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2020年7月15日水曜日

Go To キャンペーン強行でも、旅には出ない



今日(7/15)、東京で新型コロナ特別警戒レベルが最高の4に引き上げられ、「感染が広がっている」という状況になりました。重症者の割合は減っているとしても、無症状の感染者が知らないうちに感染を広める状況が、ようやく見えるようになってきた、ということでしょう。

これまでも、感染が広まっている気配はありましたが、何せ確かなデータがないので、明らかなことはわからないままでした。そんななかで、様々な思惑から、緊急事態宣言が解除されると、あたかも、新型コロナはもう大丈夫だ、というような何の根拠もない雰囲気が街中にあっという間に広まりました。

その流れを受けて準備を進めてきた Go To キャンペーンを、政府は連休前の7月22日から強行する意向を示しています。

名もなき一市民としては、大所高所からその判断を正しいとも間違っているとも言うつもりはありません。ただ、私自身は、だからといってキャンペーンに乗って旅に出るつもりはありません。

キャンペーンは一部の旅行業者を救済するのが目的、という意見があります。それで日本全国の観光業や旅行業が救われるのでしょうか。一部の旅行業者は、それほど日本全国の観光業や旅行業を牛耳っているということなのでしょうか。

多くの人々は、今はただじっと待って、元の社会に戻ることを信じているのでしょうか。でも、もう元の社会には戻れないと覚悟し、そのなかでどう生き残っていくか、それぞれのレベルで模索しているのではないでしょうか。

観光業でも今、本当の意味での観光とは何かが問われているような気がします。お客さんがたくさん来てお金を落としていってくれさえすれば、それでいいのか。お客さんやお客さんを連れてくる旅行業者の好みを優先して、その土地に生きてきた己自身を忘れてしまってはいないでしょうか。

インバウンドに過剰な期待をしていしまっている観光業は、魂をどこかに置き捨ててしまってはいないか。きつい言葉でいうと、そんなことさえ思ってしまいます。

もう一度、観光の本質を、そこで生きてきた地域社会の本質を、見つめ直して、決してよそ者に魂を売ることのない自分たちが主体の観光のあり方を考えつくす、貴重な機会が今ではないかと思います。

かくいう私も、外部者(よそ者)の一人です。ですから、私の言うことにも騙されないでほしい、と思うのです。

Go To キャンペーンが強行されても、私は旅には出ません。関係者の方には申し訳ないですが、旅にはまだ出ません。私自身も、自分はどう生きていくのか、どう生き残っていくのか、様々にじっくり考えていきたいと思っています。

正直に言えば、自分は月給取りではないし、経済的にも、誰かを助ける余裕などありませんが、それでも、誰かを助けなければならないのではないか、と自分の中でもがいたりしています。金銭だけが助ける手段ではないですわけですし・・・。

Go To キャンペーンが強行されても、私のように旅に出ない人々はかなりいるのではないかと思います。政府の言うことをそのまま聞くのではなく、自分でまだその時期ではないと判断した人々がかなり出ると思います。

でも、旅行業者の方々は、旅に出ない人々を責めることができるでしょうか。感染する・させるリスクを強いてでも、人々に旅に出てほしいでしょうか。そう思っている旅行業者があるとするならば、旅ができるようになった後も、自分はその業者を利用しないだけです。旅行業者が何を考えているか、見続けて、その業者が利用するに値するかどうかを冷徹に検討し、値しない業者は使わない。それだけです。

今の機会に観光の本質を、観光の舞台である地域社会の本質を、しっかりと考え抜き、業者に依存せずに生き残っていこうとする観光地を、私自身は応援したいし、そう生きる人々の教えから学びたいです。

一回限りの数字の一つでしか数えられない匿名の観光客ではなく、固有名詞で覚えてもらえ、ほどよい関係が継続する、そんな外部者(よそ者)でありたいと自分は願っているのです。

福島市飯野の吊るしびな。福島市と合併後も、地元の人々は飯野としての
地域性を生かしたまちづくりを模索し続けている。商店街の店ごとに違う
吊るしびなは一見の価値がある。2018年2月18日撮影。


