今回の大分・佐伯訪問の一つの目的が、佐伯にある遊志庵を訪ねることでした。
この遊志庵は、研究者である岩佐礼子さんという方がご親族の実家の古民家を改修し、地域の人々の憩いの場、よそから来た人たちとの交流の場にしようと運営されている場所です。詳しくは、以下の遊志庵のページをご覧ください。
遊志庵
ゆったりとくつろげる雰囲気の空間で、しばし、岩佐さんと語り合いました。よそ者、古民家、地元学など、様々な共通用語が出てきました。
2017年11月12日日曜日
2017年11月7日火曜日
技能実習制度を本物にする
以前から気になっているのは、外国人技能実習制度の問題です。
この制度は、本来、技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材を育成することを目的としており、日本の国際協力・国際貢献の重要な一躍を担うものと位置づけられています。
しかし、こんな立派な建前があるにもかかわらず、現実に起こっていることは、メディアなどで取り上げられているとおりです。すなわち、日本の受入企業側は労働力の不足を補ってくれる者として外国人技能実習生を受け入れ、外国人技能実習生は3年間日本にいて得られる収入を目当てにやってきます。
ときには、日本の受入企業は、コスト削減圧力のなかで、相当に厳しい条件を強制して外国人技能実習生を受け入れ、それに耐えられなくなった実習生はいつの間にか姿を消してしまう、という話さえ聞こえてきます。
ここで大きな問題となるのは、日本でどのような技能を身につけるのか、実習期間を終えてそれがどれだけ身についたのか、に関する明確な評価とモニタリングが見えないことです。あるいは、形式的にそれがあったとしても、誰がどう評価・モニタリングしたのか、送り出し国へ正確に伝える仕組みが整っているのか、という問題です。
この制度は、本来、技能実習生へ技能等の移転を図り、その国の経済発展を担う人材を育成することを目的としており、日本の国際協力・国際貢献の重要な一躍を担うものと位置づけられています。
しかし、こんな立派な建前があるにもかかわらず、現実に起こっていることは、メディアなどで取り上げられているとおりです。すなわち、日本の受入企業側は労働力の不足を補ってくれる者として外国人技能実習生を受け入れ、外国人技能実習生は3年間日本にいて得られる収入を目当てにやってきます。
ときには、日本の受入企業は、コスト削減圧力のなかで、相当に厳しい条件を強制して外国人技能実習生を受け入れ、それに耐えられなくなった実習生はいつの間にか姿を消してしまう、という話さえ聞こえてきます。
ここで大きな問題となるのは、日本でどのような技能を身につけるのか、実習期間を終えてそれがどれだけ身についたのか、に関する明確な評価とモニタリングが見えないことです。あるいは、形式的にそれがあったとしても、誰がどう評価・モニタリングしたのか、送り出し国へ正確に伝える仕組みが整っているのか、という問題です。
2017年11月5日日曜日
十条でバクテとポテヒ
11月4日は、友人と一緒に、東京の十条で、バクテとポテヒを堪能しました。
まず、バクテ。肉骨茶と書いたほうがいいのでしょうが、マレーシアやシンガポールでおなじみの、あの骨つき豚肉(スペアリブ)を様々な漢方原材料の入ったあつあつのスープで食べる定番料理。これを食べさせる店が十条にあるので、行ってみたのです。
味はオリジナルと濃厚の2種類。濃厚味はニンニクが効いていて、オリジナルのほうがマレーシアのものに近い感じがしました。
次の写真は、濃厚に豚足などを入れたバクテ。日本では、スペアリブより豚足のほうが入手しやすいからなのでしょうが、バクテといえば、やはりスペアリブですよねえ。
