2020年1月6日月曜日

嫌な言葉をたくさん目にした日、日本語個人ツイッターを止めます

今日1月6日、官公庁や企業などは仕事始め。新しい2020年を迎え、スタートの日。今年は・・・との決意や希望を表明し、成就を祈る日でもある。

そんな日なのに。いや、そんな日だからこそなのか。

今日は本当に、嫌な言葉をたくさん目にした日になった。そんな日であって欲しくなかったのに。

その1。新宿駅南口で自殺を図った人がいたというツイート。幸い、自殺未遂だったようだが、その人のことを、場所を選べ、とか、みんなの迷惑だ、とか、非難するツイート。そして、その自殺を図った人に向けてその場にいたたくさんの人々がスマホで写真を撮っていたというツイート。何なんだろう、いったいこれは。

その2。ある元政治家が入水自殺したという記事。この方のツイートはフォローしていたのだが、たしかに言われているように、執拗な嫌がらせや誹謗中傷を受けていらした。そして、自殺だったと報道された後も、相変わらず誹謗中傷し続けるツイートが止まらない。何なんだろう、いったいこれは。

その3。朝日新聞で読んだ「津久井やまゆり園」事件の被告の言葉。「障害者は不幸の源だ。ベストを尽くした」「テレビで真実を語るのを見たんです」「『意思疎通ができない重度障害者は要らない』と言えない社会になっている。でも真実を言っていいんだと思った」「人生で一度も一番になったことがない。事件を起こし、かっこいい、役に立つ人になりたかった」「役に立てば金になると思った」

2020年1月3日金曜日

初詣に行って、初耳の「夏詣」

正月は1日、2日は家でゴロゴロしていたが、3日は近くの天祖神社へ初詣に出かけた。正月三が日を過ぎると、今年の破魔矢を得られなくなるかもしれないからだ。

我が家は、一応、天祖神社の氏子。初詣の際に、去年の破魔矢を神社に持っていって、新しく今年の破魔矢をいただいてくるのが、毎年の恒例行事。予想通り、初詣の人々で、天祖神社の前は行列ができていた。4列に並んで順番に拝礼する。


初詣に来た人のなかには、ご朱印をもらうために社務所に並んでいる人もけっこういた。へーっと思っていると、ご朱印をもらうためのご朱印帳も販売している。

拝礼してすぐ、ふと下を見ると、「都電神社めぐり」という冊子が置かれているのに気がついた。

ほおーっ、都電沿いの神社をスタンプラリーのようにまわるのか、と思ったら、飛鳥山の七社神社、雑司が谷の大鳥神社、そしてここ大塚の天祖神社の3社しか載っていない。

なぜこの3社、と思ったら、共通点があった。夏詣を行っているのである。

夏詣、とは初耳だが、神道の世界ではなにかそんなものがあったっけ?

2020年1月1日水曜日

2020年、新年のご挨拶

あけましておめでとうございます

 旧年中は大変お世話になりました。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

日本と海外(インドネシアなど)の地域づくりをパラレルに見ていると、その同時代性を強く感じます。ローカルとローカルがつながり、新しい価値と深い学びが持続的に生み出される。そんな世界を目指して、微力ながら精進したいと思います。

インドネシア・東ジャワ州バトゥ市の若き農業者たちと一緒に。
生産者と消費者を結ぶ動きはここでも試みられている。 [2019年5月]

2019年12月31日火曜日

2019年大晦日、でも世界は常に動いている

2019年がもうすぐ終わる。

大晦日に紅白を視なくなって久しいが、今年は、TV5 Mondeでフランスのアニメ映画を視た後、BBCを視ている。昨年は、ネットで見つけた、ロシアの大晦日番組を家族で視ていた(今年やっていたかどうかは確認できなかった。残念)。

トップニュースは、米国によるイラクの親イラン組織への爆撃に抗議する、イラクの米国大使館への激しいデモの様子だった。そして、カルロス・ゴーンのレバノンへの逃走、オーストラリアの制御できない大規模な火災。香港では、年末年始、依然として大規模なデモが続いている。

世界は常に動いている。

そして、年末年始を厳しい状況で迎えなければならない、様々な境遇の人々がいる。

そんなことを思いながら、東京の自宅で、妻と一緒に、ナマスを作っていることが、ささやかではあるが、恵まれていることなのだと改めて感じ、それに感謝する。

想像力。他者への想像力をさらにさらに研ぎ澄ませていきたい。

1年の終わり。それは新たな始まり。


2019年12月28日土曜日

門松を立てる?

もうすぐ新年。我が家では、毎年、門松を立てる。長年知り合いの方が御用聞きにやってきて、塀の前の穴に門松を立ててくれるのが、年末の恒例行事の一つである。

門松といっても、大きな竹が3本立っている、よく絵にあるものではなく、このへんでは、細い松の木を立てるのが普通である。

我が家の近所の門松については、2019年1月に次のブログ記事を書いたので、参照してみて欲しい。

 我が家の近所の一風変わった「門松」

我が家の従来の門松は、上のブログ記事で説明したものよりもずいぶん小ぶりなものだ。でも、今回は、ちょっと様相が違った。知り合いが御用聞きに来なかったのである。

その理由は、今、自宅を建てていて、門や塀がない状態だから、のようである。

それでも、門松は立てたいよね、ということになり、毎年、正月飾りを買う屋台(御用聞きに来る知り合いがやっている)で小さい松の木を一緒に買って、自分たちで付けてみた。