2019年1月27日日曜日

タケゴンのラウト・タワル湖の朝

1月17日、中アチェ県タケゴンからアチェ州の州都バンダアチェへ出発して直後、朝日に光るラウト・タワル湖を眺めました。


ちょっと逆光になってしまったのですが、なかなか神秘的な景色です。


坂の下からバイクがどんどん上がってきます。


神秘的な景色をしばし堪能した後、まずは、海岸の町ビルンを目指して、山の一本道を下っていきました。

なお、この道は、我々がタケゴンを後にした後、先週、土砂崩れで一時通行不能となったようです。

2018年7月3日火曜日

みなかみ町の「たくみの里」をちょっと訪問

今日(7/3)は、みなかみ町を訪問し、朝から夕方まで、関係者と会議でした。

5月から、みなかみ町のアドバイザーを拝命しており、今後、インドネシアの地方政府との関係づくりを進めていくにあたっての助言や情報提供をお願いされています。

会議終了後、町役場の方が「たくみの里」へ案内してくださいました。たくみの里のホームページでは、以下のような説明がなされています。
たくみの里は昔ながらの日本の風景を残す須川平にあります。
東京ドーム約70個分(330ha)にわたる集落には昔ながらの手法をそのままに木工、竹細工、和紙などの手作り体験ができるたくみの家が点在しています。手作りが体験できるたくみの家と、展示・見学・ショッピングがたのしめる家の二種類があり、それぞれのたくみが各家のオーナーとなりオリジナリティ溢れる作品や体験を提供させていただきます。
たくみの里事業は、1983年、旧新治村で、農村地域の持つ観光資源(農村景観、歴史文化、伝統手工芸)を活かし、しっかりした農業経営のもとで、美しい農村景観を保全する事業として開始されました。背景には、温泉などの旅館・ホテルの宿泊者数が減少したことがありました。

この地域に点在する野仏を周って歩くことと、農産加工技術の体験工房などを組み合わせて、都市と農村との交流を促す、住民参加型の新しい試みを続けて今日に至っています。

たくみの里の入口にある豊楽館という施設は、今は道の駅としての役割も果たしています。今日訪問した際は、平日のせいか、閑散としていました。

 道の駅 たくみの里 豊楽館


豊楽館から北へ延びる道路は「宿場通り」と呼ばれ、昔の三国街道の須川宿の面影を感じられるよう、通りに向かって垂直に屋根の方向を揃え、こげ茶色に統一した街並みが続きます。この通りに様々な店や工房が並び、休日には観光客でにぎわうそうです。


今回は、時間も限られていたので、町役場の方の車でざっと域内を周りました。次回は、実際に歩いてまわってみたいと思います。

町役場の方から紹介されたのですが、たくみの里の近くには、「みなかみフルーツランド・モギトーレ」という施設があり、観光果樹園のほか、果物を使った美味しいスイーツを食べさせるカフェがあります。

 みなかみフルーツランド・モギトーレ

この施設は元々、果物取引で有名な株式会社ドールが「ドールランドみなかみ」という名前で運営していましたが、2018年7月2日からは、みなかみ町農村公園公社へ移管されました。ドールがみなかみ町にそんな施設を持っていたことを初めて知りました。

この移管を記念して、みなかみフルーツランド・モギトーレでは、7月7~8日にOPEN感謝祭として、大人1500円(みなかみ町民は1000円)、子ども750円(同500円)で、70分スイーツ&グルメ食べ放題+ドリンク飲み放題のバイキングを開催するそうです。ただし、時間は10:30~15:00。


提供されるスイーツに使う果物は、すべてみなかみ町で収穫されたもの。当日は先着順で予約不可、とのことです。

筆者自身は行けませんが、こちらも、次回のみなかみ町訪問の際に、しっかり食べに行きたいと思います。

2018年1月16日火曜日

会津坂下の奇祭・大俵引きを見に行く

1月14日は、会津坂下町へ坂下初市と大俵引きを見にいきました。

会津坂下では、年の初めの4の付く日が初めて市の立つ日ということで、毎年、1月14日に「初市」が開催されます。この初市と合わせて行われるのが、大俵引きです。


会津坂下町が自ら「奇祭」と名付ける大俵引きですが、重さ5トンの大俵を真ん中に置き、東方と西方に分かれて、綱引きのように大俵を引き合うものです。

まずは、前座として、子どもが参加する俵引きが行われます。俵の大きさは1トン、男の子は上半身裸です。


子供の部が終わると、いよいよ大人の部です。

2017年8月14日月曜日

台風の最中に涼を求めて長野へ(3)

