本ブログへのご質問、お問い合わせ、コメント等があれば、電子メールにて matsui@matsui-glocal.com へお送りください。
情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」のお試し購読はこちらから→https://yoridori-indonesia.publishers.fm/
「よりどりインドネシア」のバックナンバーはこちらから→https://yoridori-indonesia.publishers.fm/backnumber/

2019年6月21日金曜日

久々に素敵なイタリアン・ランチ

6月18日は、久々に、二人で素敵なイタリアン・ランチを楽しみました。

場所は、高田馬場の老舗イタリアン。もう何十年もよく行く店です。ちょっと時間をずらして行ったせいか、待たずに席に座ることができました。

最初は冷たいジャガイモのスープ。ジャガイモの味がよく出ていて美味。


前菜3種盛り合わせ。これも美味しい。以前は、5種だったような・・・。


パスタは、イタリア国旗をイメージしたニョッキと色々な肉の手打ちパスタ。




2019年6月10日月曜日

よりどりインドネシア第47号を発行

6月9~10日の京都・大阪への出張前に終えてしまおうと、6月8日、ウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」第47号を発行しました。

第47号までのバックナンバーはこちら。
https://yoridori-indonesia.publishers.fm/backnumber/

今回の第47号の内容は、以下の3本です。

●2019年5月のジャカルタ暴動を総括する ~負け組による勝ち組への計画的蜂起だったのか~(松井和久)
●ロンボクだより(20): 朝のフルーツは金?(岡本みどり)
●オーストラリアに眠る日本人抑留者の知られざる物語 〜新公開のカウラ日本人墓地データベースを試用して〜(脇田清之)

今号では、私なりに、5月20~21日のジャカルタ暴動の総括を試みました。そこには、イデオロギーや崇高な国家の理想とはかけ離れた、きわめて泥臭い、うまくやりおおせている者へに対する「負け組」の積もり積もった怨念がありました。敵をうまく包み込む民主化というものが果たして可能なのか、色々と考えてしまいます。週刊誌TEMPO最新号(2019年6月8日号)の記事も参考になります。

ロンボク島在住の岡本みどりさんの連載「ロンボクだより」も第20回となりました。私たちが常識と思っていることが、果たしてロンボクの人々にも常識なのか、そんな気づきが大切だと感じます。

戦時中のスラウェシ島の日本人の歴史を追っている脇田清之さんは今回、太平洋戦争勃発時に、スラウェシ島からオーストラリアへ抑留され、亡くなった日本人民間人に焦点を当てました。脇田さんが解き明かす知られざる人々の物語です。

「よりどりインドネシア」の購読方法は、次の二つの方法があります。

2019年6月8日土曜日

渋谷敦志「まなざしが出会う場所へ」写真展をみて

どうして
見つめ返すのか
困難を生きる
人びとの眼を

今日(6/8)、友人である写真家・渋谷敦志さんの「まなざしが出会う場所へ~渇望するアフリカ」という写真展を観に行ってきました。場所は、東京・ミッドタウンのフジフィルム・スクエア1階の富士フィルム・フォトサロンです。

写真展の詳細は、以下のサイトをご覧ください。

 困難を生きる人びとのまなざしに向き合う
 【写真家たちの新しい物語】
 渋谷敦志写真展「まなざしが出会う場所へ —渇望するアフリカ—」

この展覧会は、2019年1月に出版された彼の著書『まなざしが出会う場所へ ― 越境する写真家として生きる』を踏まえて、とくにアフリカで出会った様々な「まなざし」を伝える写真展でした。

2019年6月4日火曜日

日本は何によって外国人労働者に選ばれる国になるのか

●外国人が日本を選ぶ理由が議論されていない

「日本は、外国人労働者によって選ばれる国にならなければならない」という文言をよく聞く。韓国や台湾など、他のアジア諸国との外国人労働者争奪競争を意識したもので、そのためには、外国人労働者への法的保護を強め、これまでより働きやすい環境を整えることが必要、といった論調がみられる。

しかし、重要なことが一つ抜けている。すなわち、外国人労働者は何をもって日本を選ぶのか、その理由についての議論が全く見られないのである。

このこと一つとっても、昨今の外国人労働者をめぐる議論が、日本側、彼らを活用する側からの視点からしか行われていない、極めて一方向的な議論に終始していることが分かる。そう、政府も民間も、誰も外国人労働者側のことなんか本気で考えていないのだ。自分たちの人手不足が解消すれば、誰でもいいというような状況なのである。

なぜ外国人労働者は日本に来たいのか。他国ではなく、日本を選ぶのか。あるいは逆に、何を売りにすれば、彼らは自分たちの就労先として日本を選ぶのか。この辺りを、しっかりと調査した形跡はうかがえない。

外国人労働者への法的保護を強め、これまでより働きやすい環境を整えることは、もちろん重要である。その場合には、どれだけ他国よりも法的保護を強めるのか、働きやすい環境を整えるのか、ちゃんとアピールする必要があるのではないか。

地域おこしの一環で新産品開発・販売促進を試みる際、どこもかしこも同じような饅頭や漬物を作ってしまう、という批判をよく聞く。そのときに、他の類似製品と何が違うのか、同じ種類であればどのように他より優れているのか、説明できなければ、その新産品はアピールできない。お客さんから選ばれる商品にはならない。

もし政府が、選ばれる国になるために外国人労働者への法的保護を強め、これまでより働きやすい環境を整えるというなら、他国よりも優れている点をきちんとアピールすべきなのである。

もっとも、外国人労働者が、そういった点を重視して日本を選ぶかどうかは、やはり確認しなければ分からない。ただ、昨今のメディア報道や私自身のインドネシア人技能実習生・元実習生らとの関わりのなかから、見えてきたことがある。

高い賃金を理由に日本を選ぶ者もたしかにいる。でも、それ以上に、彼らが日本にあこがれる理由があるのだ。

2019年6月2日日曜日

椏久里珈琲で美味しいコーヒー&お菓子と突然の弾き語り

6月1・2日は、福島市で東北絆まつりが開催されて、多くの観客でにぎわったようです。友人の話だと、市内は交通規制がかかっていて、メイン会場の市役所へ行くのも大変だった様子。

というわけで、常にメジャー路線を避けて行動する、あまのじゃくな私は、絆まつり見物には行きませんでした。その代わり、6月1日は、友人からの誘いを受けて、今月のケーキとコーヒーを味わうため、椏久里珈琲へ行きました。