小さい門松に輪飾りを付けた。まあ、とりあえずの門松。

自宅は2020年1~2月頃に完成の予定。来年は、通常通りの門松を立てられそうだ。

2019年12月27日金曜日

自由大学の講義を受け始める

東京の表参道に「自由大学」という場所がある。大学という名はついているが、文科省認可の大学ではない。

 自由大学

教えてみたい人が講座をつくり、学びたい人が集う。カルチャーセンターとも違う。5~6回程度の連続講義で、けっこうしっかり学べる。

でも、入学試験や資格試験に合格するために学ぶのでもない。就職を考えて受ける講義ではない。

「自由大学」の受講生には、年齢も性別も、何の制限もない。学びたい人なら誰でも集えるのである。

教えてみたい人は、講義計画を作って、「自由大学」のなかでのレクチャー・プラン・コンテストでプレゼンし、その審査を経て、講義として魅力的であれば採用され、「自由大学」で教えることが可能になる。

ユニークな講義がたくさんある。昆虫食学、穴学、未来の仕事、20年履ける靴を育てる、自分の本をつくる方法、などなど、実にユニークだ。

教わる人にとって、魅力的な講義とはなんだろう。

こうしたことを考えて、実際に講義計画を作ってみる、という目的をもった、Lecture Planning学というのを今回受講している。

2019年12月25日水曜日

今年のクリスマスは福島で用務

12月23~25日、世の中ではクリスマスの時期だったが、今年は福島で用務だった。

落ち着いて考えてみると、自分がしなければならない用務だったのかどうかは、少々疑問だが、ともかく、やってほしいと依頼された用務だった。

組織から離れ、一匹狼的に動いている自分のやるべきことは何か。やるべきことではないがやってあげたほうがよいことは何か。色々と考えている。

2019年12月23日月曜日

よりどりインドネシア第60号発行、これで2年半継続、新たな展開へ

試行錯誤で始めたウェブ情報マガジン「よりどりインドネシア」。

月2回発行で、今回が第60号、つまり、初めて発行してから2年半が経過したことになる。内容は、以下のサイトを参照してほしい。

 よりどりインドネシア

よりどりインドネシア第60号のカバー写真

おかげさまで、2019年12月23日現在、会員は83名(ウェブ登録会員74名、PDF版購読会員9名)。少しずつ、少しずつ、読んでくださる方の数が増えてきた。

「よりどり」の特徴の一つは、現地に在住する方々が連載を続けてくださっていること。

ロンボク島在住の岡本みどりさんは、「ロンボクだより」を毎月前半の号に連載してくださっている。

中ジャワ州ウォノソボ在住の神道有子さんは、「ウォノソボライフ」を毎月後半の号に連載してくださっている。

いずれも、筆者の日々の生活に根ざした、在住者だからこそ書けるバラエティに富んだ内容で、本当に貴重な連載だと思う。いずれ、それぞれまとめて、合冊本として出版してみたいという個人的な希望もある。

お二人に加えて、インドネシアをこよなく愛するジャカルタ在住の横山裕一さんが、彼ならではの筆致で「いんどねしあ風土記」を連載している。横山さんの連載を読んでいると、あたかも彼と一緒にインドネシア各地を旅しているかのような錯覚に陥りそうだ。

また、インドネシア在住ではないが、歴史研究家の脇田清之さんは、第二次世界大戦前後のインドネシアに在住していた日本人の記録を丹念に追いかけており、その成果をいくつも「よりどり」のなかで披露していただいている。

2019年12月21日土曜日

久々の新宿中央公園

昨日と今日は、所用で妻と新宿へ。用事を済ませた後、新宿中央公園へ久しぶりに行ってみた。

大学生だった頃はよく来た新宿中央公園だが、それからずっと長い間、訪れることはなかった。昔のイメージとはずいぶんと変わった気がした。

それでも、まだ秋の名残が感じられる景色に彩られていた。


イチョウ以外の木々の葉は、ほとんどがもう落ちていた。ちょうどお昼時で、南側からの陽の光がいい具合にイチョウを照らしていた。

2019年12月18日水曜日

人手不足解消のための技能実習は法律違反

新聞などのメディア紙上で、特定技能外国人が増えないことが取り上げられている。

その原因として、制度が突貫で作られたからとか、送り出し国側の準備が整っていないとか、書類などの手続きが煩雑だから、などなどいろいろな理由が挙げられている。

一つの大きな原因は、特定技能が技能実習の延長線上で考えられていることにある。技能実習で技能を身につけてから、特定技能へ移る、というイメージである。

ところが、特定技能は単純労働も含む、とも言っている。技能実習で技能を身につけた人に単純労働をさせる、ということがありうるのか。それはおかしい。

特定技能が増えないのは、試験などの準備が遅れていることもあるが、日本の企業側が、同じ企業内で技能実習2号(3年間終了)の者が特定技能1号へ移る場合を除き、新たに特定技能を望まないからだと思われる。

特定技能外国人は、業種が同じならば転職が可能、賃金や福利厚生などで日本人と同等以上にしなければならない。

なぜ、企業は特定技能よりも技能実習を選好するのか、といえば、その理由は一つ、技能実習ならば、受け入れた企業から3年間はよそへ動かないからだ。3年間の労働力を確保できるからだ。