今回の長野への旅の番外編は、乗り物、バスと鉄道です。

志賀高原で便利だったのは路線バスでした。蓮池を中心に、白根火山方面と奥志賀高原方面へ、日中で1時間ないし1時間半おきに路線バスが来るので、一つの場所でゆっくり回ることができました。

重宝したのは、「志賀高原得トクキップ フリー1日乗車券」です。サンバレーから志賀高原内の白根火山方面と奥志賀高原方面への路線バス停留所を自由に乗り降りできて、1日1000円。蓮池から白根火山まで1050円、蓮池から奥志賀高原まで890円、すぐに元が取れてしまいます。

今回は8月9日に利用したのですが、奥志賀高原まで乗ったので、フリー乗車券でない場合と比べて2分の1以下の運賃で済んでしまいました。

バスといえば、長野駅東口から志賀高原へ直行する急行バスも便利です。蓮池停留所に停まっていた急行バスの車体には、「えのたんとキノコフレンズ」が描かれていて、台湾から来た女の子二人連れが盛んに写真を撮っていました。


2017年8月13日日曜日

台風の最中に涼を求めて長野へ(2)

7〜9日は志賀高原で過ごしました。

志賀高原というと、私にはとてもまぶしい雰囲気の場所でした。バブル全盛だった大学生時代、学生たちの多くは、夏はテニス、冬はスキー、と判で押したように男女伴って出かけ、大いに遊んでいました。その行き先として脚光を浴びていたのが志賀高原でした。

大勢と同じことをしたくない自分は、テニスもスキーもせず、しかも浮いた話にも興味がなく、男同士で歌う男声合唱のサークルに所属していました。そのため、志賀高原というのは、自分にとってはまぶしく、世界の違う場所と感じていたのでした。

それ以前、小学生の頃、群馬の親戚のおじさんに誘われて、草津から何度か志賀高原へドライブに連れて行ってもらったことはありました。その時の印象も、人気のある観光地だな、という程度のものでした。

今回も、そんな賑やかできらびやかな志賀高原を想像して行ったのですが・・・。

それは、昭和の志賀高原でした。平成の志賀高原は、違う印象の場所になっていました。

志賀高原行きのバスに乗るため、まず長野駅東口へ行きました。でも、一通り見渡しても、駅には、志賀高原に関するポスターやパンフが見当たりません。

東口の土産物店「科の木」なら何かあるだろうと思って、行ってみました。志賀高原に関するものは何もありませんでした。「科の木」はアルピコグループが経営していて、同グループのバスの行先である信濃大町や黒部アルペンルートの情報パンフは置いてありましたが・・・。

新幹線ができてからは、中央線・大糸線経由で松本や大町からアクセスするのではなく、新幹線で長野まで来て、バスで大町や黒部へ向かうようになったことを理解しました。

長野駅東口から志賀高原への急行バスを運行しているのは長野電鉄です。スキーシーズンの冬季は本数が多いのでしょうが、夏季の本数は1日数本。

私たちが乗った10時15分発の白根火山行き(通行止のため渋峠までしか行きませんでしたが)のバスの乗客は、我々2人以外は外国人客8人。しかも、我々以外の全員が途中のスノーモンキーパーク前で降りて行きました。そうか、彼らの目当てはニホンザルだったのか。

ニホンザル目当ての外国人が降りた後の乗客は、我々2人だけ。そのまま目的地の蓮池まで行きました。バスを降りた目の前、旧蓮池ホテルが解体されているところでした。


それにしても、人がいません。台風が来ているし、旧盆の少し前ということもあるのかもしれません。実際、今回の行程は、どこへ行っても我々2人の貸切状態でした。

2017年7月16日日曜日

イモニウォーク奥松島2017は楽しかった!

