3月1~11日のジャカルタ・スラバヤ出張は、今になってみると、ギリギリのタイミングで実行できたのだなあと、つくづく思う。それについては、また別に書くとして。
今回は、無くしものの話。それも、続けざまの無くしものの話。
今回のインドネシア出張中に、出張や移動の際の必需品ともいえるものを無くしてしまった。それは、BOSEのノイズキャンセリングイヤホンだ。
もうかれこれ5年ぐらい愛用していた。
ノイズキャンセリングの良さと音の良さ。購入したときはBOSEなのでちょっと高価だなと思ったが、実際に使ってみると、その性能の良さに大満足だった。
飛行機に乗る際には手放せなかった。備え付けのヘッドフォンはもう使えなかった。まだ有線なので、座席前のUSBポートにコードを差し込み、充電しながら使用できた。東京=ジャカルタ便7時間でも電池切れなし。
音楽を聴き終わって、BOSEを付けたまま寝込んでしまうと、雑音が入らず、気持ちよく睡眠できた。
飛行機の中で寝るときの三種の神器は、アイマスク、口マスク、そしてノイズキャンセリングイヤホン。これで飛行機の中でじっくり休める。
その大事なノイズキャンセリングイヤホンを紛失してしまったのだ。
2020年3月21日土曜日
2020年3月15日日曜日
101年の歴史に幕
3月14日、妻と一緒に、東京都心の小さなメガネ屋さんを訪れた。妻の頼んでいたメガネを取りに行くためだった。この日に必ず行かなければならなかったのだ。
この日が、メガネ屋さんの最後の日だった。
1920年にメガネ卸商として開業し、今年で101年目。店主のおじさんは2代目。80歳代後半となり、病気もあり、体力的に店を続けるのが難しくなったとのこと。
妻の亡き父親が、かつて知人から腕のいいメガネ屋さんとして紹介され、それ以降、妻の家族がずっとお世話になってきた店で、店主のおじさんは、妻のまだ幼い頃からずっと知り合いだった。
私も30年前、一度、ここでメガネを作ったことがある。ずっとよかった視力が落ちて、運転免許証の更新ができるかどうか不安になり、年のためにつくってもらったのだ。
その後、ジャカルタに2年間滞在している間に、あまり仕事をしなかったせいか、視力が回復し、メガネを日常的にかけることはなくなった。
そのまま今に至るが、今は、細かい数字や地図を見るときなどに、このメガネをわずかの時間だけかけることがある。
店主のおじさんのメガネのプロとして歩んだ人生と、彼を支え続けてきた温厚なおばさんの人生を思い、心から「ごくろうさま」の言葉をお二人にかけた。
都心の名もなき小さなメガネ屋が一つ、101年の歴史を閉じた。
店の外の気温は2度。水気を多く含んだ春の雪が降り続いていた。
この日が、メガネ屋さんの最後の日だった。
1920年にメガネ卸商として開業し、今年で101年目。店主のおじさんは2代目。80歳代後半となり、病気もあり、体力的に店を続けるのが難しくなったとのこと。
妻の亡き父親が、かつて知人から腕のいいメガネ屋さんとして紹介され、それ以降、妻の家族がずっとお世話になってきた店で、店主のおじさんは、妻のまだ幼い頃からずっと知り合いだった。
私も30年前、一度、ここでメガネを作ったことがある。ずっとよかった視力が落ちて、運転免許証の更新ができるかどうか不安になり、年のためにつくってもらったのだ。
その後、ジャカルタに2年間滞在している間に、あまり仕事をしなかったせいか、視力が回復し、メガネを日常的にかけることはなくなった。
そのまま今に至るが、今は、細かい数字や地図を見るときなどに、このメガネをわずかの時間だけかけることがある。
店主のおじさんのメガネのプロとして歩んだ人生と、彼を支え続けてきた温厚なおばさんの人生を思い、心から「ごくろうさま」の言葉をお二人にかけた。
都心の名もなき小さなメガネ屋が一つ、101年の歴史を閉じた。
店の外の気温は2度。水気を多く含んだ春の雪が降り続いていた。
2020年3月13日金曜日
庭の桜に一輪の桜花
1ヵ月ぶりのブログ更新、となりました。
記録的な株価暴落を記録したこの日。