この店は、マレーシアのエーワン(A1)というバクテの素を売るメーカーと提携している様子です。エーワンのバクテの素は、我が家ではおなじみのもので、その意味で、今回のバクテは、とくに際立って美味しいという感じのするものではなく、フツーに美味しかったです。
さて、バクテを食べた後は、ポテヒです。ポテヒというのは、指人形劇のことで、東南アジアの各地で見られます。今回のポテヒは、マレーシア・ペナンの若者グループであるオンバック・オンバック・アートスタジオによるものでした。
まず、バクテ。肉骨茶と書いたほうがいいのでしょうが、マレーシアやシンガポールでおなじみの、あの骨つき豚肉(スペアリブ)を様々な漢方原材料の入ったあつあつのスープで食べる定番料理。これを食べさせる店が十条にあるので、行ってみたのです。
味はオリジナルと濃厚の2種類。濃厚味はニンニクが効いていて、オリジナルのほうがマレーシアのものに近い感じがしました。
次の写真は、濃厚に豚足などを入れたバクテ。日本では、スペアリブより豚足のほうが入手しやすいからなのでしょうが、バクテといえば、やはりスペアリブですよねえ。
この店は、マレーシアのエーワン(A1)というバクテの素を売るメーカーと提携している様子です。エーワンのバクテの素は、我が家ではおなじみのもので、その意味で、今回のバクテは、とくに際立って美味しいという感じのするものではなく、フツーに美味しかったです。
さて、バクテを食べた後は、ポテヒです。ポテヒというのは、指人形劇のことで、東南アジアの各地で見られます。今回のポテヒは、マレーシア・ペナンの若者グループであるオンバック・オンバック・アートスタジオによるものでした。
2017年11月1日水曜日
SQでもやはり無理なことはある
10月30日ジャカルタ20:20発、シンガポール23:05着。シンガポール23:55発、成田10月31日7:30着。定刻通りならこのように乗り継ぐ、シンガポール航空で、今回のインドネシア出張から帰国しました。
実際には、ジャカルタ→シンガポール便の出発が20分ほど遅れ、それでも挽回して、シンガポール到着は10分弱の遅れで到着しました。
到着したのは第2ターミナルの一番端。成田便は第3ターミナルなので、スカイトレインに乗って移動です。
ジャカルタでチェックインしたときに、係員が気を利かせて、できるだけ出口に近い席を取ってくれたので、エコノミークラスとしては早く機外へ出ることができたのですが、ともかく小走りに速足でひたすら第3ターミナルへ向かいました。
成田便の搭乗口に着いたのは23:30過ぎ。すでに搭乗はほとんど終わっていました。高速歩行で大汗をかきましたが、何とか滑り込みで無事乗り込むことができました。
ふと、気になったのは預入荷物。でも、世界一という評判のシンガポールのチャンギ空港だから、きっと大丈夫、と思い込みました。
成田到着。ブリッジを進んだ先に掲示板があり、そこに私の名前が出ています。なぜ?
実際には、ジャカルタ→シンガポール便の出発が20分ほど遅れ、それでも挽回して、シンガポール到着は10分弱の遅れで到着しました。
到着したのは第2ターミナルの一番端。成田便は第3ターミナルなので、スカイトレインに乗って移動です。
ジャカルタでチェックインしたときに、係員が気を利かせて、できるだけ出口に近い席を取ってくれたので、エコノミークラスとしては早く機外へ出ることができたのですが、ともかく小走りに速足でひたすら第3ターミナルへ向かいました。
成田便の搭乗口に着いたのは23:30過ぎ。すでに搭乗はほとんど終わっていました。高速歩行で大汗をかきましたが、何とか滑り込みで無事乗り込むことができました。
ふと、気になったのは預入荷物。でも、世界一という評判のシンガポールのチャンギ空港だから、きっと大丈夫、と思い込みました。
成田到着。ブリッジを進んだ先に掲示板があり、そこに私の名前が出ています。なぜ?
