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2018年7月17日火曜日

よりどりインドネシア1周年、無料公開中

2017年7月、いくつものインドネシアを知るためのウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」を発汗して、1年が経ちました。

このマガジンは、毎月2回、毎月7日頃と22日頃に発行してきましたので、2018年7月9日発行分で第25号となりました。

「よりどりインドネシア」は、以下のサイトから読者登録のうえ、購読することが可能です。購読料金は、1カ月あたり810円(税込)で、当該サイトから登録すると、クレジットカードから毎月引き落としとなります。申し込み後1カ月は無料購読期間となります。

また、銀行振込による支払いをご希望の場合には、振込先口座をお知らせします。この場合、6カ月分または12カ月分をまとめてお支払いただきます。お支払確認後、毎回、PDF版を指定のメールアドレス宛に送らせていただきます。申し込み後1カ月は無料購読期間となります。

今回、発行開始1周年を記念して、最新の第25号は、7月22日までの期間限定で、無料にて全文公開していますので、ご覧ください。

PDF版の第25号は、7月22日まで、以下から閲覧・ダウンロード可能です。この機会に、ぜひ、ご一読いただき、購読をご検討いただければ幸いです。

  よりどりインドネシア第25号(PDF版)

なお、インドネシアの基本情報をわかりやすく解説した無料ブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」も始めました。合わせて、ご一読ください。

  インドネシアまちゃむまちゃむ

以上、よろしくお願いいたします。

2018年7月13日金曜日

「ふるさと」をいくつも持つ人生

「ふるさと」を狭義で「生まれた場所」とするなら、どんな人にも、それは一つ鹿ありません。しかし、自分の関わった場所、好きな場所を「ふるさと」と広義に捉えるならば、「ふるさと」が一つだけとは限らなくなります。

人は、様々な場所を動きながら生きていきます。たとえ、その場所に長く居住していなくとも、好きになってしまう、ということがあります。それは景色が美しかったり、出会った人々が温かかったり、美味しい食べ物と出会えたり、自分の人生を大きく変えるような出来事の起こった場所であったり・・・。

どんな人でも、自分の生まれた場所以外のお気に入りの場所や地域を持っているはずです。転校や転勤の多かった方は、特にそんな思いがあるはずです。そんな場所や地域の中には、広義の「ふるさと」と思えるような場所や地域があるはずです。

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筆者自身、「ふるさと」と思える場所はいくつもあります。

筆者の生まれた場所であり、昨年法人登記した福島市。家族ともう30年近く暮らす東京都豊島区。地域振興の調査研究で長年お世話になっている大分県。音楽を通じた町おこしの仲間に入れてもらった佐伯市。留学中に馴染んだジャカルタ。かつて家族と5年以上住み、地元の仲間たちと新しい地域文化運動を試みたマカッサル。2年以上住んで馴染んだスラバヤ。

まだまだ色々あります。

今までに訪れた場所で、いやだった場所は記憶にありません。どこへ行っても、その場所や地域が思い出となって残り、好きという感情が湧いてきます。

単なる旅行者として気に入ったところも多々ありますが、そこの人々と実際に交わり、一緒に何かをした経験や記憶が、その場所や地域を特別のものとして認識させるのだと思います。

そんな「ふるさと」と思える場所が日本や世界にいくつもある、ということが、どんなに自分の励ましとなっていることか。

あー、マカッサルのワンタン麺が食べたい。家のことで困っている時に助けてくれたスラバヤのあの人はどうしているだろうか。佐伯へ行けば、いつまでも明るく笑っていられるような気がする。由布院の私の「師匠」たちは、まだ元気にまちづくりに関わっているだろうか。ウガンダのあの村のおじさんとおばさんは、今日作ったシアバターをいくら売ったのだろうか。

そんな気になる場所がいくつもある人生を、誰もが生きているような気がします。

昔見たマカッサルの夕陽(2003年8月10日、筆者撮影)
マカッサルといえば思い出す「ふるさと」の光景の一つ

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地域よ、そんな人々の「ふるさと」になることを始めませんか。自分たちの地域を愛し、好きになってくれるよそ者を増やし、彼らを地域の応援団にしていきませんか。

