3月7~16日はインドネシアへ出張していました。
色々とバタバタしていたため、ブログの更新ができない状況でした。そのときの様子も、適宜バック・デイトしながら、少しずつ、ブログを更新していきます。
インドネシアから帰国後、すぐに宮城県塩釜へ行き、その後、福島で長時間の打合せとビジネスセミナーに出て、終電1本前の新幹線で東京の自宅へ戻ったので、3月19日の午前中はしばしゆっくり休もう、と思っていたら・・・。
携帯のSNSにインドネシア人の友人から「今日、午前10時に池袋で面会って約束したよね?」というメッセージ。あれ、21日夜の約束じゃなかったの?、と返したら、19日午前と21日夜の2回会うという約束だったはず、との返事。
二度寝して起きたのが午前9時半。まずい、と思って、「10時半に行くから」と返事をし、慌てて、池袋へ向かいました。
池袋に着くと、友人は、20人ぐらいの中学生を連れてきていました。マカッサルのボソワ国際中学校に通う中学生たちで、日本への研修旅行2日目でした。
サンシャインのポケモンセンターの前で、私から軽くあいさつした後、彼らはポケモンセンターのなかへ消えていきました。その後は、しばし、友人と引率の中学校の先生と懇談。熱の出た子がいたので、薬局へ熱さまシートを買いに行きました。
しばらくして、おそろいのポケモンの袋とともに、嬉しそうに出てきた中学生たち。アニメのことをもっと知りたい、という子が多いようでした。
サンシャインの前で記念写真を撮った後、次の目的地へ向かう彼らとお別れしました。
そして、私は、午後の用事へと向かいました。
2019年3月20日水曜日
2019年3月11日月曜日
あたりまえであることが奇跡。8年目。
毎年、3月11日がやってくる。そして、今年もこの日を迎えた。
人生が、あの日を機に、大きく変わった。そして、変わり続けている。
あたりまえのことが、一瞬にして消える、という経験。
大切なものは、いつ何時、消えてしまうかもしれないという気持ち。
明日はないかもしれない、と思いながら、
瞬間瞬間を、懸命に生きていこうと誓った
何も高望みはしない、ただただ、存在していてほしい。ほしかった。
そう願った。
でも、そんなことさえ、
日常が続くなかで、忘れてしまいそうな自分。
忘れてしまいそうな自分にさえも、気がつかない日々。
喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。
成功、失敗。歓喜、失意。
その日々のあたりまえのひとつひとつが、大切だと気づきなおせる日。
生きること、生きていることに謙虚になる日。
3月11日。
あたりまえであることが奇跡。
生きていることが奇跡。
あの日が最期となられた方々のことを思い、
人生が、あの日を機に、大きく変わった。そして、変わり続けている。
あたりまえのことが、一瞬にして消える、という経験。
大切なものは、いつ何時、消えてしまうかもしれないという気持ち。
明日はないかもしれない、と思いながら、
瞬間瞬間を、懸命に生きていこうと誓った
何も高望みはしない、ただただ、存在していてほしい。ほしかった。
そう願った。
でも、そんなことさえ、
日常が続くなかで、忘れてしまいそうな自分。
忘れてしまいそうな自分にさえも、気がつかない日々。
喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。
成功、失敗。歓喜、失意。
その日々のあたりまえのひとつひとつが、大切だと気づきなおせる日。
生きること、生きていることに謙虚になる日。
3月11日。
あたりまえであることが奇跡。
生きていることが奇跡。
あの日が最期となられた方々のことを思い、
もっともっと深く生きていく。
あたりまえを生きる。奇跡を生きる。
深く生きる。
ただ、それだけ。それが、重い。
2019年3月3日日曜日
友人の1年近く前の死を今日初めて知った
インドネシア人の友人A氏がカナダの大学で博士号を取得しました。彼はとても嬉しくて、これまでお世話になった友人・知人・恩人にお礼のメッセージを送っていました。