2017年10月28日土曜日
ジャカルタのコワーキングスペースは快適
今回のインドネシア出張も終盤を迎え、農業省での中間報告準備や現地調査でのヒアリングメモなどをまとめていたため、なかなかブログを更新できずにいました。でも、この週末で何とか目途がつきそうなので、気分転換を兼ねて、久々に書いています。
今いるのは、ジャカルタのコワーキングスペースHUB2U。私のアジトは外国人のほとんどいない東ジャカルタにあるのですが、アジトにはインターネットWifiがないので、長時間、高速インターネットに接続できる一時的な仕事場として使えるスペースを求めていました。
ラッキーなことに、私のアジトのすぐ近くに1軒ありました。先週行ってみたのですが、雑居ビルの3階と4階、窓のない部屋に安い机と椅子があるだけの殺風景な場所ですが、インターネットはとても速く、快適でした。まさか、歩いて行けるところにこんな場所があるとは思わなかったので、驚きでした。
今日は、私のアジトからはちょっと離れてはいるけれども、比較的近くにあるこのコワーキングスペースで快適にインターネットにつなげています。
今いるのは、ジャカルタのコワーキングスペースHUB2U。私のアジトは外国人のほとんどいない東ジャカルタにあるのですが、アジトにはインターネットWifiがないので、長時間、高速インターネットに接続できる一時的な仕事場として使えるスペースを求めていました。
ラッキーなことに、私のアジトのすぐ近くに1軒ありました。先週行ってみたのですが、雑居ビルの3階と4階、窓のない部屋に安い机と椅子があるだけの殺風景な場所ですが、インターネットはとても速く、快適でした。まさか、歩いて行けるところにこんな場所があるとは思わなかったので、驚きでした。
今日は、私のアジトからはちょっと離れてはいるけれども、比較的近くにあるこのコワーキングスペースで快適にインターネットにつなげています。
2017年10月19日木曜日
久々のプンチャック越えで出逢った光景
10月17~19日は、西ジャワ州チアンジュール県を訪れました。ここでは、園芸農業を中心とした農業の現状に関する情報収集を行いました。
ジャカルタからボゴールを通り、プンチャックを越えて、チアンジュール県へ向かいましたが、このルートを通るのは、おそらく約20年ぶりのことだと思います。
インドネシアに初めて来た1985年8月、このルートを通って、バスに乗って、インドネシア語の先生の実家のあるチマヒへ行きました。チマヒはバンドンの一つ手前の町です。
あの時は、プンチャックを越えて、道路沿いの食堂で昼食。どこを見渡してもスプーンもフォークも見当たらず、うろうろしていると、周りの人が皆、手で食べているのに気がつき、見よう見まねで、手で食べたのを思い出します。スンダ料理の店だったのでした。
1990年代前半までは、この道を何度も通って、ジャカルタとバンドンを行き来しました。4848という会社の車をよく使いました。4848の運転手は道を熟知しており、ものすごいスピードで走ったものでした。
その後、1990年代半ば以降、スラウェシ島のマカッサルを中心に、インドネシア東部地域に深くかかわることになって、かつ、ジャカルタからチカンペック経由でバンドンへ行く高速道路ができたことで、自分がこのルートを通ることはほとんどなくなってしまいました。
2017年10月15日日曜日
穀倉地帯ならではの垂れ幕・看板たち
10月14~15日は、西ジャワ州カラワン県へ行ってきました。
カラワン県はインドネシア有数の米作穀倉地帯として知られており、今回の訪問の目的も、その米作農業の現状についての情報収集でした。
収集した情報についてはここでは披露しませんが、さすが、米どころのカラワン県らしい垂れ幕が店にかかっていたので、それを紹介します。
これも立派な農薬の看板。カラワン県の特約店の前です。
より早く防げば、農民は満足! 天誅(てんちゅう)という名前が付いています。
率直な印象としては、ここでの米作農業の現状は、私が知っていたものよりもはるかに変化していました。本当に、変化が激しいです。常にインドネシアの今を追いかけていけないと、変化についていけなくなりそうな気がしてきます。
今回は、この後、西ジャワ州チアンジュール県、南スラウェシ州ピンラン県、同州バンタエン県で、同様の農業の現況に関するサーベイを行う予定です。
カラワン県はインドネシア有数の米作穀倉地帯として知られており、今回の訪問の目的も、その米作農業の現状についての情報収集でした。
収集した情報についてはここでは披露しませんが、さすが、米どころのカラワン県らしい垂れ幕が店にかかっていたので、それを紹介します。
稲の害虫であるウンカの足に鍵がかかっているの図。ウンカは動けずにそのまま息絶えてしまうのでしょうか。
より早く防げば、農民は満足! 天誅(てんちゅう)という名前が付いています。
率直な印象としては、ここでの米作農業の現状は、私が知っていたものよりもはるかに変化していました。本当に、変化が激しいです。常にインドネシアの今を追いかけていけないと、変化についていけなくなりそうな気がしてきます。
今回は、この後、西ジャワ州チアンジュール県、南スラウェシ州ピンラン県、同州バンタエン県で、同様の農業の現況に関するサーベイを行う予定です。
2017年10月11日水曜日
サンシャワー展は本当に良かった!