筆者がそれを学んだのは、高知県馬路村です。人口1000人足らずの過疎に悩む村は、ゆず加工品の顧客すべての「ふるさと」になることを目指し、商品だけでなく、村のイメージを売りました。何となく落ち着く、ホッとするみんなの村になることで、村が村民1000人だけで生きているわけではない、村外の馬路村ファンによって励まされて生きている、という意識に基づいて、合併を拒否し、自信を持った村づくりを進めています。

もしも、地域の人口は1000人、でも地域を想う人々は世界中に10万人だと考えたとき、そこにおける地域づくりは、どのようなものになるでしょうか。

その地域が存在し、生き生きとしていくことが、世界中の10万人の「ふるさと」を守り続け、輝くものとしていくことになるのではないでしょうか。

私たちは、そんな広義の「ふるさと」をいくつも持って、それらの「ふるさと」一つ一つの応援団になっていけたら、と思います。

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それは、モノを介した「ふるさと納税」を出発点にしても構わないのですが、カネやモノの切れ目が縁の切れ目にならないようにすることが求められるでしょう。

正式の住民票は一つしかありません。でも、「ふるさと」と思える場所はいくつあってもいいはずです。

いくつかの市町村は、正式の住民票のほかに、自らのファンに対してもう一つの「住民票」を発行し始めています。飯舘村の「ふるさと住民票」は、そのような例です。以下のリンクをご参照ください。

 飯舘村ふるさと住民票について

「ふるさと住民票」を10枚持っている、50枚持っている、100枚持っている・・・そんな人がたくさん増えたら、地域づくりはもっともっと面白いものへ変化していくことでしょう。地域はそうした「住民」から様々な新しいアイディアや具体的な関わりを得ることができ、さらに、その「住民」を通じて他の地域とつながっていくこともあり得ます。

こうした「住民」が、今、よく言われる関係人口の一端を担うことになります。それは緩いものでかまわないと思います。

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世界中から日本へ来る旅行者についても、インバウンドで何人来たかを追求するよりも、彼らの何人が訪れたその場所を「ふるさと」と思ってくれたか、を重視した方が良いのではないか、と思います。

それがどこの誰で、いつでもコンタクトを取れる、そんな固有名詞の目に見えるファンを増やし、それを地域づくりの励みとし、生かしていくことが、新しい時代の地域づくりになっていくのではないか。

奥会津を訪れる台湾人観光客を見ながら、その台湾人の中に、もしかすると、台湾で地域づくりに関わっている人がいるかもしれない、と思うのです。そんな人と出会えたならば、その台湾人と一緒に奥会津の地域づくりを語り合い、その方の関わる台湾の地域づくりと双方向的につながって何かを起こす、ということを考えられるのではないか、と思うのです。

飯舘村の「ふるさと住民票」を登録申請しました。そして、私が関わっていく、日本中の、世界中の、すべての地域やローカルの味方になりたいと思っています。

「ふるさと」をいくつも持つ人生を楽しむ人が増え、地域のことを思う人々が増えていけば、前回のブログで触れた「日本に地域は必要なのですか」という愚問はおのずと消えていくはずだと信じています。

2018年7月10日火曜日

「日本に地域は必要なのですか」という問い

先日、筆者の尊敬する大先輩の方からお話を聞く機会がありました。その席で、その大先輩の言った言葉が耳から離れなくなりました。衝撃的な言葉でした。

大先輩は、言いました。「最近、霞が関で会議に出ると、官僚からよく訊ねられるんだよね。日本に地域は必要なのですか、って」

一瞬、耳を疑いました。それが、霞が関の官僚の本音なのか・・・。

人口が減少する時代、人々が買い物や医療や様々なサービスを受けやすくするためには、散在する地域から、そうしたサービスを供給する場所へ人々に移ってもらうのが効率的だ、行政コストの面からもそのほうが効率的だ、という議論。

コンパクトシティや中核都市の議論は、まさに、行政側から見た効率性の観点から進められています。その究極は、地域など要らない、という話になるのでしょうか。

行政にとっては、地域は面倒で邪魔でカネのかかる存在でしかないのかもしれません。

地域を国に従わせ、あげくには、面倒だという理由で地域を捨てる、という思想。

長い歴史を見れば、国よりも先に地域が、コミュニティがあったことは誰の目にも明らかです。国家体制が資本主義でも社会主義でも軍国主義でも、地域は住民の暮らしの場として存在し続けました。国家による収奪を受けても、地域は日々の暮らしの場であり続けました。