我が家の庭の古い桜の木に一輪の花が咲きました。
戦後、妻方の一家が東京に住み始めたときに植えられた木で、もう70年以上経っています。毎年毎年、そろそろ枯れるかと思いつつ、どうやら今年も咲いてくれるようです。
全体でどのぐらい咲くのだろうか。
今年も我が家の庭で、ささやかなお花見ができるといいな。
記録的な株価暴落を記録したこの日。
我が家の庭の古い桜の木に一輪の花が咲きました。
戦後、妻方の一家が東京に住み始めたときに植えられた木で、もう70年以上経っています。毎年毎年、そろそろ枯れるかと思いつつ、どうやら今年も咲いてくれるようです。
全体でどのぐらい咲くのだろうか。
今年も我が家の庭で、ささやかなお花見ができるといいな。
2020年2月13日木曜日
固有名詞でつながる世界をつくるための対話
数日前、個人ツイッター(@daengkm)に次のようなつぶやきを書いた。
もちろん、彼らとやり取りする言葉は違う。彼らがインドネシア語でメッセージをくれればインドネシア語で返し、英語でやりとりすることもあるし、日本語のときもある。
日本人だからより近い友人だとか、インドネシア人だけど近い友人だとか、そういうふうに思えなくなった。いるのは、ただ単に、信頼できる友人、話していて楽しい友人、意見は異なってもその違いを尊重してくれる友人、それだけである。
私たちは、この世に生を受けた場所がたまたまそこだった、親がたまたま国籍や種族がそうだった、ということで、何らかの属性をもって生まれてくる。国家が私たちを生まれさせたのではない。生まれたときの属性のなかに、偶然、たまたま、国家というものがそこにあったに過ぎない。
もちろん、たとえ国家がなかったとしても、人間は生まれるのだ。そして、国家のために生まれたのではない。自分が一人の人間として生きるために生まれたのだ。
日本以外にいる、個人名でお付き合いしている友人・知人は何人いますか。自分は、ずいぶん前に、人数をもう数えられないので、数えるのをやめてしまった。いつの頃からだろうか、友人をどの国の人か、人種は何か、宗教は何か、というような面から見ることができなくなった。インドネシア人だとか、イスラム教徒だとか、ブギス族だとか、そういううふうに見ることができなくなった。
もちろん、彼らとやり取りする言葉は違う。彼らがインドネシア語でメッセージをくれればインドネシア語で返し、英語でやりとりすることもあるし、日本語のときもある。
日本人だからより近い友人だとか、インドネシア人だけど近い友人だとか、そういうふうに思えなくなった。いるのは、ただ単に、信頼できる友人、話していて楽しい友人、意見は異なってもその違いを尊重してくれる友人、それだけである。
私たちは、この世に生を受けた場所がたまたまそこだった、親がたまたま国籍や種族がそうだった、ということで、何らかの属性をもって生まれてくる。国家が私たちを生まれさせたのではない。生まれたときの属性のなかに、偶然、たまたま、国家というものがそこにあったに過ぎない。
もちろん、たとえ国家がなかったとしても、人間は生まれるのだ。そして、国家のために生まれたのではない。自分が一人の人間として生きるために生まれたのだ。
2020年2月11日火曜日
よりどりインドネシア第63号発行、ニセ王国物語など
2020年2月9日、毎月2回発行のウェブ情報マガジン『よりどりインドネシア』の第63号を発行しました。以下のサイトから、その一部を読んでいただけます。
よりどりインドネシア第63号
今号の内容は以下のとおりです。
●インドネシアのニセ王国物語(松井和久)
2020年に入って、インドネシアでは様々なニセ王国が現れ、メディアを賑わせています。どんなニセ王国なのか、その内容を細かく見ていくと、そこに政治的な意図が見えてきました。どうしてニセ王国が現れるのか。既存の王国とニセ王国とを分けるものは何か。それらは本当に分けられているのか。インドネシアにいくつかある王国連合体組織についても、考察してみました。
