ジャカルタに着任して1ヵ月が経った。生活の準備はほぼ整ったので、色々な人と出会い、今回の仕事に集中していける状況になった。そして、ジャカルタの街歩きにも時間を取れるようになってきた。
先日は、華人街の中心として知られるグロドック(Glodok)を歩いてきた。地下鉄(MRT)の延伸工事のため、コタ(Kota)と呼ばれる華人の多く活動する地域への交通渋滞はひどく、なかなか気軽に行けない雰囲気があるのだが、今回は意を決して出かけた。
グロドックといえば、以前からジャカルタで最も家電店が集中する(昔の東京・秋葉原のような)場所として知られてきた。今もある意味まだそうなのだが、様相はすっかり変わっていた。家電店が集中していたのは大通りを挟んだ東側で、その中心の一つがグロドック・プラザだった。今回、行ってみると、建物は健在だった。
だが1階はスピーカーなどの音響屋が何軒か集まっているものの、2階・3階は真っ暗で店は閉まり、閑散としていた。
「2024年に地下にフードコート『キア・キア』がオープン」と垂れ幕がかかっているので、行ってみると、広い空間には全く何もなかった。かつてあった、という雰囲気は残っていたが。
かつて軒を並べていた電気店は、どこへ行ってしまったのだろうか。ジャカルタの人々は、もう、グロドックへ行って家電を買ったりはしないのだろう。東京の人々が家電を買いに秋葉原へは行かないように。
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大通りを挟んだ、グロドックの西側へ行ってみた。東側とは対照的に、人々が溢れていた。とくに、家族連れや若者が多い。入口に大きな門ができたことは新聞報道で知っていたが、その門の前で皆が自撮りしている。
昔は道沿いに屋台が並んでいたが、今はなく、車が次々に入って渋滞している。歩道沿いには小綺麗なカフェなどができているが、昔からお馴染みの薬屋は今も健在である(この辺の薬屋には昔、ロイヤルゼリーを買いによく来た)。
昔、グローリアという雑居商店ビルがあったあたりには路地があり、そこもさまざまな商店が並んでいたが、おそらく、そこと同じ路地には、豚を食べさせる屋台や店がたくさん並んでいた。これでもか、これでもかと、豚の肉の塊が次々現れる空間にヒジャブの若者たちがどんどん入ってくる。
この路地には、有名な珈琲店のKopi Es Tak Kieがある。1927年創業という、ジャカルタでも最も古い部類に入る「カフェ」である。13時半の閉店間際に運良く入れて、練乳入りのアイスコーヒー(Kopi Es)をいただいた。
この路地のすぐ隣、おそらくグローリアがあったところだと思うのだが、そこには、Pancoran Chinatown Pointという中華系を強調したショッピングモールができていた。
最上階にはノン・ハラルの中華が中心のフードコートがあった。
それ以外に、モールの西側の屋外にもフードコートのような一角があり、その奥は、東屋のある小さな公園のような作りになっていた。
モールを出たすぐ隣には、お馴染みの山東餃子屋が健在だった。今回はまだ行ってないなあ。
ここから道を渡って、反対側、道路の南側へ移る。すると、Petak Enamという場所があった。ちょうど先ほどのモールの向かい側にある。このPetak Enamは、中に入ると、大きな空間になっていて、まるで華人の街をイメージさせるように中華系の店が多数軒を並べていた。
ここもまた、豚を食べさせる店ばかりなのだが、ヒジャブ姿の若者がたくさん歩いていた。新しいおしゃれなスポットとして、若者に受け入れられているのだろう。
このように、グロドックの西側は、食を前面に押し出した、ジャカルタで華人文化を味わえる観光地と化していた。グロドックの東側と西側との対照的な姿を見ながら、考え込んでしまった。
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そうなのだ。この若者たちは、かつてこのグロドックがどんな場所だったのか、何が起こったのか、知らないのだ。
今から28年前の1998年5月。この街は暴徒に襲われ、多くの建物が投石され、火をつけられた。ここはジャカルタ暴動で最も攻撃を受けた街なのである。富を持つ華人に対する怒りを煽られた暴徒たちが、この街を襲った。
筆者は、あの暴動のずっと前からグロドックへ良く出かけていたし、暴動が収まり、スハルト大統領(当時)が辞任した少し後に、たまたまグロドックを訪れたこともあり、被害を受けた建物の様子などを記憶している。
あの時代の記憶が時間の経過とともに薄れていくのは自然なことだろう。誰もが楽しめる場所として、今の観光地化したグロドックがずっと続いてくれることを願わずにはいられない。
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実は、グロドックへ行った最大の目的は、大好きだったミーアヤム屋がまだあるかどうかを確かめることだった。その店はちょうど、地下鉄(MRT)工事現場のすぐ横にある。だからもうやっていないかもしれないと思って行ったら、やっていた。
そして、あのミーアヤムにワンタンとチャーシューも付けてもらっていただく。
味は全く変わっていなかった。麺の茹で具合も昔のまま。店内に客は私一人。本当は、ここのナシ・チャンプルも絶品で、最盛期は一度に麺もナシ・チャンプルも両方とも食べたのだが、さすがに今は無理。泣く泣く麺のみを味わった。
料金を払う段になって、番台のおばさんに声をかけると、「久しぶりねえ」と私のことを覚えてくれていた。そう、店の中も、使われている椅子も机も、昔と同じだった。
40年近く前から通っているこの店、ここだけはまるで時間が止まっているような場所なのだ。そして、それは、あの暴動にも耐えながら、店を守り続けてきたということでもある。
地下鉄工事も本格化しているし、いつまで店を続けるのですか、とおばさんに訊いた。「ずっとよ。店は続けるわよ」とおばさんは答えた。
また行くよ、今度はナシ・チャンプルを食べに。
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