その土地や自然との交感の記憶によって、それぞれの人生のかけがえのない場としての地域を、効率性の観点だけで、国家が奪い取ることがあってはなりません。

地域が消滅するのではなくて、霞が関は、実は、地域を消滅させたかったのか。「日本に地域は必要なのですか」という言葉からは、そんな印象を受けます。

原発事故や災害で故郷を離れざるを得なくなった人々の地域に対する思いに、霞が関はどれほどの気持ちを寄せられたのでしょうか。いや、何も感じていないのかもしれません。

地域がなくなった日本を想像します。そこには、国家しか存在しない。国家に都合の良いように、人々の生活から地域が取り上げられ、国家のためのみに生きることを求められるのか。

「日本に地域は必要なのですか」という問いの存在を前提にすると、地方創生も地域活性化も、地域に寄り添うふりをするための上っ面の政策に過ぎないことが見えてきます。

地域が自覚をもってしっかりしていかなければ、自分たちの暮らしを守っていくことはできません。霞が関から「地域は必要ない」と言われて、「はい、そうですか」と言うわけにはいかないのです。それは暮らしの場を捨てることになるからです。

誰が総理大臣になろうとも、どの政党が政権与党になろうとも、明日戦争が起ころうとも、たとえ補助金がなくなろうとも、我々は日々暮らしていかなければならない。その場所である地域を決して無くすわけにはいかないのです。

我々は大いに憤慨すべきです。「日本に地域は必要なのですか」と問う霞が関の浅薄さと自己中心主義、ご都合主義に対して。

2018年7月6日金曜日

新ブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」始めました

2018年7月1日より、この個人ブログ「ぐろーかる日記」とは別に、新しいブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」を始めましたので、お知らせします。

 インドネシアまちゃむまちゃむ

まちゃむまちゃむ(macam-macam)というのは、色々、様々、という意味のインドネシア語(マレー語)です。「インドネシアいろいろ」という意味です。

どうして、この新しいブログを始めたのか。


インドネシアのことをもっと多くの方に知ってもらうには、できるだけやさしく、インドネシアのことを説明する必要があると思ったのです。

とくに、インドネシアは一つではなく、多種多様で、いくつものインドネシアがある、ということを伝えたいと思いました。

そして、実際に、インドネシアへ旅したり、インドネシアで生活したりする方々に必要な基本情報や、役に立つ情報をわかりやすく解説したい、と思いました。

いくつものインドネシアを知り、歩き、楽しむための情報、と銘打っています。

1〜2日に1回程度、様々なトピックを取り上げていく予定です。

すでに取り上げたトピックは以下のとおりです。
インドネシアに長く深く関わっている方々でも、もう一度確認しておきたいような情報も解説していきます。

まだインドネシアについて知らない方々にも、わかりやすいような書きぶりを目指します。「インドネシアまちゃむまちゃむ」でインドネシアに興味を持って、行ってみたくなったり、実際に行ってみたりされるといいな、と思います。

どうぞ、よろしくお付き合いください!

●筆者のブログ等の仕訳

個人ブログ「ぐろーかる日記」(無料。このブログです)
インドネシアだけでなく、日常的なことや日本の地域づくりのことも含め、自分なりにいろいろ思ったことや考えたことなどを自由に書きつづっていきます。

ブログ「インドネシアまちゃむまちゃむ」(無料)
いくつものインドネシアを知り、歩き、楽しむための基本情報を、誰にでも、できるだけわかりやすく、解説していきます。

情報マガジン「よりどりインドネシア」(有料購読)
いくつものインドネシアをより深く知るための情報を提供するとともに、独自の角度から分析した記事をまとめて、毎月7・22日頃の2回、発行します。購読申込後、1カ月間の無料期間を経て、有料購読期間となります。1カ月あたりの購読料は810円(税込)、クレジットカードからの引き落とし、または銀行振込(この場合はPDF版を毎回送付)での支払いをお願いしています。