●ロンボクだより(28):震災の終わり(岡本みどり)
岡本さんの連載は、ロンボク地震から1年半経って、岡本さん自身の思うことを書かれています。震災は終わったのか。その問いをめぐっての思いです。岡本さんの原稿を読みながら、東日本大震災をはじめとする被災地での人々のことが思い浮かんできました。政府やメディアは「終わった」とか「まだだ」と、安易に言い過ぎてはいないだろうか、と改めて思いました。
●パプアのラタパン(哀歌)を追いかける~セプティナ・ロサリナ・ラヤンさんの挑戦~(松井和久)
日刊紙『コンパス』の記事から、パプアの奥地でラタパンと呼ばれる哀歌の収録を進める若者の話を紹介します。ラタパンの持つ複層的な役割は、震災復興の観点からも注目できるのではないかと思いました。 他方、パプアでのラタパンの使われ方が、インドネシアによる抑圧や差別への批判に傾く傾向もあり、パプア奥地の人々によるラタパンの持つ意味が薄められているような印象を持ちます。
上記のような内容を含めました。多くの方にご一読いただければと思います。
よりどりインドネシア第63号
今号の内容は以下のとおりです。
●インドネシアのニセ王国物語(松井和久)
2020年に入って、インドネシアでは様々なニセ王国が現れ、メディアを賑わせています。どんなニセ王国なのか、その内容を細かく見ていくと、そこに政治的な意図が見えてきました。どうしてニセ王国が現れるのか。既存の王国とニセ王国とを分けるものは何か。それらは本当に分けられているのか。インドネシアにいくつかある王国連合体組織についても、考察してみました。
●ロンボクだより(28):震災の終わり(岡本みどり)
岡本さんの連載は、ロンボク地震から1年半経って、岡本さん自身の思うことを書かれています。震災は終わったのか。その問いをめぐっての思いです。岡本さんの原稿を読みながら、東日本大震災をはじめとする被災地での人々のことが思い浮かんできました。政府やメディアは「終わった」とか「まだだ」と、安易に言い過ぎてはいないだろうか、と改めて思いました。
●パプアのラタパン(哀歌)を追いかける~セプティナ・ロサリナ・ラヤンさんの挑戦~(松井和久)
日刊紙『コンパス』の記事から、パプアの奥地でラタパンと呼ばれる哀歌の収録を進める若者の話を紹介します。ラタパンの持つ複層的な役割は、震災復興の観点からも注目できるのではないかと思いました。 他方、パプアでのラタパンの使われ方が、インドネシアによる抑圧や差別への批判に傾く傾向もあり、パプア奥地の人々によるラタパンの持つ意味が薄められているような印象を持ちます。
上記のような内容を含めました。多くの方にご一読いただければと思います。
今回のカバー写真は、中ジャワ州プルバリンガ県で二輪車のマフラーを製造する小企業の社長さんです。
2020年2月3日月曜日
地方に自らの足元を学ぶ場を広げる
大学入試の季節になってきた。大学の数や種類は、圧倒的に東京などの大都市に多い。このため、たくさんの若者が大学受験のために大都市へやってくる。
学びの機会は大学に限らないが、それでも、学びの機会の数は圧倒的に東京などの大都市のほうが多い。就業機会が大都市に多いことは明らかだが、就業に続く学びの機会が大都市に多いことが就業機会の大都市集中の理由でもあり、結果でもあるように思える。
彼らは何を学びに大都市へ向かうのだろうか。それは、普遍的な学問、すなわち、日本中、いや、世界中どこでも通用するユニバーサルな学問を学びに来るのだろう。学問の真理とは、理論や論理の普遍性にあるからである。
地方にも大学はあるが、そこで若者が学ぶものは、大都市で学ぶものと基本的に同じである。すなわち、世界中どこでも通用するユニバーサルな学問である。大都市へ行かずとも、地方の大学でそれを学べるはずである。しかし、若者は大都市へ向かい、地方の大学で学べるのと同じ学問を学ぶ。でも、それは本当だろうか。
地方の大学のプロの研究者ならば、より学問的にレベルの高い場所へ移って、自分の学問に磨きをかけたいと願う。その結果、地方の大学から大都市の大学へ移る。地方の無名大学から大都市の有名大学へ移り、研究者としての他者からの評価を上げていくことになる。
