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2017年7月17日月曜日

福島高校合唱団第60回定期演奏会を聴いて

昨晩は仙台に1泊し、イモニウォークの疲れをとって(?)、朝、JR普通電車で福島へ移動しました。実家で昼食をとって少し休憩した後、ママチャリに乗って向かった先は、福島市音楽堂。


今日は、ここで、福島県立福島高等学校合唱団第60回定期演奏会を聴きに行きました。私の母校であるだけでなく、実は、私もかつて、所属していました。当時の福島高校は男子校でしたので、所属していたのは、もちろん男声合唱団。そう、当時は福島高等学校男声合唱団でした。

今は男女共学となったため、男声がとれて、福島高校合唱団となっている様子。実際、現在の団員は、圧倒的に女性のほうが多く、福島高校といえば男声合唱団だった自分としては、正直言って、最初からちょっと違和感を感じる雰囲気がありました。

今回は、合唱団創団70周年記念演奏会も兼ねており、OB(共学後のOGも含む)がかつて演奏した曲目を現役団員も入って歌う特別ステージがあり、それを聴くのも目的の一つでした。

私が所属していた時の高麗先生に学んだ団員たちは今も「梅声会」という親睦組織を作っており、そのメーリングリストで、今回のステージに参加するメンバーの募集や練習日程などが案内されていました。

私も同期の友人たちから参加を勧められたのですが、長年歌わなかった間に声がもう本当に出なくなってしまい、かつ、直前までインドネシア出張が入っていて練習に出られそうもなかったため、参加しませんでした。でも、節目の演奏会ということで、演奏会だけは聞きに行こうとは思っていたのです。

現役団員のステージは、混声ということで、最初はちょっと面食らったのですが、徐々に慣れ、彼らの一生懸命で若々しい様子を微笑ましく聴けるようになりました。

続いて、OB(OG)を交えたステージが3本。まず、男声合唱ではおなじみの「月光とピエロ」はさすがに年齢の高さを感じさせる演奏でした。次は、10〜20年前の混声になってからの後輩メンバーによるモンテベルディ「マドリガル」から3曲。相当練習したのでしょう、予想以上に素晴らしい演奏で、とても良かったです。

そして、我々の世代を含む男声時代のメンバーによるケルビーニ「レクイエム」からの「ディエス・イレ」と「オフェルトリウム」の2曲。これは福島高校管弦楽団のオケ付きでの演奏で、指揮はかつて指導を受けた高麗先生。


写真がちょっとピンボケですが、雰囲気は伝わるでしょう。私が団員だったとき、先輩は「オフィルトリウム」で合唱コンクール全国大会金賞を取り、我々は高校1年のとき、「ディエス・イレ」で先輩とともに2年連続金賞受賞を狙ったのですが、東北大会で金賞を取ったものの、1点差で全国大会へ行けなかったのでした。

当時と比べれば、合唱もオケもまだまだという感じではありましたが、コーラスの厚みの部分に往年の輝きが随所に感じられ、あっという間に、高校時代の自分にタイムスリップし、いろんな記憶が瞬時に蘇ってきました。

演奏後、ステージに乗った同期から「歌いたかっただろ?」と聞かれたのですが、なぜか歌いたかったとは思えませんでした。物理的にあんな声はもう出ないのもありますが、合唱って、自分にとっては大事な宝物のようなものだけど、今の自分の現実世界とは別の世界にある、という気がしてしまったのです。

振り返ってみると、私が団員だった頃の男声合唱団は、文化系というよりも体育会系に近い組織だったような気がします。目標は合唱コンクールで金賞をとること。そのために、部活では毎日校内をランニングし、腹筋を鍛え、週5日練習し、夏には鬼のような合宿を1週間続け、コンクールが全てに優先する日々でした。

我々のときだって、定期演奏会ももちろん開催しましたが、コンクール優先なので、楽しかったという思い出があまり浮かんできません(でも、女子高校の女声合唱団とのジョイントコンサートを何回か開いたのは楽しかったかな)。

今日の後輩たちの定期演奏会を見ていると、団員たちが色々と工夫をしながら、自分たちも楽しみつつ、お客さんに楽しんでもらおうという姿勢がよく伝わってきました。高校生らしい、と言ってしまえばそうなのですが、ポップス・ステージなんて、私の頃にはまずありえないステージだったけれど、なんだかとても楽しそうで、本当に微笑ましかったです。これも、男女共学になったからなのかもしれません。

真面目で一生懸命な様子がうかがえた現役団員の姿が、私にとっては最大の収穫でした。我々の時代とは違う、新しい時代の君たちの合唱団を作っていってほしいと思いました。

それはそうと、きっと、今日の観客の中には、私と同じ頃に合唱をやっていた方々、もしかすると私の知っている方々が、もちろんシニア世代として、来ていたのではないか、という気がしました。でも、何十年ぶりかで再会するといったサプライズはありませんでした。

長い間、福島から、そして合唱から遠ざかっていた私を知っている人など、おそらくいないはずなのに、もしかしたらいるのではないか、なんて余計なことを思ってしまうのは、やはりここが福島だからなのかもしれません。

さて、人恋しさや郷愁はそこへ置いて、私は前へ進むことにしよう。そう決めて、ママチャリに乗って、さっと実家へ戻りました。

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