明日(10/11)から月末までのインドネシア出張の前に、前々からどうしても観ておきたいと思っていた「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」へようやく観に行けました。
この展覧会は、国立新美術館と森美術館の2館同時開催で、しかも展示数が多いので、どうしても2日掛かりになってしまいます。夜遅くまで開いている森美術館を10月8日に、国立新美術館を翌9日に訪れました。
東南アジアのアーティストが色々と面白い試みを行っていることは知っていましたが、これだけの数を集めるとさすがに圧巻でした。しかも、その一つ一つに、アーティストのゆるさや柔らかさや軽さを感じつつ、その裏に何とも言えない深い闇やもやもやとして晴れない奥行きが浮かび上がる、そんな作品が多かったと感じました。
この展覧会は、国立新美術館と森美術館の2館同時開催で、しかも展示数が多いので、どうしても2日掛かりになってしまいます。夜遅くまで開いている森美術館を10月8日に、国立新美術館を翌9日に訪れました。
東南アジアのアーティストが色々と面白い試みを行っていることは知っていましたが、これだけの数を集めるとさすがに圧巻でした。しかも、その一つ一つに、アーティストのゆるさや柔らかさや軽さを感じつつ、その裏に何とも言えない深い闇やもやもやとして晴れない奥行きが浮かび上がる、そんな作品が多かったと感じました。
2017年10月4日水曜日
福島税務署で残りの諸手続
今日は福島市です。今週は東京で色々と予定が入ってしまったので、福島市にいるのは今日と明日の1泊2日。しかも、明日の夕方5時に東京で予定が入っているので、それに間に合うように、東京へ向かいます。
今回の用事は、税務署です。松井グローカル合同会社を4月に福島市で登記し、色々と手続を済ませてきたのですが、9月分の役員報酬の支払いに伴う源泉徴収所得税納付書を10月10日までに福島税務署へ提出しなければならなかったのでした。
通常、源泉徴収所得税は金融機関の窓口か税務署で期日までに支払うのですが、私の場合は、税務署へ行かなければならないのです。なぜかというと、実は源泉徴収所得税がゼロだからです。
今回の用事は、税務署です。松井グローカル合同会社を4月に福島市で登記し、色々と手続を済ませてきたのですが、9月分の役員報酬の支払いに伴う源泉徴収所得税納付書を10月10日までに福島税務署へ提出しなければならなかったのでした。
通常、源泉徴収所得税は金融機関の窓口か税務署で期日までに支払うのですが、私の場合は、税務署へ行かなければならないのです。なぜかというと、実は源泉徴収所得税がゼロだからです。
2017年10月2日月曜日
Co-minkan 第1号を訪問しました
9月30日の夜に帰国して、翌10月1日の朝、Co-minkan 第1号のオープニングを見るために、横浜市保土ヶ谷区まで行ってきました。
Co-minkan 第1号になったのは、保土ヶ谷区役所の近くにある峰岡公園の向かいのカフェ「見晴らしのいい場所」という小さな場所です。元はスナックだったというこじんまりとした場所で、Co-minkanが始まったのでした。
Co-minkan というのは、もちろん公民館から来ているのですが、行政が運営する公民館ではなく、民間で作る「こうみんかん」を企図しています。
地元の人が気軽に立ち寄り、お茶でも飲みながら、いろいろおしゃべりをする。そこに行けば悩みや相談を聞いてくれる人がいる。わいわいやっている間に新しいアイディアが浮かんだり、面白いことを思いついたりする。なんだか楽しくなる。
そんな空間を、気軽にみんながあちこちで作り始めたら、もっと温かい人と人とのつながりを意識できる世界が広がっていくのではないか。
Co-minkan 第1号になったのは、保土ヶ谷区役所の近くにある峰岡公園の向かいのカフェ「見晴らしのいい場所」という小さな場所です。元はスナックだったというこじんまりとした場所で、Co-minkanが始まったのでした。
Co-minkan というのは、もちろん公民館から来ているのですが、行政が運営する公民館ではなく、民間で作る「こうみんかん」を企図しています。
地元の人が気軽に立ち寄り、お茶でも飲みながら、いろいろおしゃべりをする。そこに行けば悩みや相談を聞いてくれる人がいる。わいわいやっている間に新しいアイディアが浮かんだり、面白いことを思いついたりする。なんだか楽しくなる。
そんな空間を、気軽にみんながあちこちで作り始めたら、もっと温かい人と人とのつながりを意識できる世界が広がっていくのではないか。
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