こうした大学を例にした状況をみれば、学ぶということがユニバーサルな学問だけである限りにおいて、学ぶ機会は大都市へ集中し、そこでの様々な相互作用によって、ユニバーサルな学問が進化していく、ということになる。
このことを否定することはできない。新しい理論や学説は、様々な研究者どうしの関わりのなかから生まれ、真理の追求が進められるからである。
では、地方には、学ぶ機会がないのだろうか。地方における知とは、おそらく、世界中のどこでも通用するものではないかもしれないが、その地方では必ずや通用する、というようなものである。たとえば、農耕儀礼などは、その地方の気候や風土と密接に結びついており、違う地方や大都市には当てはまらないものであろう。
そのような、ユニバーサルでない知は、学ぶ価値のないものなのだろうか。
学びの機会は大学に限らないが、それでも、学びの機会の数は圧倒的に東京などの大都市のほうが多い。就業機会が大都市に多いことは明らかだが、就業に続く学びの機会が大都市に多いことが就業機会の大都市集中の理由でもあり、結果でもあるように思える。
彼らは何を学びに大都市へ向かうのだろうか。それは、普遍的な学問、すなわち、日本中、いや、世界中どこでも通用するユニバーサルな学問を学びに来るのだろう。学問の真理とは、理論や論理の普遍性にあるからである。
地方にも大学はあるが、そこで若者が学ぶものは、大都市で学ぶものと基本的に同じである。すなわち、世界中どこでも通用するユニバーサルな学問である。大都市へ行かずとも、地方の大学でそれを学べるはずである。しかし、若者は大都市へ向かい、地方の大学で学べるのと同じ学問を学ぶ。でも、それは本当だろうか。
地方の大学のプロの研究者ならば、より学問的にレベルの高い場所へ移って、自分の学問に磨きをかけたいと願う。その結果、地方の大学から大都市の大学へ移る。地方の無名大学から大都市の有名大学へ移り、研究者としての他者からの評価を上げていくことになる。
こうした大学を例にした状況をみれば、学ぶということがユニバーサルな学問だけである限りにおいて、学ぶ機会は大都市へ集中し、そこでの様々な相互作用によって、ユニバーサルな学問が進化していく、ということになる。
このことを否定することはできない。新しい理論や学説は、様々な研究者どうしの関わりのなかから生まれ、真理の追求が進められるからである。
では、地方には、学ぶ機会がないのだろうか。地方における知とは、おそらく、世界中のどこでも通用するものではないかもしれないが、その地方では必ずや通用する、というようなものである。たとえば、農耕儀礼などは、その地方の気候や風土と密接に結びついており、違う地方や大都市には当てはまらないものであろう。
そのような、ユニバーサルでない知は、学ぶ価値のないものなのだろうか。
2020年1月31日金曜日
梅の咲き始め
数日前、妻と一緒に、東京の自宅からちょっと離れたところにある、子安天満宮菅原神社の前を通ったら、赤梅と白梅が咲き始めていた。
子安天満宮菅原神社は、名前のとおり、菅原道真公を祀る神社で、室町時代に巣鴨の保坂徳右衛門が屋敷神として邸内東の台地に勧請したとされる。江戸時代には、巣鴨・真性寺が別当となり、天神山と呼ばれていたらしい。
天神さまということで、合格祈願などが行われていそうなのだが、よくあるような絵馬などは見られない。社殿は閉められており、社殿入口の穴からお賽銭を入れるようになっている。
いつ来ても人のいない、静かな境内で、しばし祈る。
境内には、ゆずと思しき柑橘類がたくさん実っていた。
春はもうすぐ。1月が終わる。
子安天満宮菅原神社は、名前のとおり、菅原道真公を祀る神社で、室町時代に巣鴨の保坂徳右衛門が屋敷神として邸内東の台地に勧請したとされる。江戸時代には、巣鴨・真性寺が別当となり、天神山と呼ばれていたらしい。