どうか、お気軽にご笑覧いただけますよう、よろしくお願いいたします。

2018年7月3日火曜日

みなかみ町の「たくみの里」をちょっと訪問

今日(7/3)は、みなかみ町を訪問し、朝から夕方まで、関係者と会議でした。

5月から、みなかみ町のアドバイザーを拝命しており、今後、インドネシアの地方政府との関係づくりを進めていくにあたっての助言や情報提供をお願いされています。

会議終了後、町役場の方が「たくみの里」へ案内してくださいました。たくみの里のホームページでは、以下のような説明がなされています。
たくみの里は昔ながらの日本の風景を残す須川平にあります。
東京ドーム約70個分(330ha)にわたる集落には昔ながらの手法をそのままに木工、竹細工、和紙などの手作り体験ができるたくみの家が点在しています。手作りが体験できるたくみの家と、展示・見学・ショッピングがたのしめる家の二種類があり、それぞれのたくみが各家のオーナーとなりオリジナリティ溢れる作品や体験を提供させていただきます。
たくみの里事業は、1983年、旧新治村で、農村地域の持つ観光資源(農村景観、歴史文化、伝統手工芸)を活かし、しっかりした農業経営のもとで、美しい農村景観を保全する事業として開始されました。背景には、温泉などの旅館・ホテルの宿泊者数が減少したことがありました。

この地域に点在する野仏を周って歩くことと、農産加工技術の体験工房などを組み合わせて、都市と農村との交流を促す、住民参加型の新しい試みを続けて今日に至っています。

たくみの里の入口にある豊楽館という施設は、今は道の駅としての役割も果たしています。今日訪問した際は、平日のせいか、閑散としていました。

 道の駅 たくみの里 豊楽館


豊楽館から北へ延びる道路は「宿場通り」と呼ばれ、昔の三国街道の須川宿の面影を感じられるよう、通りに向かって垂直に屋根の方向を揃え、こげ茶色に統一した街並みが続きます。この通りに様々な店や工房が並び、休日には観光客でにぎわうそうです。


今回は、時間も限られていたので、町役場の方の車でざっと域内を周りました。次回は、実際に歩いてまわってみたいと思います。

町役場の方から紹介されたのですが、たくみの里の近くには、「みなかみフルーツランド・モギトーレ」という施設があり、観光果樹園のほか、果物を使った美味しいスイーツを食べさせるカフェがあります。

 みなかみフルーツランド・モギトーレ

この施設は元々、果物取引で有名な株式会社ドールが「ドールランドみなかみ」という名前で運営していましたが、2018年7月2日からは、みなかみ町農村公園公社へ移管されました。ドールがみなかみ町にそんな施設を持っていたことを初めて知りました。

この移管を記念して、みなかみフルーツランド・モギトーレでは、7月7~8日にOPEN感謝祭として、大人1500円(みなかみ町民は1000円)、子ども750円(同500円)で、70分スイーツ&グルメ食べ放題+ドリンク飲み放題のバイキングを開催するそうです。ただし、時間は10:30~15:00。


提供されるスイーツに使う果物は、すべてみなかみ町で収穫されたもの。当日は先着順で予約不可、とのことです。

筆者自身は行けませんが、こちらも、次回のみなかみ町訪問の際に、しっかり食べに行きたいと思います。

2018年7月1日日曜日

地域仕掛け人市2018に行ってみた

6月30日、東京・恵比寿に新しくできたEBIS303というイベントスペースへ行き、「地域仕掛け人市2018」というイベントに行ってきました。EBIS303というのは、スバル自動車の新社屋のなかに位置しているスペースです。
地域仕掛け人市というのは、様々な地域で活躍する「仕掛け人」が集まり、東京にいる若者たちをターゲットに、彼らを地方へ引き寄せ、あわよくば、地方で働いてもらうことを目的としたイベントでした。ただ、就職説明会や移住相談会とは違い、もう少しゆるく、地方の魅力を説明し、ファーストコンタクトしてもらえればいいな、という感じでした。

 地域仕掛け人市

毎年の恒例行事のようですが、2018年は33箇所から地域仕掛け人が集まり、それぞれがブースを出して、自分たちの活動をアピールしました。他方、別室では、継業(VS起業)、働き方改革、関係人口作り、暮らしの4テーマ別セッションが行われ、複数の地域仕掛け人によるパネルトークが行われました。

まあ、言ってみれば、「地方へより多くの人材に来てもらいたい地域仕掛け人たち」と「東京ではなく地方で何かをしたい若者たち」との間の、新手のマッチングイベント、といったものでした。実際、参加者の多くは若者たちで、とくに、地域活性化に関わりたいと思っている大学生などが多く見られました。