椏久里珈琲には、毎月変わるケーキをいただくため、最低でも、1ヵ月に1回は顔を出すようにしているのですが、今回は、それに加えて、友人が「紹介したい人がいる」ということで、いそいそと出かけたのでした。

2019年6月1日土曜日

平凡さの偉大さ ― まさかあの人がそれを語るとは

久々の投稿です。

あたりまえの日常や普通であることのすごさ。これは、私自身がこれまでの人生のなかで、痛感してきたことです。

暮らしの中で、毎日あたりまえに行なっている炊事、洗濯、作業・・・。それらが毎日毎日積み重なり、その人の人生を、その人のいる地域の日常を作っていきます。

自分も含めて、あたりまえで普通の人々は、何かあった場合を除けば、氏名のような固有名詞で歴史に残ることはまずありません。名もなき人々、ときには庶民という言葉でくくられ、歴史のなかに埋没していくものです。

歴史に残る人物は、国を治めたり、世界的な偉業を成し遂げたり、世界記録や日本記録を残したりするような、えらい人、すごい人であり、そうしたえらい人やすごい人が歴史を作ってきたと思いがちなものです。

子どもの頃、偉人伝を読んで、こんな立派な人になりたい、と思った経験が多くの人にあることでしょう。でも、大半の人は、そんなえらい人間にはなれなかった、と思っているはずです。

たしかに、日本の学校で学ぶ歴史には、そうした普通の人々の歴史がほとんど出てきません。それは、為政者や偉人などのように、普通の人々に関する記録があまり残っていないためなのかもしれません。また、歴史を書き残してきたのは常に勝者であり、敗者の歴史が語られてくることはなかったとも言えます。

2019年5月15日水曜日

インドネシア・国立ブラウィジャヤ大学で連続講義

日本が10連休の間、4月29日、4月30日、5月2日の3回、インドネシア・東ジャワ州マラン市にある国立ブラウィジャヤ大学経済ビジネス学部で、連続講義を行いました(ちなみに、5月1日はメーデーでインドネシアの祝日)。

同大学では、1セメスターの間に、自学教員、民間人、外国人の三者を組み合わせた三位一体型講座(3 in 1 Programと称している)を積極的に進めています。このような形式の口座構成を採ることが、大学評価に大いにプラスになるということです。

会場の壇上には、以下のような横断幕が掲げられていました。



2019年4月30日火曜日

特定技能への関心のものすごさに驚き

今回、インドネシアに来て、本当にびっくりしているのは、日本の新たな在留資格「特定技能」への元研修生からの関心のものすごさです。

弊社のフェイスブック・ページで、特定技能に関する記事を書き、私がアドバイザーを務めている、元研修生らの親睦団体「インドネシア研修生実業家協会」(IKAPEKSI)のエディ会長らと会った後、ものすごい数のメールやメッセージやWAが来るようになりました。

フェイスブック・ページのアクセス数は、通常だとせいぜい多くても500件程度なのですが、今回のアクセス数は、西インドネシア時間の4月29日午後10時現在、4万件近くになっています。

ほとんどのメッセージが「また日本へ行って働きたい」というもので、どうやったらそれが可能になるかを尋ねるものでした。


2019年4月20日土曜日

Kucumbu Tubuh Indahku (Memories of My Body) を観て

4月19日、エアアジアの夜行便乗り継ぎで、午後1時半頃、ジャカルタに到着。

アジトでしばし昼寝をして、いつものように、携帯電話のインターネット用SIM利用分の追加をしました。

その後、モールのフードコートでハズレのTongseng Kambingを食べながら、今日からガリン・ヌグロホ監督の作品"Kucumbu Tubuh Indahku"、英語名"Memories of My Body"が上映されることを思い出しました。


上映館を調べると、ちょうど19時15分から、チキニのタマン・イスマイル・マルズキ(TIM)で上映されることが分かりました。急いでフードコートのある5階から1階へ降り、停まっていたよく知らないタクシーに乗り込んで、一路、TIMへ。上映まで30分しかなく、大雨の後で、果たして間に合うのか・・・。

タクシーの運ちゃんが頑張ってくれて、TIMに着いたのが19時15分。チケット売り場の受付嬢は「まだ大丈夫」という返事。最後に残っていた最前列の1席をゲットし、満席の会場で観ることができました。

前評判は聞いていたものの、どんな内容なのかは全く知らずに、とにかくガリンの新作を観る、ということで観たのですが・・・。

2019年4月15日月曜日

「東北家族」の皆さんと仙台でお花見

2019年4月14日、東北6県のインドネシア人技能実習生のネットワーク「東北家族」(Keluarga Tohoku)が仙台市の榴岡公園で花見をするというので、行ってみました。

榴岡公園の桜は、ソメイヨシノが満開、シダレザクラもだいぶ花が開いていて、絶好のお花見日和となりました。さすが仙台、おだやかな晴れた日曜日ということもあり、人、人、人、の賑わいでした。



2019年4月13日土曜日

伊藤若冲展を観に行く

今回の福島滞在中に行きたいと思っていたのが、福島県立美術館で開催中の「伊藤若冲展」。ようやく時間の取れた4月13日(土)、気合を入れて、開場時間の午前9時半に合わせて実家を出ました。

実家から会場までは自転車でわずか5分。今回はすごく混んでいるし、土曜日だし。でも、朝早くだったら、入れるかも。

でも甘かったです。



2019年4月12日金曜日

Bijiという名のお店を訪ねてみた

福島市内には、どのぐらいインドネシアと関わりを持つ人々がいるのだろうか、と思って、気になる店や場所や人を探し始めました。

昨年10月、福島市で初めてのインドネシア・フェスティバルが開催されたときに、何人かのインドネシアの方と結婚して市内に住んでいる方にお会いしました。そんな、インドネシアと関わりを持つ方々とも知り合いになれたら、と思った次第です。

今日は、Bijiという名前のお店を訪ねました。


2019年4月9日火曜日

マイノリティになる経験をすることが大事

日本の昨今のヘイトスピーチの横行や、インドネシアでの多数派イスラムの名の下での強制、といった現象を見ていると、それを行なっている人間が常にマジョリティのなかにいる、という当たり前の事実がある。

しかし、それを行っている人間は、マジョリティのなかでのごく一部の人間に過ぎない。マジョリティのなかのごく一部の人間が、結果的にマジョリティの枠に守られながら、ヘイトスピーチを行っている。

マジョリティのなかの多数派は、マジョリティの同じアイデンティティを持つがゆえに、その方法に賛意は示さずとも、ヘイトスピーチを行う人間をマジョリティのなかから追放することができない。