彼とは2001年に初めて会いました。マカッサルで同世代の若者たちと一緒に、小さな図書館を作るなどの社会活動を行っていました。私ともかかわりの深い、後のマカッサルのイニンナワ・コミュニティにつながる、ささやかな活動をしていました。
そんな彼と彼の仲間たちと一緒に行動するきっかけは、2002~2003年に彼らと一緒に、南スラウェシ州の村で、日本の学生とインドネシアの学生とがともにフィールドワークを行うプログラムを実施したことでした。
このプログラムは、日イの学生が1週間程度村に入って、村の方々のお宅にホームステイしながら、村の方々と対話するなかでそこでの生活から様々なことを学びます。
当初、学生は「村の問題をどう解決するか」「村をどう発展させるか」を考えようとするのですが、現場での学びのなかから、村の方々が気づかないような村の生活の価値や良さを見い出します。そして、村での生活の最後に、彼らが学んだ事を村の方々に分かるような方法(寸劇など)で発表し、村での活動への協力に感謝を表します。
このプログラムを通じて、フィールドでの行動を共にした学生たちは真の友人となり、各方面で活躍する現在も、強いネットワークで結ばれています。
このプログラムの日本側オフィサーだったのがSさんで、今回、A氏は彼女にもお礼をしたくて、コンタクトをしようとしてきました。
ところが、連絡しても一向に反応がないというのです。Sさんのフェイスブックページは、昨年4月以降、更新されていないということでした。
A氏に頼まれ、関係者に訊ねていたところ、今朝になって、Sさんが昨年4月に、アフリカで亡くなられていたという情報を、プログラム参加者の一人だった友人から知らされました。その友人は、Sさんが亡くなる前日、夕食を共にしていたということでした。
Sさんは、上記のフィールドワーク・プログラムの仕事の後、長い闘病生活に入りました。同プログラムに関わった友人・知人たちは、Sさんに生きてほしい、生き延びてほしい、とずっと願い続けました。そして、幸運にも、Sさんは病に打ち勝ち、仕事に復帰しました。
復帰後は、英国の大学院で学んだ後、アフリカにわたり、国際協力活動により一層取り組んでいる様子でした。
1年近くもSさんが亡くなったことを知らずにいた自分を恥じました。
フィールドワーク・プログラムを一緒に手掛けた15年ほど前、インドネシアの村の現場で、これからの学生たち・若者たちが造っていく未来を共に語り合ったのを思い出します。そして、Sさんの存在がマカッサルの若者たちの活動を後押しし、イニンナワ・コミュニティに結実していくさまを、私はずっと見てきたのでした。
明日は何が起こるか分からない。だから今を懸命に生きるしかない。
Sさんと語り合った、目指すべき未来を、プログラムに関わった友人・知人とともに造り続けていくことを、改めて心に誓いました。
Sさん、もうずいぶんと時間が経ってしまいましたが、どうぞ安らかにお休みください。そして、ずっと見守っていてください。
福寿草がたくさん咲く季節になりました。
彼とは2001年に初めて会いました。マカッサルで同世代の若者たちと一緒に、小さな図書館を作るなどの社会活動を行っていました。私ともかかわりの深い、後のマカッサルのイニンナワ・コミュニティにつながる、ささやかな活動をしていました。
そんな彼と彼の仲間たちと一緒に行動するきっかけは、2002~2003年に彼らと一緒に、南スラウェシ州の村で、日本の学生とインドネシアの学生とがともにフィールドワークを行うプログラムを実施したことでした。
このプログラムは、日イの学生が1週間程度村に入って、村の方々のお宅にホームステイしながら、村の方々と対話するなかでそこでの生活から様々なことを学びます。
当初、学生は「村の問題をどう解決するか」「村をどう発展させるか」を考えようとするのですが、現場での学びのなかから、村の方々が気づかないような村の生活の価値や良さを見い出します。そして、村での生活の最後に、彼らが学んだ事を村の方々に分かるような方法(寸劇など)で発表し、村での活動への協力に感謝を表します。