地域活性化に関わりたいといっても、そんなに簡単なことではないよね、と思いつつ、昨今、地方創生などの言葉に踊らされて増殖する大学の傾向などが想起されました。

実際、地域仕掛け人のなかには、地方自治体も少なからず含まれ、その多くは、地域おこし協力隊としてきてくれる人材リクルートを目的としていました。

筆者は、先に挙げた4つのテーマ別セッションに参加し、実際の当事者が自分の言葉で語る姿を見ることができ、有益でした。とくに、最初のセッションで取り上げた「継業」に色々と感じ入るところがありました。

日本のほとんどの地域で人口減少・高齢化が厳しい状態となっており、東京周辺のみが人口増を享受している現状となっていることは、このイベントでも強調されていました。

その一方で、地方では、後継者がいないことで、廃業を余儀なくされる事業者が数多く存在します。そのなかには、経営的に苦しいわけではなく、いや、むしろ黒字経営で利益を上げ、顧客もしっかりいる、マーケットも持っている、にもかかわらず、後継者がいないという理由で、自分の代で事業を止める場合が少なくありません。

そうした事業者に対して、後継者を探し、マッチングさせる試みを行っている地域仕掛け人の話は、なかなか心に響くものでした。今回のセッションでは、石川県の「能登の人事部」と「七尾街づくりセンター」の話を聞きました。

能登の人事部は、能登地域で継業を希望する事業者たちが個々に人材を探すのではなく、彼らの求人情報を一手にまとめ、東京や大阪などをターゲットに、求人活動を行って、継業を希望する事業者と繋げる役割を果たしています。

実際に、能登の人事部のサイトを見ると、地域おこし協力隊の募集のほか、福祉旅行プランナーヘルスケアコーディネーター和ろうそくの海外セールス担当者などの求人情報が掲載されています。Wantedlyという求人サイトをうまく活用しています。

能登の人事部が民間なのに対して、七尾街づくりセンターは半官半民の株式会社ですが、関わっている方々は、よそ者とUターン組で、いわば、外部者の目を持った人たちです。

よそ者として関わる、七尾街づくりセンターの友田氏は、どのような技術を持った人材が欲しいかという質問に対して、「とくに何かスキルや技術を持っている必要はない」「できないから恥ずかしいと思う必要はない。むしろ「できない」と公言して欲しい。必ず地元の人々が助けてくれる」と述べているのが印象的でした。

地域おこし協力隊の様々な現状なども鑑みると、上記のような、ウチとソトとを繋げる人材や組織の存在がとても重要であると思いました。このイベントに集った地域仕掛け人はまさにそのような存在であり、彼らが生き生きと活動できる地域は、きっと地域も生き生きとし続けていけるのだろうなと思いました。

それは、人口減少・高齢化に直面する地域の覚悟の問題でもあると思います。地域活性化や地方創生などを国の方針に沿った事業実施という枠だけで捉え、ウチとソトを繋げる人材や組織を便利屋、時にはうっとおしい存在、と見なしているうちは、まだまだ覚悟が足りないのではないか、と思ってしまいます。

そして、今回のイベントではまだほとんど触れられていませんでしたが、地方での仕事の担い手となってきていて、その地域に愛着を持ってくる外国人材をこれからの地域にどう活かしていくか、という視点も大事になってくるような気がします。

単なる人手としてではなく、彼らを地域を一緒につくっていく人材として位置づけ、継業や関係人口の担い手と考えていく時代が来ているように思います。とはいえ、外国人材に対する否定的な見解は、まだなかなか根強いものがありそうです。

継業や就業のために東京などで人材を探す一方、地元の人材はソトへ出て行ってしまう、という現実。その地域が好きだ、何かしたいという(外国人材を含む)ヨソ者と、地域から出て行く、あるいは地域に住みながら買い物は地域外の地方大都市へ行くというウチ者と。どちらが地域のこれからにとって役目を果たしていくのか。ヨソ者とウチ者との関係は、簡単に何か言えるものではないことは、もちろん承知しています。

そして、地域で現実と直面して格闘する人々と、その地域に研究対象として関わる学識者との関係もまた、別な意味でのヨソ者とウチ者との関係として、考えていく必要があるものと思います。

本ブログでも、今後、自分なりに色々と考えていきたいと思います。