結局は、マジョリティという繭に守られているから、ヘイトスピーチが可能になるのである。殺人やテロなどのように一線を超えない限り、マジョリティのなかから彼らは排除されない。

だから、彼らは、マジョリティのなかで本当は賛同者が少ないマイノリティだけれども、マジョリティのような顔をしてヘイトスピーチを行える。

たとえ、ヘイトスピーチが深い洞察に基づいたものではなく、もしかすると単なるうっぷん晴らしやストレス解消のネタに過ぎないとしても、それをやれると思っている。

では、彼らがひとりぼっちになったら、ヘイトスピーチをするだろうか。韓国や中国で、彼らはヘイトスピーチをするだろうか。


2019年4月4日木曜日

目の中を飛ぶ黒い点とぼわーっと白い世界

先月、インドネシアへ行った頃から、左目の中で虫のような黒い点が飛ぶようになりました。飛蚊症というものらしいです。

歳を取ってくると、そういった現象が起こるものだということですが、場合によっては網膜剥離の可能性もありうるということです。

まあ、大したことはないだろうと思ったのですが、念のため、眼科に行って診てもらいました。

私にとって、病院の中で、一番嫌いなのが眼科。

まだ子供の頃、目をいろいろいじられて、とても嫌な気分になったのが、今もトラウマになっています。

でも、何十年ぶりかで眼科へ行ったら、様子が随分変わっていました。機器が見違えるほど良くなり、目を見開いているだけで、医師が様々に診察してくれます。


2019年4月1日月曜日

新年度開始、新元号発表、ふつうの日

4月1日になりました。

弊社・松井グローカル合同会社も今日から新しい2019年度が始まりました。企業や学校など、今日から新しい年度が始まった方々も多いことと思います。

そして、政府が5月1日からの新元号を発表しました。今日のメディアはその話題で持ちきりですが、日常生活のなかで、ほとんど意味を持たない元号に大騒ぎしているのを、少し不思議な気分で眺めています。

私自身は、先週までの活動の疲労が少し出て、今日はあまり体調の良くない1日でした。所用で税務署へ出向き、説明を受けて、また一つ勉強になりました。

その後、ちょっと足を伸ばして、法明寺の桜を見に行きました。


2019年3月30日土曜日

東京の我が家の桜が満開、来年の今頃は・・・

東京の自宅には、妻方の先代が戦後すぐに植えた桜(ソメイヨシノ)の木が一本あります。おかげさまで、毎年、自宅の庭でお花見を楽しむことができます。




ほかにも、我が家の近くには、ネットには載らない、穴場的な桜並木があります。昨日通ったら、ちょうど満開でした。




この桜並木では、地元の商店会がさくらまつりをするのですが、なぜか、いつも満開から1週間後に開催なのです。

でも、この桜並木の見どころは、満開の桜だけではありません。散るときの桜吹雪が、それはそれは見事なのです。さくらまつりは、実は桜吹雪を楽しむためなのかもしれません。

我が家の庭にも、近くの桜並木にも、今は桜が咲き誇り、とても気持ちのいい季節になりました。

我が家の庭には、桜以外にも、様々な花が咲き始めています。




来年の今頃も、きっと、また家の庭の桜の木を見ながら、ささやかなお花見をしていることでしょう。

私たちの家族だけでなく。

ここに集う、インドネシアなどからの新しい友人たちと一緒に・・・。

もし、シェアハウスが完成していたなら・・・。

完成しているかどうか? それは、神のみぞ知る・・・ですね。

2019年3月26日火曜日

おいおい老い展を見学

3月25日は夕方、アート千代田3331で開催中の「おいおい老い展」を見に行きました。25日が最終日でした。


イベント自体は3月21日から開催していたのですが、どうしても期間中に時間が取れず、しかも24日は疲労困憊で休息を余儀なくされたため、この25日しか行ける余裕がなくなってしまいました。

でも、行ってよかったです。そして、とても楽しい展覧会でした。

介護を施設の中だけに留めるのではなく、地域やコミュニティと接点を持たせることによって、介護と生活、生きるということとをよりビビットに結びつけると、介護をする側も受ける側も楽しくなる、アイディア。

介護という仕事が、こんな風にすると魅力的になり、若い世代も楽しく関わっていくことができるというアイディア。

そんな魅力的なアイディアが67点、しかも、それは机上の空論ではなく、実際にプロジェクトとして試されていくものばかり。

4月から福島市で開業するサービス付き高齢者向け住宅「しみずの里」のことを考えながら、実に様々なヒントを得ることができました。そして、さらなるアイディアが湧き出てくるような、ワークショップを「しみずの里」でやってみたい気持ちになりました。

そして、同じように高齢者介護の課題に直面する韓国や台湾、遠くない将来に高齢化社会を迎えるインドネシアなどの国々のことを思いました。

外国人材を介護などの分野に日本で受け入れるのは、単に人手不足を補うという意味だけでなく、今後に向けて、介護という仕事を魅力的にしていける人材を世界へ向けて育成することにもつながるのではないか、と。

そう考えると、この「おいおい老い展」は、決して日本だけのものではない、何らかの形で国外の同様の課題を抱えている、抱えることになる人々にとっても、きっと有用なことなのではないか、と思いました。

介護福祉士が地域づくりに関わる、という視点が新鮮に感じられました。そして、そうなんだよな、と展示を見ながら何度もうなづきました。

ここに提示されたようなプロジェクトを生み出すプロセス自体を、それに関わった方々にとっていかに楽しいものにするか、も、とても重要だと感じました。

新たなたくさんの刺激を受けた「おいおい老い展」。この間、このプロセスをマネージしてきたstudio-Lの皆さんに改めて敬意と感謝を申し上げます。

2019年3月23日土曜日

福島・しみずの里の完成内覧会開催(3/22-23)

今日(3/23)は、福島市のサービス付き高齢者向け住宅「しみずの里」の完成内覧会の最終日です。

昨日の内覧会は100人以上の方が訪れ、皆さんから多数のお褒めの言葉をいただきました。

今日も午後4時まで内覧会を開催中。是非いらしてください。また、同じ敷地内にある国有形登録文化財の古民家「佐藤家住宅」もあわせてご案内いたします。





2019年3月20日水曜日

ジャカルタは歩ける街へ?

