしょうか。9月27日から、またまたインドネシアへ出張します。
今回は、10月23日にいったん帰国し、28日に名古屋で講演した後、30日から11月5日まで再びインドネシアへ行きます。
今年はこれでインドネシア出張は打ち止め、と思っていましたが、11月の後半に1週間程度、ジョグジャカルタへ出張することになりそうです。
今年は当初、次のステップへ向けてじっくりと日本で会社設立しようと思っていたのですが、3月からJICA案件に関わり、それが11月まで続き、思ったよりも自分が関わらざるをえない部分が大きかったので、じっくりと言うわけにはいかなくなってしまいました。
でも、そのJICA案件は、日本の地方自治体とインドネシアの地方政府を農業・畜産業分野で連携させることは可能かどうかを実際に調査する内容。国境を越えて、ローカルとローカルを結びつけて新しい何かを起こす、を今後の仕事の使命と考えている自分にとっては、願ってもない内容の案件でしたので、関わることにしたのでした。
案件自体の中身やプロセスの是非はともかくとして、自分にとっては良い機会になったと思います。5年以上前から、ローカルとローカルをつなげて新しい何かを起こすことを考えてきたのですが、それが果たして、今後の世界にとって有用なことなのか。
砂糖の山に群がるアリのように、美味しいところに入って行って他の人のようにやった方が楽だったのではないか。そんなことを思いながら、これがコンサルタント・ビジネスとして成り立つのだろうか、という疑問を抱き続けてきました。
そして今、少しずつ、それが確信に変わり始めています。
砂糖の山でいっぱいの国や中央ではなく、なぜローカルなのか。そしてなぜ、自分はいったん知り合いとなって触れ合ったローカルと一生付き合う覚悟をするに至ったのか。
そう、自分の顧客となったローカルとは、先方から「もういいです」とお引き取り願われた場合を除いて、プロフェッショナルとして、一生ずっとお付き合いをしていく覚悟を決めました。ローカルの味方として生きていく覚悟を決めました。
よろしくお願いいたします。
では、またインドネシアへ行ってきます。
(上写真)本邦招へいプログラムを終えた、インドネシア・東ジャワ州バトゥ市農林業局長、マラン市農業局アグリビジネス部長とインドネシア料理レストラン「チャベ」で会食。バトゥ市、マラン市と福島市とを結んで、新しい何かを生み出す中長期的な連携を関係者とともに構想中です。今回の出張中に、バトゥ市とマラン市で彼らと協議を進めていきます。
今回は、10月23日にいったん帰国し、28日に名古屋で講演した後、30日から11月5日まで再びインドネシアへ行きます。
今年はこれでインドネシア出張は打ち止め、と思っていましたが、11月の後半に1週間程度、ジョグジャカルタへ出張することになりそうです。
今年は当初、次のステップへ向けてじっくりと日本で会社設立しようと思っていたのですが、3月からJICA案件に関わり、それが11月まで続き、思ったよりも自分が関わらざるをえない部分が大きかったので、じっくりと言うわけにはいかなくなってしまいました。
でも、そのJICA案件は、日本の地方自治体とインドネシアの地方政府を農業・畜産業分野で連携させることは可能かどうかを実際に調査する内容。国境を越えて、ローカルとローカルを結びつけて新しい何かを起こす、を今後の仕事の使命と考えている自分にとっては、願ってもない内容の案件でしたので、関わることにしたのでした。
案件自体の中身やプロセスの是非はともかくとして、自分にとっては良い機会になったと思います。5年以上前から、ローカルとローカルをつなげて新しい何かを起こすことを考えてきたのですが、それが果たして、今後の世界にとって有用なことなのか。
砂糖の山に群がるアリのように、美味しいところに入って行って他の人のようにやった方が楽だったのではないか。そんなことを思いながら、これがコンサルタント・ビジネスとして成り立つのだろうか、という疑問を抱き続けてきました。
そして今、少しずつ、それが確信に変わり始めています。
砂糖の山でいっぱいの国や中央ではなく、なぜローカルなのか。そしてなぜ、自分はいったん知り合いとなって触れ合ったローカルと一生付き合う覚悟をするに至ったのか。
そう、自分の顧客となったローカルとは、先方から「もういいです」とお引き取り願われた場合を除いて、プロフェッショナルとして、一生ずっとお付き合いをしていく覚悟を決めました。ローカルの味方として生きていく覚悟を決めました。
よろしくお願いいたします。
では、またインドネシアへ行ってきます。
(上写真)本邦招へいプログラムを終えた、インドネシア・東ジャワ州バトゥ市農林業局長、マラン市農業局アグリビジネス部長とインドネシア料理レストラン「チャベ」で会食。バトゥ市、マラン市と福島市とを結んで、新しい何かを生み出す中長期的な連携を関係者とともに構想中です。今回の出張中に、バトゥ市とマラン市で彼らと協議を進めていきます。
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