天神さまということで、合格祈願などが行われていそうなのだが、よくあるような絵馬などは見られない。社殿は閉められており、社殿入口の穴からお賽銭を入れるようになっている。
いつ来ても人のいない、静かな境内で、しばし祈る。
境内には、ゆずと思しき柑橘類がたくさん実っていた。
春はもうすぐ。1月が終わる。
2020年1月27日月曜日
歳を一つ重ね、父の早期退職の歳を思い出す
1月26日、歳を一つ重ねた。亡き父が定年2年前に早期退職したときの歳と同じ歳になった。
あのとき、父はなぜ早期退職を決意したか。それは私が大学を卒業し、就職するからだった。区切りが一つ付いた、と言った。
定年まで辞めなければ、県内のある組織の会長になっていたことだろう。でも、父は、そうした会長という職務に名誉や価値を感じていなかった。面倒くさい、と言った。
第二の人生を送りたい、とも言っていた。その頃の父は、中国やタイからの留学生の世話をし始めていた。退職後は、そうしたささやかな国際交流をしたいと願っていた。
その時から亡くなるまで、約25年間、留学生などと触れ合い、元気だった頃は、年に1回程度、友人たちと海外へ旅行に出かけていた。とても楽しそうだった。
そんな父が、人生における一つの区切りをつけた歳に、私も届いた。
退職という意味では、父の歳よりずっと前、今から12年前に私は自分で早期退職した。そこで自分なりの区切りをつけた。
自分のやりたいことの、第二のステップへ向かうために。
でも、この12年は、決して順風満帆ではなかった。ときには、自分なりの区切りをつけたことを後悔もした。生き方が下手だと自分を責めさえした。
父が早期退職した歳と同じ歳になった自分は、今でも現在進行形のままだ。自分の判断や生き方が正しいのか、適切なのかも確証を持てないまま、もがき続けながら、前へ進もうとする毎日を送っている。
他人とは比べない。もう比べられない。自分の道を歩むしかない。
父よ、私はまだ終わらない。前へ進む。やるべきことはまだまだたくさんある。まだまだ心細いかもしれない私だが、どうか、ほほえみながら見守っていて欲しい。
あのとき、父はなぜ早期退職を決意したか。それは私が大学を卒業し、就職するからだった。区切りが一つ付いた、と言った。
定年まで辞めなければ、県内のある組織の会長になっていたことだろう。でも、父は、そうした会長という職務に名誉や価値を感じていなかった。面倒くさい、と言った。
第二の人生を送りたい、とも言っていた。その頃の父は、中国やタイからの留学生の世話をし始めていた。退職後は、そうしたささやかな国際交流をしたいと願っていた。
その時から亡くなるまで、約25年間、留学生などと触れ合い、元気だった頃は、年に1回程度、友人たちと海外へ旅行に出かけていた。とても楽しそうだった。
そんな父が、人生における一つの区切りをつけた歳に、私も届いた。
退職という意味では、父の歳よりずっと前、今から12年前に私は自分で早期退職した。そこで自分なりの区切りをつけた。
自分のやりたいことの、第二のステップへ向かうために。
でも、この12年は、決して順風満帆ではなかった。ときには、自分なりの区切りをつけたことを後悔もした。生き方が下手だと自分を責めさえした。
父が早期退職した歳と同じ歳になった自分は、今でも現在進行形のままだ。自分の判断や生き方が正しいのか、適切なのかも確証を持てないまま、もがき続けながら、前へ進もうとする毎日を送っている。
他人とは比べない。もう比べられない。自分の道を歩むしかない。
父よ、私はまだ終わらない。前へ進む。やるべきことはまだまだたくさんある。まだまだ心細いかもしれない私だが、どうか、ほほえみながら見守っていて欲しい。
2020年1月25日土曜日
よりどりインドネシア第62号を発行しました
よりどりインドネシア第62号を発行しました。今号の内容は以下のとおりです。
●イスラム指導者による新疆ウイグル自治区訪問の意味(松井和久)
2019年2月、インドネシアのイスラム指導者らが中国の招待を受けて新疆ウイグル自治区を訪問しました。帰国後、中国の対イスラム政策への彼らの見方はどのように変化したのでしょうか。