今回、インドネシアへ出張して、久々にジャカルタに滞在しました。このところ、ジャカルタを経由せず、直接、地方都市へ行くことが多かったので、ジャカルタに滞在するのは、本当に久しぶりでした。

ジャカルタでは、念願の地下鉄(MRT)が4月1日に営業を開始するという話がようやく決まったようです。MRTが下を通るメインストリートのスディルマン通りは、歩道がとても広くなり、しかもバイクが侵入できないようになっていました。


MRTの駅の入口もできつつあります。


スディルマン通り自体もすっきりした感じになりました。


通りを渡る歩道橋も、一部は新しく、歩きやすくなっていました。


ジャカルタの渋滞の一因は、車の多さであり、どのようにして公共交通機関への移行を進めるかが課題でした。しかし、公共交通機関をいくら増やしても、移行が進むとは限りません。公共交通機関に乗ったり下りたりするためには、バス停や駅まで歩けることが重要なのでした。

安心して歩ける街になれば、人々は多少の距離も歩いて公共交通機関を乗り換え、目的の場所まで少し歩くようになります。

MRTやトランスジャカルタが注目されるジャカルタですが、歩ける街になることがとても重要なのだと思っていましたから、広い歩道はとても素晴らしい改善だと思いました。

ただ、それはスディルマン通りやタムリン通りのような、海外からのお客さんに見せる目抜き通りだけのものではないか、とも思っていました。

実際は、どうも、そうでもなさそうなのです。

外国人があまり住んでいない私のアジトのある東ジャカルタの地区では、歩道は広くなっていませんでしたが、大きな変化が見られました。


歩道に黄色い、目の不自由な方向けの点字ブロックが埋め込まれていました。これは今回、初めて見ました。


どぶ川はそのままで臭いですが、脇の歩道には点字ブロックが埋め込まれています。

もっとも・・・


点字ブロックの上にバイクが停められています。夜になると、ここに机や椅子が出されて、屋台が拡大営業していました。

それでも、点字ブロックが敷かれたことは、ここを目の見えない方を含めて人が歩くことを想定している、ということを表しています。

ジャカルタ中央部のワヒッドハシム通りは、歩道が拡張され、東から西への一方通行へ変わっていました。


その結果、サバン通りとの交差点付近の渋滞は、相当にひどいものとなっていました。

ジャカルタは、目抜き通りだけでなく歩ける街へと動き始めましたが、個別の地域をみれば、まだまだ改善が必要なことは言うまでもありません。

のろのろと、しかし前へ進む、というところでしょうか。前に進んでいることに意味がある、と思いたいです。

池袋でマカッサルの中学生一行と面会

3月7~16日はインドネシアへ出張していました。

色々とバタバタしていたため、ブログの更新ができない状況でした。そのときの様子も、適宜バック・デイトしながら、少しずつ、ブログを更新していきます。

インドネシアから帰国後、すぐに宮城県塩釜へ行き、その後、福島で長時間の打合せとビジネスセミナーに出て、終電1本前の新幹線で東京の自宅へ戻ったので、3月19日の午前中はしばしゆっくり休もう、と思っていたら・・・。

携帯のSNSにインドネシア人の友人から「今日、午前10時に池袋で面会って約束したよね?」というメッセージ。あれ、21日夜の約束じゃなかったの?、と返したら、19日午前と21日夜の2回会うという約束だったはず、との返事。

二度寝して起きたのが午前9時半。まずい、と思って、「10時半に行くから」と返事をし、慌てて、池袋へ向かいました。

池袋に着くと、友人は、20人ぐらいの中学生を連れてきていました。マカッサルのボソワ国際中学校に通う中学生たちで、日本への研修旅行2日目でした。

サンシャインのポケモンセンターの前で、私から軽くあいさつした後、彼らはポケモンセンターのなかへ消えていきました。その後は、しばし、友人と引率の中学校の先生と懇談。熱の出た子がいたので、薬局へ熱さまシートを買いに行きました。

しばらくして、おそろいのポケモンの袋とともに、嬉しそうに出てきた中学生たち。アニメのことをもっと知りたい、という子が多いようでした。

サンシャインの前で記念写真を撮った後、次の目的地へ向かう彼らとお別れしました。


そして、私は、午後の用事へと向かいました。

2019年3月11日月曜日

あたりまえであることが奇跡。8年目。

毎年、3月11日がやってくる。そして、今年もこの日を迎えた。

人生が、あの日を機に、大きく変わった。そして、変わり続けている。

あたりまえのことが、一瞬にして消える、という経験。

大切なものは、いつ何時、消えてしまうかもしれないという気持ち。

明日はないかもしれない、と思いながら、

瞬間瞬間を、懸命に生きていこうと誓った

何も高望みはしない、ただただ、存在していてほしい。ほしかった。

そう願った。

でも、そんなことさえ、

日常が続くなかで、忘れてしまいそうな自分。

忘れてしまいそうな自分にさえも、気がつかない日々。

喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。

成功、失敗。歓喜、失意。

その日々のあたりまえのひとつひとつが、大切だと気づきなおせる日。

生きること、生きていることに謙虚になる日。

3月11日。

あたりまえであることが奇跡。

生きていることが奇跡。

あの日が最期となられた方々のことを思い、

もっともっと深く生きていく。

あたりまえを生きる。奇跡を生きる。

深く生きる。

ただ、それだけ。それが、重い。

2019.3.11 ジャカルタにて

2011年3月9日。インドネシア商工会議所の方々の日本での研修のまとめの議論を行っていた。

2019年3月3日日曜日

友人の1年近く前の死を今日初めて知った

インドネシア人の友人A氏がカナダの大学で博士号を取得しました。彼はとても嬉しくて、これまでお世話になった友人・知人・恩人にお礼のメッセージを送っていました。

彼とは2001年に初めて会いました。マカッサルで同世代の若者たちと一緒に、小さな図書館を作るなどの社会活動を行っていました。私ともかかわりの深い、後のマカッサルのイニンナワ・コミュニティにつながる、ささやかな活動をしていました。

そんな彼と彼の仲間たちと一緒に行動するきっかけは、2002~2003年に彼らと一緒に、南スラウェシ州の村で、日本の学生とインドネシアの学生とがともにフィールドワークを行うプログラムを実施したことでした。

このプログラムは、日イの学生が1週間程度村に入って、村の方々のお宅にホームステイしながら、村の方々と対話するなかでそこでの生活から様々なことを学びます。

当初、学生は「村の問題をどう解決するか」「村をどう発展させるか」を考えようとするのですが、現場での学びのなかから、村の方々が気づかないような村の生活の価値や良さを見い出します。そして、村での生活の最後に、彼らが学んだ事を村の方々に分かるような方法(寸劇など)で発表し、村での活動への協力に感謝を表します。