このプログラムを通じて、フィールドでの行動を共にした学生たちは真の友人となり、各方面で活躍する現在も、強いネットワークで結ばれています。
このプログラムの日本側オフィサーだったのがSさんで、今回、A氏は彼女にもお礼をしたくて、コンタクトをしようとしてきました。
ところが、連絡しても一向に反応がないというのです。Sさんのフェイスブックページは、昨年4月以降、更新されていないということでした。
A氏に頼まれ、関係者に訊ねていたところ、今朝になって、Sさんが昨年4月に、アフリカで亡くなられていたという情報を、プログラム参加者の一人だった友人から知らされました。その友人は、Sさんが亡くなる前日、夕食を共にしていたということでした。
Sさんは、上記のフィールドワーク・プログラムの仕事の後、長い闘病生活に入りました。同プログラムに関わった友人・知人たちは、Sさんに生きてほしい、生き延びてほしい、とずっと願い続けました。そして、幸運にも、Sさんは病に打ち勝ち、仕事に復帰しました。
復帰後は、英国の大学院で学んだ後、アフリカにわたり、国際協力活動により一層取り組んでいる様子でした。
1年近くもSさんが亡くなったことを知らずにいた自分を恥じました。
フィールドワーク・プログラムを一緒に手掛けた15年ほど前、インドネシアの村の現場で、これからの学生たち・若者たちが造っていく未来を共に語り合ったのを思い出します。そして、Sさんの存在がマカッサルの若者たちの活動を後押しし、イニンナワ・コミュニティに結実していくさまを、私はずっと見てきたのでした。
明日は何が起こるか分からない。だから今を懸命に生きるしかない。
Sさんと語り合った、目指すべき未来を、プログラムに関わった友人・知人とともに造り続けていくことを、改めて心に誓いました。
Sさん、もうずいぶんと時間が経ってしまいましたが、どうぞ安らかにお休みください。そして、ずっと見守っていてください。
福寿草がたくさん咲く季節になりました。
2019年3月2日土曜日
書くことで救われるのかもしれない
2月後半は、ちょっと悶々とした日々を送ってしまい、このブログもすらすらと書けない状況になってしまっていました。
いつも前向きにいきたいと思おうと振る舞っている自分と、その裏で色々ともがいている自分とがいて、表裏のスイッチとバランスが取れなくなりそう気分でした。
あまりにも嘘の多すぎる世の中に対する怒り。本心からかどうかは分からないが、権力や権威に服従しする人々。自分を守るためには、他人を攻撃することも嘘を作り出して広めることも厭わない、自分の地位や名誉や社会的評価を守ろうとしている人々の存在。
保身に走ったり、嘘をついたり、諦めたりすることが成熟する、大人になるということなのか。
それは、本気で人生を生きているということなのか。
青い、でしょうか。ならば、青い、でけっこう。
未熟、でしょうか。ならば、未熟、でけっこう。
世の中を変える、なんて大それたことは言いません。他人に同意や同調を求めたりもしません。
でも、成熟や保身や嘘に安住しない人々が、行動を起こすことで、自ずと、何かが変わっていく。
事実や真実さえも、
嘘で、嘘の連続で、
誰かのために、ではなく、
自分のために、変えてしまおうとする人々。
自分のために、嘘で世の中を変えようとする人々に、
自分は、青く、未熟なまま、
抵抗していきたい。
一人の独立した個人として。
このブログは、誰かたくさんの人々に読んでもらうために書くのではなく、自分のために書いていく、ということもしていきます。
自分のために書いたものは、あえて、フェイスブックやツイッターで拡散はしません。
書くことで救われるのかもしれない。
自分が本当の自分を持ち続けるために。
いつも前向きにいきたいと思おうと振る舞っている自分と、その裏で色々ともがいている自分とがいて、表裏のスイッチとバランスが取れなくなりそう気分でした。
