2021年4月9日金曜日

なぜ今回、森を守ろうと動く若者について書いたか

ここ数日間は、毎度のごとく、情報ウェブマガジン『よりどりインドネシア』の編集・発行とそれへの自分の原稿執筆で時間を費やしていた。それでブログの更新が遅れてしまった。

今回で91号。毎月2本発行しているが、発刊以来、1度も欠号を出していない。今年中に記念すべき第100号を迎えるのかと思うと、ちょっとワクワクする。『よりどり』で知り合った執筆者の皆さんたちがまたいい人たちで、いつの間にか、執筆者どうしでSNSグループをつくり、何かというと楽しそうにああだこうだと仲良くやっているのがとても良い。

そんな執筆者に加わる仲間をずっと募集中だ。インドネシアについて、何か書いてみたい方、いつでもご相談いただければうれしい。よほど常軌を外れた内容でないかぎり、ほぼそのまま掲載している。短い原稿もあるし、長い原稿もある。それぞれに趣があり、玉石混交なのが『よりどり』たるところと思っている。

私自身は、これまで、内容的なバランスを考え、インドネシアでホットな話題となっている政治経済・時事ネタを中心に取り上げ、現在進行形のまま、完結せぬまま、執筆してきた。そして必ず、単なる情報提供、時事解説にならないように、必ず私なりの分析視点や情報を入れて来たつもりである。

ただ、最新号の第91号では、敢えて時事ものではなく、カリマンタンで森林火災の消火活動と慣習法社会の復興を目指す若者に焦点を当てた。こうした若者の存在に、これからのインドネシアへの希望をみるからである。

私自身、これまで、インドネシアの各地を歩き、その地方地方で多くの若者たちに出会ってきた。彼らの希望と苦悩、意欲と諦め、現実への不満と体制への従順など、「インドネシアの若者は・・・」などと簡単に一括にできない姿をそのまま受け止めようとしてきた。

実は、今回取り上げたスマルニ・ラマンさんとは面識はない。彼女について書かれたいくつかの記事を踏まえて書いた。そして書きながら、本人に会いたい、中カリマンタン州の彼女の現場で会いたいと思い始めた。

彼らの強さは、現場を踏まえていることにある。自分たちの生活環境が脅かされる日々。気をつけないと自分の家に火が延焼してくる危険を常に感じる生活。誰かが対処してくれるのを待つ余裕はない。そして、消火や防火をしながら、なぜこのような事態がここで起こっているのか、自分のこれまでの人生や家族・祖先などからの教えの中からその根本原因を探ろうとする。都会の高名な権威ある専門家から教わったのではない、自分自身で考えて考えて編み出そうとしてきた思考の継続をもとにして動いている。

本当に、彼らにとってはまさしく自分事なのである。

環境破壊が進んでいったら、自分たちが自分たちでなくなる。ダヤックでなくなる。ダヤック族というのは、身体的なものだけでなく、彼らの生活空間や歴史的に続く精神認識や自然環境を含めて形成されるものだからである。自分たちのいちばん大切なものが消されていく・・・。その感覚は、私の含む外部者がどれだけ彼らに共感や同情を寄せても、理解できるものではないと思う。

そして、理解できないから、外部者が外部者の利益のために、地元の人々の生活空間を破壊していく。そこには、土地に染み込んだ人間と自然の記憶への想像力などありえない。

我々が遠くの安心できる場所から「地球環境を守れ」と唱えるのと、生活を破壊された彼らが訴えるのとはその深さは大きく異なる。しかし、スマルニ・ラマンさんたちの生活空間が壊されることと地球環境を守ることとはつながっている。

我々は、スマルニ・ラマンさんの居るところから遠くにいるから安全なのではない。彼女らの生活が破壊されることは、地球環境が破壊される無数の事象の一コマなのである。それに我々が気づかないとしたら、それは、「福島から270キロ離れているから東京は安全だ」と演説した愚か者の感覚と大差ないのかもしれない。

インドネシアの若者、とくに地方の若者の環境問題への感度は、我々が思うよりもはるかに高いと思う。それは日夜、自分たちの生活が脅かされているからだ。他方、インドネシアの現政権は、国民をもっと豊かにするための開発を優先し、インフラ整備や食糧増産を主とし、それに大きな影響を与えない範囲で環境を守る姿勢を見せている。

インドネシアの環境問題、とくに熱帯林保全や海洋保全は、グローバルな環境問題と直結している。目の前の泥炭林火災は、そのローカルだけの問題ではなく、膨大なCO2排出などを通じて、地球環境に影響を与えていく。ローカルの問題がグローバルと直結している、まさにグローカルの視点で見なければならないのである。

だからこそ、現場で環境問題と闘うインドネシアの若者たちの存在を我々が知ることが大事だ。そう思って、今回の原稿を書いた。これからも、そうした若者たちの姿を追っていく。そして、ローカルで彼らが孤軍奮闘しているのではなく、たくさんのグローバルな世界での個人がその活動を見守り、応援していることを示したい。

いうならば、スマルニ・ラマンさんらは、我々の代わりに環境問題と闘っている、とでもいえるか。そして、我々も、彼らの代わりに、各々の現場で各々のレベルの環境問題と闘っているといいたい。

地方の現場で環境問題と闘うスマルニ・ラマンさんらとどこかで知り合い、彼らの活動を適切に支えられる人の輪を創っていきたい。そして、様々な「スマルニ・ラマンさん」を見つけ出し、彼らを外部へ紹介し、彼らを見守り、連帯する仲間を増やしていきたい。

ローカルとグローバルが直結するグローカルな問題としての地球環境問題。自分の生活空間を守るためではあっても、結果的に、熱帯雨林や珊瑚礁の海を我々の代わりに守ってくれるローカルの人々を我々が支えられる仕組みをみんなで一緒に創っていきたい。

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