このプログラムを通じて、フィールドでの行動を共にした学生たちは真の友人となり、各方面で活躍する現在も、強いネットワークで結ばれています。

このプログラムの日本側オフィサーだったのがSさんで、今回、A氏は彼女にもお礼をしたくて、コンタクトをしようとしてきました。

ところが、連絡しても一向に反応がないというのです。Sさんのフェイスブックページは、昨年4月以降、更新されていないということでした。

A氏に頼まれ、関係者に訊ねていたところ、今朝になって、Sさんが昨年4月に、アフリカで亡くなられていたという情報を、プログラム参加者の一人だった友人から知らされました。その友人は、Sさんが亡くなる前日、夕食を共にしていたということでした。

Sさんは、上記のフィールドワーク・プログラムの仕事の後、長い闘病生活に入りました。同プログラムに関わった友人・知人たちは、Sさんに生きてほしい、生き延びてほしい、とずっと願い続けました。そして、幸運にも、Sさんは病に打ち勝ち、仕事に復帰しました。

復帰後は、英国の大学院で学んだ後、アフリカにわたり、国際協力活動により一層取り組んでいる様子でした。

1年近くもSさんが亡くなったことを知らずにいた自分を恥じました。

フィールドワーク・プログラムを一緒に手掛けた15年ほど前、インドネシアの村の現場で、これからの学生たち・若者たちが造っていく未来を共に語り合ったのを思い出します。そして、Sさんの存在がマカッサルの若者たちの活動を後押しし、イニンナワ・コミュニティに結実していくさまを、私はずっと見てきたのでした。

明日は何が起こるか分からない。だから今を懸命に生きるしかない。

Sさんと語り合った、目指すべき未来を、プログラムに関わった友人・知人とともに造り続けていくことを、改めて心に誓いました。

Sさん、もうずいぶんと時間が経ってしまいましたが、どうぞ安らかにお休みください。そして、ずっと見守っていてください。

福寿草がたくさん咲く季節になりました。


2019年3月2日土曜日

書くことで救われるのかもしれない

2月後半は、ちょっと悶々とした日々を送ってしまい、このブログもすらすらと書けない状況になってしまっていました。

いつも前向きにいきたいと思おうと振る舞っている自分と、その裏で色々ともがいている自分とがいて、表裏のスイッチとバランスが取れなくなりそう気分でした。

あまりにも嘘の多すぎる世の中に対する怒り。本心からかどうかは分からないが、権力や権威に服従しする人々。自分を守るためには、他人を攻撃することも嘘を作り出して広めることも厭わない、自分の地位や名誉や社会的評価を守ろうとしている人々の存在。

保身に走ったり、嘘をついたり、諦めたりすることが成熟する、大人になるということなのか。

それは、本気で人生を生きているということなのか。

青い、でしょうか。ならば、青い、でけっこう。

未熟、でしょうか。ならば、未熟、でけっこう。

世の中を変える、なんて大それたことは言いません。他人に同意や同調を求めたりもしません。

でも、成熟や保身や嘘に安住しない人々が、行動を起こすことで、自ずと、何かが変わっていく。

事実や真実さえも、

嘘で、嘘の連続で、

誰かのために、ではなく、

自分のために、変えてしまおうとする人々。

自分のために、嘘で世の中を変えようとする人々に、

自分は、青く、未熟なまま、

抵抗していきたい。

一人の独立した個人として。

このブログは、誰かたくさんの人々に読んでもらうために書くのではなく、自分のために書いていく、ということもしていきます。

自分のために書いたものは、あえて、フェイスブックやツイッターで拡散はしません。

書くことで救われるのかもしれない。

自分が本当の自分を持ち続けるために。

2019年2月21日木曜日

外国人技能実習関連講習を受講しました

2月12~15日の4日間、福島市で外国人技能実習制度関係者養成講習を受講しました。

今回の講習は4種類。敢えてすべてを受講しました。すなわち、監理団体向けの技能実習監理責任者等講習、技能実習生の受入企業向けの技能実習責任者講習・技能実習指導者講習・生活指導者講習の4種類です。

これらは法令講習で、2020年4月から、技能実習に関わる監理団体の監理責任者・外部役員・外部監査役と、受入企業の技能実習責任者は、講習受講が義務化されるということです。また、技能実習指導者と生活指導者は各事業所(工場など)ごとに配置されますが、この講習を受けていると、優良技能実習実施者として、加点評価になります。

これらの講習は3年間有効で、3年毎に更新する必要があります。

敢えて4種類の講習をすべて受けたことで、技能実習の関係者に対して講習でどのような内容が教えられているか、実際に監理責任者、技能実習責任者、技能実習指導者、生活指導者となる方々はどのような方々なのか、技能実習の現場では何が問題となっているのか、などを知ることができました。

講習を通じて分かったのは、2017年11月に施行された技能実習法は、もしそれをきちんと遵守するとなると、本当は、実に厳しい法律であるということです。

監理団体や技能実習実施者(受入企業)が守るべき内容は、ほぼすべてが法律の条文によって定められています。たとえば、監理団体が定期監査などで受入企業において賃金未払いや残業代の計算間違いなどの不正を発見した場合、法律の条文によると、監理団体はその是正を指導するとともに、労働基準監督署へ通報しなければならないと定められています。

すなわち、監理団体は不正に対して指導するだけでなく、その不正の存在を通報しなければ、法律違反になる、ということです。その内容にも依りますが、法律違反となると、監理団体の認可取り消しになりえます。

技能実習計画と違う実習を行ったことを表沙汰にしたくない場合、どう処理するでしょうか。

まず、監理団体が計画と異なる実習を行っていることを知りながらそれを通報しないと罰せられます。次に、技能実習日誌に実際に行った実習の内容を記載すると、計画とは違うことが明らかになり、罰せられます。あるいは、日誌の内容を計画通りに行ったと記載した場合、嘘の記載をしたことになり、罰せられます。

つまり、どう転んでも、バレたら必ず罰せられる、というわけです。

実際にはどうでしょうか。監理団体と受入企業とが共謀して、不正がバレないように隠蔽することが多いのではないかと想像します。監理団体は、実習生1人当りいくらという形で受入企業から監理費を支払われています。いってみれば、顧客である受入企業に対して、監理団体が厳しく処することは相当に難しいはずです。

政府は、今回の技能実習法を通じて、悪徳監理団体や不良受入企業を技能実習から排除することを目的としていたとも考えられます。基本的に、監理団体や受入企業を信用していないからこそ、このような厳しい法律によって監督しようとしたのだと思われます。

