2018年12月10日月曜日

スラウェシ中部地震被災地支援のネクストを検討中

11月21~23日にスラウェシ中部地震被災地を訪問し、多くの友人の安否を確認し、現場で動いている様々な友人・知人と会い、意見交換しながら、次の支援プログラムを考え始めています。

現段階では、まだおぼろげな状況ですが、今週から来週にかけて、何人かの同志的仲間と会い、話し合い、より明確になった段階で、再び、皆さんに呼びかけを行いたいと考えています。

もう少し、お待ちください。

それにしても、という思いがあります。

2011年の東日本大震災の後、故郷・福島を含む東北地方は今もいろいろな意味で厳しい状況に置かれています。だからこそ、福島から、東北から、古きを敬いながらそれを踏まえた新しい動きを創っていきたい、という気持ちが、法人登記を福島市にさせた一つの要因でした。その後、福島で何が起こっていったか、プラスもマイナスも、私なりに観察し続けてきています。そして、福島の正負両方の経験を次に生かしていかなければならないと思っています。

そして、JICA長期専門家(地域政策アドバイザー)として過去に計7年以上関わり、今もその深い絆を意識し、たくさんの仲間が活躍しているスラウェシで、今回、地震・津波・液状化という災害が起こりました。

自分の人生のなかで、まさか、自分が最も大切に思っている福島とスラウェシの両方で、甚大な災害に見舞われ、そこからの立ち直りをどうしていったらよいか、考えることになるとは思いもよりませんでした。

自分の関わりの度合いの深さが、自分の行動を決定づけている面があります。福島以外の日本各地やスラウェシ以外のインドネシア各地の災害に対して、決して無関心であるわけではないのですが、どうしても、自分にとって思い入れの強いところに傾いてしまうのは、やむを得ないことです。すべて平等に、と、雲の上から鳥瞰的にみられる神様のような存在に自分はなることはできません。

ですから、「他はどうでもいいのか?」という批判は受けますが、もはや雲の上の立派な存在ではあり続けられないということを正直に吐露したいと思います。それは、私の能力不足なのかもしれませんが、自分が超越したすばらしい人間でなければならないとも思えませんので、正直に申し上げるしかない、というのが実状です。

きっと、他の地域には、そこへの思い入れのある方々が同じように動いていることでしょう。それでいいのだと思います。

私も関係している「スラウェシ研究会」という自主的な勉強会があります。この会には、かつて戦時中、マカッサルに置かれた日本軍政下の民生部で働いておられた90歳を超える方や、過去に在マカッサル日本総領事を務められた方、JICA専門家でマカッサルに派遣されたのをきっかけに太平洋戦争前後のスラウェシでの日本人の足跡を丹念に追い続けている方など、マカッサルやスラウェシに特段の思いをもって、自分の人生経験のなかの大事な場所と位置づけ、関わり続けている方がいらっしゃいます。

そうした方々も、今回のスラウェシ中部地震被災地支援では、何度も何度も、募金と温かい言葉をお送りくださいました。彼らの脳裏には、自分たちがかつて経験したスラウェシやマカッサルの具体的な人々の名前や出来事があり、スラウェシのために何としても役に立ちたい、という気持ちが込められていたのだと思います。もしかすると、それは、スラウェシへの恩返しをまだ十分にしていないという気持ちを含んだものなのかもしれません。

私は、実はそうなのです。これだけ関わってきたスラウェシに対して、恩返しをまだ全然行えていない、と。

スラウェシの人々への思いを生前に語ってくださった尊敬できる先輩方も多くいらっしゃいます。今回、支援活動を試みながら、そうした方々の声が再び聞こえてきたような気がしました。

長年スラウェシに関わってこられた方のスラウェシへの思い。それをちゃんと受けとめたうえで、しっかりと腰を据えた支援活動を行っていく責務がある。そんな気持ちが、11月に、たとえ自腹でも、被災地訪問を決意させた理由の一つでした。

こんなことを思いながら、スラウェシ中部地震被災地支援のネクストを考えていきます。引き続き、よろしくお願いいたします。

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