●ウォノソボライフ(25):レンゲル舞踊 〜その変化と継承の現場〜(神道有子)
神道さんの好評連載は、ウォノソボが中心のレンゲル舞踊を取り上げます。レンゲル舞踊が歴史的にどう変わり、それがどのように継承されていくのか。とても興味深い内容です。
●いんどねしあ風土記(10):「忘れてはならない」20年越しの真実を求める草根の叫び〜西ジャワ州デポック~(横山裕一)
横山さんの連載は、20年前に行方不明となった活動家とその真相究明を求める息子のドキュメンタリー映画への思いを綴った内容です。忘れてはならないことがインドネシアには多すぎます。
下記のサイトより、読者登録のうえ、ご購読申込いただけます。なお、申し込まれた月はお試し期間として無料となります。
https://yoridori-indonesia.publishers.fm/issue/4772/
また、PDF版をご希望の方は、メールにて、下記のアドレスまでご連絡ください。
matsui@matsui-glocal.com
他では読むことのできない、いくつものインドネシアをお伝えしてまいります。ぜひ、ご購読のほど、よろしくお願いいたします。
●イスラム指導者による新疆ウイグル自治区訪問の意味(松井和久)
2019年2月、インドネシアのイスラム指導者らが中国の招待を受けて新疆ウイグル自治区を訪問しました。帰国後、中国の対イスラム政策への彼らの見方はどのように変化したのでしょうか。
●ウォノソボライフ(25):レンゲル舞踊 〜その変化と継承の現場〜(神道有子)
神道さんの好評連載は、ウォノソボが中心のレンゲル舞踊を取り上げます。レンゲル舞踊が歴史的にどう変わり、それがどのように継承されていくのか。とても興味深い内容です。
●いんどねしあ風土記(10):「忘れてはならない」20年越しの真実を求める草根の叫び〜西ジャワ州デポック~(横山裕一)
横山さんの連載は、20年前に行方不明となった活動家とその真相究明を求める息子のドキュメンタリー映画への思いを綴った内容です。忘れてはならないことがインドネシアには多すぎます。
下記のサイトより、読者登録のうえ、ご購読申込いただけます。なお、申し込まれた月はお試し期間として無料となります。
https://yoridori-indonesia.publishers.fm/issue/4772/
また、PDF版をご希望の方は、メールにて、下記のアドレスまでご連絡ください。
matsui@matsui-glocal.com
他では読むことのできない、いくつものインドネシアをお伝えしてまいります。ぜひ、ご購読のほど、よろしくお願いいたします。
2020年1月20日月曜日
前言撤回、個人ツイッター継続します
1月6日に「個人ツイッター、止める」宣言をしましたが、撤回します。
自分が救われる言葉、前向きになれるつぶやきが、まだまだ溢れていました。
他人に読んでもらうことを期待せず、自分の気持ちを短く、吐き出せる媒体がないと、悶々としてしまい、けっこう苦しいことも実感しました。
たとえ実際に面識はなくとも、未来に対して、まだ前向きに動こうとされている方々と関わっていきたいという願いも、かえって強くなりました。
意味のない誹謗・中傷は、努めて見ないようにします。
結果的に、嘘をついてしまいました。ごめんなさい。
自分が救われる言葉、前向きになれるつぶやきが、まだまだ溢れていました。
他人に読んでもらうことを期待せず、自分の気持ちを短く、吐き出せる媒体がないと、悶々としてしまい、けっこう苦しいことも実感しました。
たとえ実際に面識はなくとも、未来に対して、まだ前向きに動こうとされている方々と関わっていきたいという願いも、かえって強くなりました。
意味のない誹謗・中傷は、努めて見ないようにします。
結果的に、嘘をついてしまいました。ごめんなさい。
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