こうして、私自身は今回、技能実習制度について講義できるぐらいになりたいと思って受講しました。そのレベルに達したかどうかは不明ですが、技能実習法を遵守するだけでも、ネガティブ・イメージが蔓延する技能実習は相当に適正化するのではないか、と感じました。

政府は、今年4月から新しい在留資格「特定技能」を創設し、技能実習とは別の労働力としての外国人材を受け入れられるよう、入管法を改正しました。

その中身についてはまだまだ不明点が多いのですが、技能実習を3年終えた実習生の相当部分が「特定技能」1号へ移行することが予想されます。「特定技能」には監理団体は関われませんが、外国人材のリクルート・サポートを行う登録支援機関ができます(新設の出入国在留管理庁の認可が必要)。この登録支援機関が正しく機能できるかどうかが重要になってくると思われます。

以前、下記のブログにも書きましたが、技能実習を本来の意味での技能実習へ正していく必要があると考えています。

 インドネシア人技能実習生の活用に関するコンサルティングを行います

インドネシアの地域産業人材需要を知り、どのような人材が必要かを考え、それにマッチングできる日本の地域産業の状況を意識したうえで、インドネシアの地方政府の認知の下に技能実習生を日本で受け入れる。実習を終了しインドネシアへ帰国した後、彼らがどのように地域で貢献していくかをずっとフォローする。私自身は、これらを一貫して行なうことが可能です。

併せて、実習生を受け入れた日本の地域産業・企業が今後どのように地域経済振興・地域再生に関わっていけるのか、そうした外国人材を地域づくりのための戦力として生かしていけるかどうか、といったことにも関わることが可能です。

 外国人材を地域づくりの戦力に

インドネシア人の技能実習を行っている監理団体や受入企業などで上記のような助言を行うアドバイザーの必要な団体、外部役員や外部監査役が必要な監理団体などございましたら、matsui@matsui-glocal.com へご連絡ください。

また、新設の「特定技能」に関わるインドネシア人向けの登録支援機関の設立・運営についても、お手伝いできればと思います。インドネシアの現場と日本の現場を知り、技能実習関連講習を受講済、現地語(インドネシア語)で現地地方政府・企業等との適切なやり取りが可能です。インドネシアは全国どの地方ともコンタクト可能です。

関心のある方は、matsui@matsui-glocal.com へご連絡ください。

東京の我が家の庭に、遅咲きの梅の花が一輪咲きました。

2019年2月14日木曜日

バレンタインデーのスペシャルラーメン

2月14日はバレンタインデー。いつの頃からか、バレンタインデー=チョコレートとなってしまった、チョコレートの日でもあります。

そんな日の昼食に、スペシャルラーメンをいただきました。


チャーシューの上にかかっている黒い角ばった物体は・・・チョコレートです!

その名も、チョコレートらーめん。


福島県を出自とするラーメン店チェーンの幸楽苑が、2月1~14日までの限定で売り出した異色のラーメンです。

福島市の競馬場近くの幸楽苑で、昼時でしたが、ちょうど入れました(13日昼にも来たのですが、満席で入れず)。

チョコレートのスープに麺が入っているのか、と思ったら、さにあらず。

醤油ラーメンのスープに少しチョコレートが溶けているという感じで、スープの味自体は醤油ラーメン。隠し味的にちょっとショウガが効いていました。

せっかくなので、上に載っている角ばったチョコレートと麺を絡めて食べてみました。

やはり、これだと違和感は否めないです。でも、スープに溶かすと、チョコという味の主張が消えました。

チョコレートと聞くと「甘い」と思うでしょうが、カカオ自体には苦さはあっても甘さはなく、あれは大量の砂糖による甘さです。

いい香りのするカカオ入りのスープはありかもしれませんし、カカオパウダーを練りこんだ麺を白い塩味スープでいただく、なんていうのもありかもしれません。

体にもよいカカオとラーメンの相性は、意外にいいかもしれません。

そんなことを考えるだけで、なんだか楽しくなります。

2019年2月13日水曜日

しみずの里が福島市に4月オープン、入居者募集中

私がお手伝いしている、福島市泉のサービス付き高齢者向け住宅「しみずの里」は、いよいよ、4月1日のオープンへ向けて、着々と完成に近づいています。

 しみずの里ホームページ


この「しみずの里」では、デイサービス、居宅介護支援、訪問介護、訪問看護のサービスも提供します。食事は温かい美味しいものを毎回手作りで提供します。

ただ今、入居者を募集中です!

そして、正式オープンに先がけて、完成内覧会を開催します! 

日時は、2019年3月22日(金)・23日(土)の午前10時~午後4時まで。

この機会に、是非、環境の良さを実際に味わってみてください。

福島駅から飯坂電車で泉駅下車、徒歩5分です。当日は私もいる予定です。

他では味わえない、素敵な環境です。

いらっしゃったなら、必ずそれが分かります!

しみずの里」の南側の同じ敷地内には、国登録有形文化財「佐藤家住宅」があります。福島市内唯一の茅葺きの大規模古民家です。


この「佐藤家住宅」は、明治6年に建造され、広い芝生の庭園には、地名の由来となった「泉」が湧き、茅葺きの兜屋根、合掌造りの大空間、囲炉裏、蔵など、古き良き日本の原風景を感じられる空間がそのまま残されています。


「佐藤家住宅」を地域遺産として末永く守り続けるために、この空間から様々な活動が生まれる場づくりをしていきます。

もちろん、「しみずの里」の入居者の皆さんが、ゆったりと楽しく過ごせる場所として輝かせていきます。

大きな茅葺き屋根の風格ある古民家。四季折々に咲き誇る花々や様々な果実。吾妻山からの伏流水がコンコンと湧いてくる泉。

ベンチに腰掛けながら、大きな空を見上げるのもよし。

ウグイスの鳴く林の中で、タケノコを探すのもよし。

泉のなかでスイカやビールを冷やして、セミの声、夏を楽しむもよし。

近所の方々や子どもたちがふらっとやってきて、わっと歓声を上げる。

そば打ち名人もやってきて、美味しい日本酒を楽しむ秋。

囲炉裏の火を囲んで、外国から来られた方々と和やかに語らう夜。

音楽会や映画上映会、勉強会、セミナー、お茶会、薪能・・・。

何だか、ここにいるだけで温かく、ほっこりしてくるような・・・。

日本一、いや世界一幸せな場所になったらいいな、と思います。

そんな場所を「しみずの里」で一緒につくりませんか。入居される方は、その仲間だと勝手に思っています。

ご関心のある方は、matsui@matsui-glocal.com へお気軽にお知らせください。ご連絡をお待ちしています。

2019年2月11日月曜日

【お知らせ】よりどりインドネシアのオフ会+交流会を検討中

ちょっと更新が途切れました。三連休も終わり、私は今週末まで福島です。

毎月2回発行している情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」は、2月7日発行分で第39号となりました。購読者数も70名ほどとなり、少しずつ増えてきています。バックナンバーは以下のリンクからご覧ください。

