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2017年6月29日木曜日

コンサルタントと名乗ることについて

自分がなりたいのは、ローカルの足元の生活から物事を発想し、ローカルが他のローカルとつながりながら、新しいモノやコトが創り出されるための黒子、です。

でも、法人クレジットカードの申込や銀行での法人口座開設で、それを職業や職種で一言で何というか、と問われると、どう言っていいのか分からなくなります。「その他」というのが該当するのでしょうが、それだとさらに具体的な説明を求められて、面倒になります。

それで、「コンサルタント」と名乗ることにしています。でも、世の中のいわゆる正統なコンサルタントとはちょっと違うような気がしています。

一般に、コンサルタントは、顧客(クライアント)からの相談を受けて、助言や解決策を教え、その対価をもらう仕事と考えられます。ですから、顧客の意向がどのような理不尽なものであっても、それに合わせる必要が出てきます。

これまでのいくつかの経験で、そのような振る舞いが必要な場面があるということを十分に学びました。契約書や仕様書に書かれていなくとも、顧客から指示されたことは、断ってはならないし、顧客の気分を害するような態度を決して示してはならない、ということを。なぜなら、そんなことをして顧客から仕事がもらえなくなったら大変だから。

それに見合う見返り収入が十分にあるのならば、それはそれと割り切って、ニコニコしながら、うまく対応するのも大人の対応なのだろうな、と思います。まだ、収入が不安定な時には、そうした収入がやはり必要だと実感します。

でも、できることならば、そのような仕事だけをする人生など送りたくありません。私がやりたいことは、教えないコンサルティング。顧客に教えるのではなく、顧客が自分で気づき、自分で問題を解決するために動く、そのように促すやり方です。

数日前の記事で、東京から東北へやってくるコンサルタントに関する記事が載っていました。曰く、復興や地方創生で困っている自治体などへ、そうしたコンサルタントが乗り込んでいって自分のアイディアを売り込む。東京から来たコンサルタントさんだからといって自治体側もなぜか期待して、多額の報酬を支払ってしまう。その実、後から振り返ると、何が自治体にとって役に立ったのか分からない、といった話でした。

コンサルタントと名乗ると、そんな輩と一緒にされてしまうのだろうか、なんて思ったりもします。ちょっとこわいです。

しかしこの構図、実はインドネシアでさんざん見てきた構図と全く同じなのです。そして、ある意味、自分もそうした外部専門家の立場にいたこともあるわけです。そんな立場の自分なのに、「よそ者に騙されるな(私もよそ者だけどね)」とインドネシアの村人たちに言い続けていた自分は、やっぱり他のコンサルタントさんから見ると、異様だったのだなと今にしてよくわかります。

インドネシアでは外国援助。日本では復興や地方創生という名の補助金。これらに頼った仕事しかしないコンサルタントならば、やはり顧客であるそれらの資金元の意向に沿わざるを得ないのは当然です。

でも、それらのコンサルタントの仕事をいちいち業績評価しているのかどうか。評価しているとしても、誰がどのように評価し、その結果を受入側へも含めて公開しているのかどうか。事業を作れば予算が増えるという仕事のしかたならば、自分の予算でやった仕事が無駄だった、国民の皆さんごめんなさい、とは言いにくいし、別の形でうまく言っているように見せるのだろうな、と思ってしまいます。

私が福島で起業した理由の一つは、東京のコンサルタントにならないためです。親切な地元の方々は、客人の意向にできるだけ合わせてくれます。客人が教えることにも分かったふりをしてくれます。でも、事業が終わると、客人が机上で描いたようには変わりません。事業を金づると思っている客人にとっては、次の事業が取れればいいのです。

そんなコンサルタントと一緒にされたくはありません。でも、収入を安定させるためには、お面を被って、外国援助や補助金の仕事もします。その仕事の過程で得るものはゼロではないし、次の自分オリジナルの仕事につながる部分もあるからです。

自分にしかできないコンサルティングがある、と確信しています。あえて教えないコンサルティング。学び合いを促して自分も学ぶコンサルティング。「後は自分でやれるからもういいよ」と顧客から言われることを常に覚悟しているコンサルティング。「何でもいいから何か仕事をください」と言いまくらないコンサルティング。

まずは、顧客とどこまで真の信頼関係を築けるか。一歩一歩、進んでいきたいと思います。

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