昨日(7/15)の朝、ジャカルタから東京へ戻り、自宅でちょっと休憩してから、新幹線と仙石線を乗り継いで東松島市へ向かって、同市矢本の宿に宿泊(ここがとても居心地良かった!)。そして今日(7/16)は、イモニウォーク奥松島2017というイベントに参加してきました。

イモニウォークは、東松島市の野蒜駅を出発点として、宮戸島にある松島自然の家までの約10キロのコースを歩く「イモニウォーカー・ルート」と、自転車で宮戸島の名所8カ所をまわる「新宮戸八景ルート」のいずれかを選びます。各コースにはチェックポイントが設けられ、それぞれのポイントでスタンプを押して周り、完走して全部スタンプが押されたら、景品がもらえます。

また、途中では、インドネシア・アチェのコーヒーを飲めるスタンドや、アチェのカレーを食べられるスタンドがあり、かつ農産物直売所を兼ねた複合施設「あおみな」で地元の特産品を味わえるマルシェに立ち寄ります。

東松島市はJICAによる震災復興を通じた経験共有協力の事業を通じてインドネシアのアチェ州の州都バンダアチェ市と協力関係があり、ちょうど今、バンダアチェ市から2名の漁師さんが1カ月間の研修に来ています。彼らと東北大学のインドネシア人留学生が上記のスタンドでコーヒーやカレーを振る舞うほか、アチェのサマンダンスのパフォーマンスも披露してくれます。

そうそう、イモニの説明を忘れていました。これは芋煮のことで、南東北で秋の恒例行事である芋煮会で振舞われる食事です。ゴールした後、この芋煮が振舞われます。そこで、このイベントをイモニウォークと名付けたようです。

野蒜駅は真新しく変わっていました。仙石線が野蒜駅付近で津波で寸断されて再建できないため、住民移転を行った内陸側へ線路を付け替え、駅も新築して、2015年5月30日に復旧し、運転が再開されました。


ちなみに、昔の野蒜駅は、今は震災復興伝承館とコンビニが一緒の建物となっています。震災復興伝承館では、震災時の津波による被害とその後の復興の様子が映像も含めた資料として展示されています。


2017年6月23日金曜日

摺上川ダムを訪問

昨日(6月22日)、福島市を流れる摺上川(すりかみがわ)の上流にある摺上川ダムを見てきました。このダムは、中・下流の飯坂温泉や福島市での洪水対策として、2005年に完成したロックフィル・ダムです。



摺上川ダムの建設構想は1960年代に遡り、1973年に国が予備調査を行いました。1992年に工事が開始され、2005年9月に完成しました。

2017年3月4日土曜日

ジャカルタでの国際線と国内線の乗継(お役立ち情報)

3月4日朝、東京へ戻りました。到着が午前9時で、それほど気温が低くもなく、極度な温度差で体が戸惑うこともありませんでした。飛行機のなかでそれなりに眠ったはずなのに、眠くてしかたのない一日でした。

今回、往復に利用したのは、インドネシアのガルーダ・インドネシア航空でしたが、ジャカルタのスカルノハッタ空港での国際線と国内線の乗継について、ちょっと気をつけておいたほうが良い点があるので、以下、メモとして残しておきます。

羽田空港のガルーダ・インドネシア航空機
(ボーイング777-300)

2017年1月25日水曜日

外国人向け富士山・御殿場観光ツアーに参加して

今日は、インドネシアから来た友人とその家族と一緒に、外国人向けの観光ツアーに参加しました。彼らは富士山に行きたいということだったので、英語ガイドが付く次のツアーを申し込みました。

 1-Day Mt. Fuji, Gotemba Premium Outlets & Yamanakako Onsen

このツアーは、まず富士山へ行き、忍びの里でランチを食べ、山中湖温泉で温泉に入り、御殿場プレミアムアウトレットモールでお買い物をして、東京へ戻る、という内容でした。今日のそれは、天候に恵まれて、とても良い一日になりました。