 よりどりインドネシアのバックナンバー

一般のメディアではなかなか伝えられない、いくつものインドネシアを伝える日本語媒体にしていきたい、と願って発行してきましたが、そろそろ、購読会員のオフ会+交流会を行いたいと考えています。

***********

会のスタイルをとくにかっちり決める必要はないと思いますが、一般の講演会スタイルではなく、もう少し参加者同士の距離が近い、トーク+自由討論(意見交換)に食事または飲物付き、という感じで考えています。参加された方の誰もが自由に発言し、それをもとに対話するという形を採りつつ、内容は易しくかつ正しいものにしていきたいと思います。

もちろん、購読会員に限定せず、よりどりインドネシアに興味のある方や、そのときのテーマに関心のある一限さんも歓迎、という緩やかな会になればと思います。この会を通じて、新たに購読者になってくださるならば、それはもちろん、存外の喜びです。

会の頻度ですが、できれば毎月、難しければ2~3ヵ月の1回ぐらい、と考えています。毎回、ゲストをお招きしたいと思っていますので、「話題提供者になってみたい」という方は遠慮なくお知らせください。また、こちらからも一本釣りで、話題提供者になっていただけるよう、お願いしていく予定ですので、よろしくお願いいたします。

インドネシア在住の方で、たまたまその頃一時帰国するよ、という方、是非、話題提供者になっていただきたいので、お知らせください。

東京、ジャカルタ以外でも、開催できればと思いますので、ご希望の方はお知らせください。スケジュール調整をいたします。費用面の相談は後ほど、ということで。

***********

とりあえず、まずは3月半ばにジャカルタで、3月後半または4月初めに東京で、私が話題提供者として、「2019年大統領選挙・総選挙とその後のインドネシア」という話をしようかなと思っています。できれば、ゲストもお招きして、トークの形で話をしたいとも思っています。

日程が確定しましたら、改めて告知いたします。よろしくお願いいたします。

メダンのインド人街出口(2019.1.20)

2019年2月5日火曜日

大学時代のサークルが100周年だった

大学時代に所属していたサークルが100周年を迎えていました。それに気づかせてくれたのがフェイスブックでした。

先週のとある日、大学時代のサークルの一つ上の先輩たちが久々に集まって温泉旅行に行った、という記事がフェイスブックに上がっていました。友達関係にある私の先輩が投稿したものでした。

写真が付いていて、懐かしい先輩方の顔があって、思わず、「いいね」を押してしまったら・・・。

写真に写っていた、懐かしいもう30年以上会っていない先輩からフェイスブックで「友達申請」が来て、承認して友達になったら、すぐにその先輩からメッセージが来ました。

そんなこんなしているうちに、大学時代の所属サークルである男声合唱団が2月3日に100周年記念演奏会を行なうことを知りました。


はい、実は、高校、大学と男声合唱をやっていました。トップテナーでした。

大学を卒業してからは、合唱など全くしていないのですが、一時期、ジャカルタで男声合唱を再開しようと思ったことがありました。でも、「月光とピエロ」の高音が出ず、断念しました。

ともかく、100周年記念演奏会へ行くことにしました。

行ってみたら、もう歴代の先輩方がたくさん来られていて、私の代など、まだまだ若手。OBの男声合唱団は団員の平均年齢が70歳代なのでした。

合唱を人生の友として長年歩んでこられた方々の熱さに、一時期は自分もそうだったのに、圧倒されました。

その熱さになぜかついていくことができず、そそくさと会場を後にしたのでした。

でも、また、時々、聴きに行くことと思います。

2019年2月2日土曜日

外国人材を地域づくりの戦力に

このタイトルにちょっと違和感を感じる方がいるかもしれません。なぜそう考えるのか。少し書いてみたいと思います。

2018年6月、ひょんなことから、北陸経済連合会の関連団体である北陸AJECが主宰する共同調査「北陸企業の外国人材の採用・活用-現状と課題-」のメンバーに加えていただき、報告書の1章を執筆することになりました。

この調査自体は、もともと北陸の大学などへの留学生を中心とした高度人材を地域がどのように活用するか、という観点から行われていたものです。ただ、北陸企業の現場では、やはり技能実習制度に係る問題が高い関心を示していることから、それについて私が担当することになったのです。この関連で、2019年3月26日に金沢市で講演することになりました。

2019年4月からは改正入管法による新たな在留資格「特定技能」が創設され、技能実習から特定技能へ、研修から労働力へ、大きな転換が進んでいくという見方がメディアなどに散見されます。現在、様々な角度から、この動きについてウォッチし、今後どのように改革を進め、方向性を打ち出していくのが望ましいか、自分なりに色々と思案中です。

それは、今まさに直面している人手不足問題にどう対応していくかという問題を超えて、これから20年、30年後の日本社会がどのようになっていくのか、どうなっていくのが人々にとって望ましいのか、幸せになるのか、ということまで構想(妄想?)したうえで、今の動きを捉えていかなければならない、と個人的に思っているからです。

たとえば、地域を再生・活性化させるには、「よそ者、若者、ばか者が必要だ」といった議論がありますが、どんな「よそ者、若者、ばか者」が必要で、彼らがどのように必要なのか、どのように振る舞うのか、といったことをより深く広く考える必要があります。

そこで、ふと思うのです。「よそ者、若者、ばか者」って、性別とか出自とかで制限されるのか、と。そして、日本人に限られるのだろうか、と。

「よそ者、若者、ばか者」が地域社会やそこの人々と関わるときには、適切な関わり方というものがあります。そこに移住するだけが関わり方ではないのです。時々住んでみたり、複数拠点の一つにしたり。遠くに住みながらもずっとその地域を気にしながら応援し続ける、というのもありだと思います。

そこで、次のような考えが頭に浮かびました。

人口流出や高齢化、過疎によって人口わずか1000人の地域。もしもその地域が好きで、気になって、応援したいと思う応援団が(たとえば)10万人存在すると分かったら、その地域は、そこに住んでいる1000人のためだけの場所ではなくなるはずではないでしょうか。

きっと、そこに住んでいる人には、なぜ、よその人が10万人も自分の地域を好いてくれているのか、分からないかもしれません。そこで言えることは、よその人には、そこに住んでいる人には感じられない何らかの価値や魅力を感じている、ということです。もしかすると、それは地元の人々にはあまりにも当たり前すぎて、何も感じないのかもしれません。

その地域が好きだというファンを、別に日本国内だけに限定する必要はありません。世界中にその地域のファンが何万人もいる、ということを意識した地域づくりや地域振興は、今までのそれとは確実に違ったものになるはずです。

この着想は、実は、高知県馬路村がどうやって存続し続けてきたか、ということから得たものです。馬路村農協の様々なユズ加工品を通じて、村の人口の何倍もの馬路村ファンが全国にいるのです。

海外の方々にもそうしたファンになってもらうことは可能ですよね。

村から若者が流出してしまい、若い世代といえば、外国からやってきた技能実習生ぐらい、というところも少なくないかもしれません。でも、3年もの長期にわたって地域で生活する彼らは、「よそ者、若者、ばか者」になれるのではないでしょうか。

日本国外で応援してくれるその地域の外国人ファン。その地域で生活する技能実習生たち。それらの外国人材を、地域づくりの戦力として活用する方策を考える時代になってきたのではないでしょうか。

地方にとってこそ、外国人材との共生は待った無しの状況です。外国人材を入れるか入れないか、という悠長なことは言っていられない状況だと思います。そうだとするならば、共生を超えて、地域の外国人材を「よそ者、若者、ばか者」としてどのように地域のために活用するか、を考え始め、準備する時期にもう来ているのだと思います。

「よそ者、若者、ばか者」って、性別とか出自とかで制限されるのか、と。そして、日本人に限られるのだろうか、と前述しました。外国人材だけでなく、様々な人材を地域づくりの戦力にしていくのだと思います。

そのために努力することは、必ずしも、英語を勉強することではありません。

それは、地域の魅力を高めることです。

地元の人が魅力だと思っていることと、よそ者が魅力と感じるものは同じとは限りません。それを意識しながら、地域の魅力を高める。それは新しく作った魅力でもいいのです。

そのためには、どうしたらいいのか。

このブログで、今後、折に触れて、私なりの考え方を示してみたいと思います。

なお、私自身は、日本だけでなく、インドネシアでもアフリカでも、世界中どこでも、地域づくりに関しては、まったく同じく、提示してきた(提示していく)考えです。

先日のインドネシア・中アチェ県の県都タケゴンの市場にて。
中アチェ県農業局の友人による撮影。
中アチェ県の地域づくりについて同様に考えていきます。

2019年1月30日水曜日

福島で久々にフレコンバッグを見た

1月27〜28日は福島市でした。雪を予想して、東京から雪靴を履いて行ったのですが、1ヶ月前に比べると大したことはありませんでした。

それでも、歩道の一部は残った雪が凍って歩きづらくなっていたし、オフィスのある古民家の周辺は、溶け始めた雪で土がドロドロになっていて、雪靴で良かったと思いました。

今回の用事の一つは、税務署に年末調整の書類を提出すること。一人会社とはいえ、一応、法人なので、内容はなくても、書類は1月末までに提出する必要があります。28日の朝に出向いて、すぐに終わりました。

税務署を出るときに、ふと前を見ると、黒いフレコンバッグの積まれた山が見えました。久々に見ました。


筆者の実家からはだいぶ前に撤去され、もうずいぶんとフレコンバッグは撤去されたと思っていたのですが、ここにはまだ残っていました。残っているのもあるのはあるのでしょうが、久々に見たので、ちょっと新鮮でした。

ここから歩いて5分ぐらいのところの仮設住宅は今は廃墟のようになっていて、住まわれている方はいない様子でした。

除染土はまだ、身近に残っていました。

あの出来事から今年でまもなく8年。まだ8年。まだまだ8年。

2019年1月27日日曜日

タケゴンのラウト・タワル湖の朝

1月17日、中アチェ県タケゴンからアチェ州の州都バンダアチェへ出発して直後、朝日に光るラウト・タワル湖を眺めました。


ちょっと逆光になってしまったのですが、なかなか神秘的な景色です。


坂の下からバイクがどんどん上がってきます。


神秘的な景色をしばし堪能した後、まずは、海岸の町ビルンを目指して、山の一本道を下っていきました。

なお、この道は、我々がタケゴンを後にした後、先週、土砂崩れで一時通行不能となったようです。

2019年1月26日土曜日

タケゴンは美しい街だった

しばらくブログ更新が空いてしまいました。やはり、少しずつでも、できるだけ頻繁に更新していったほうが良いですよね。

というわけで、久々のブログ更新です。

先週、1月13~19日は、インドネシアのスマトラ島の北端アチェへ出張してきました。

といっても、アチェ州の州都バンダアチェではなく、中アチェ県のタケゴンというところです。バンダアチェから車で片道9時間かかる、山のほうのアチェです。

ただし、今は、メダンからタケゴン・レンベレ空港まで飛行機で1時間程度でアクセス可能となりました。ただし、航空会社はあのライオン・エアの子会社ウィングス・エアですので、利用しようという気にはなかなかなれません。

タケゴンの辺りは「アチェ」というよりも「ガヨ」(Gayo)という地名のほうが一般的です。昔から、ガヨの人たちは海岸部に住むアチェの人たちとは自分たちを区別していたようです。

中アチェ県の県都タケゴンは、予想以上に美しい街でした。丘に登って、街を眺めました。


タケゴンは、淡水湖であるラウト・タワル湖のほとりに広がる街です。


街は湖と山々に覆われ、実に風光明媚な落ち着いたたたずまいです。

盆地であるこの街は、ある意味、自給自足的な地域経済を回しているところのように思えました。ジャワなどから入ったフランチャイズはかなり少なく、KFCが昨年、1軒オープンしたのが目立ちました。

アチェと言えば、長年、インドネシア国軍と独立派勢力が軍事的に衝突してきた場所として知られますが、タケゴンとその周辺もそれから別世界だったわけではないのです。

それでも、持ちこたえられたのは、タケゴンを中心としたこの地域の経済的な強さ、というかしたたかさがあったからではないかと思います。


タケゴンはまた、特産のアラビカコーヒー「ガヨコーヒー」の集散地としても知られています。ガヨコーヒーはすでに地理的表示保護(GI)を取得しているのと、エコ・ラベリングにも積極的に取り組んでいます。

コーヒーに続いて、柑橘類も地理的表示保護を取得しました。今後、中アチェとは、この柑橘類の栽培・加工・販売に関する農民研修でお付き合いすることになります。

また、タケゴンへ来るのが楽しみです。