あまりにも嘘の多すぎる世の中に対する怒り。本心からかどうかは分からないが、権力や権威に服従しする人々。自分を守るためには、他人を攻撃することも嘘を作り出して広めることも厭わない、自分の地位や名誉や社会的評価を守ろうとしている人々の存在。
保身に走ったり、嘘をついたり、諦めたりすることが成熟する、大人になるということなのか。
それは、本気で人生を生きているということなのか。
青い、でしょうか。ならば、青い、でけっこう。
未熟、でしょうか。ならば、未熟、でけっこう。
世の中を変える、なんて大それたことは言いません。他人に同意や同調を求めたりもしません。
でも、成熟や保身や嘘に安住しない人々が、行動を起こすことで、自ずと、何かが変わっていく。
事実や真実さえも、
嘘で、嘘の連続で、
誰かのために、ではなく、
自分のために、変えてしまおうとする人々。
自分のために、嘘で世の中を変えようとする人々に、
自分は、青く、未熟なまま、
抵抗していきたい。
一人の独立した個人として。
このブログは、誰かたくさんの人々に読んでもらうために書くのではなく、自分のために書いていく、ということもしていきます。
自分のために書いたものは、あえて、フェイスブックやツイッターで拡散はしません。
書くことで救われるのかもしれない。
自分が本当の自分を持ち続けるために。
2019年2月21日木曜日
外国人技能実習関連講習を受講しました
2月12~15日の4日間、福島市で外国人技能実習制度関係者養成講習を受講しました。
今回の講習は4種類。敢えてすべてを受講しました。すなわち、監理団体向けの技能実習監理責任者等講習、技能実習生の受入企業向けの技能実習責任者講習・技能実習指導者講習・生活指導者講習の4種類です。
これらは法令講習で、2020年4月から、技能実習に関わる監理団体の監理責任者・外部役員・外部監査役と、受入企業の技能実習責任者は、講習受講が義務化されるということです。また、技能実習指導者と生活指導者は各事業所(工場など)ごとに配置されますが、この講習を受けていると、優良技能実習実施者として、加点評価になります。
これらの講習は3年間有効で、3年毎に更新する必要があります。
敢えて4種類の講習をすべて受けたことで、技能実習の関係者に対して講習でどのような内容が教えられているか、実際に監理責任者、技能実習責任者、技能実習指導者、生活指導者となる方々はどのような方々なのか、技能実習の現場では何が問題となっているのか、などを知ることができました。
講習を通じて分かったのは、2017年11月に施行された技能実習法は、もしそれをきちんと遵守するとなると、本当は、実に厳しい法律であるということです。
監理団体や技能実習実施者(受入企業)が守るべき内容は、ほぼすべてが法律の条文によって定められています。たとえば、監理団体が定期監査などで受入企業において賃金未払いや残業代の計算間違いなどの不正を発見した場合、法律の条文によると、監理団体はその是正を指導するとともに、労働基準監督署へ通報しなければならないと定められています。
すなわち、監理団体は不正に対して指導するだけでなく、その不正の存在を通報しなければ、法律違反になる、ということです。その内容にも依りますが、法律違反となると、監理団体の認可取り消しになりえます。
技能実習計画と違う実習を行ったことを表沙汰にしたくない場合、どう処理するでしょうか。
まず、監理団体が計画と異なる実習を行っていることを知りながらそれを通報しないと罰せられます。次に、技能実習日誌に実際に行った実習の内容を記載すると、計画とは違うことが明らかになり、罰せられます。あるいは、日誌の内容を計画通りに行ったと記載した場合、嘘の記載をしたことになり、罰せられます。
つまり、どう転んでも、バレたら必ず罰せられる、というわけです。
実際にはどうでしょうか。監理団体と受入企業とが共謀して、不正がバレないように隠蔽することが多いのではないかと想像します。監理団体は、実習生1人当りいくらという形で受入企業から監理費を支払われています。いってみれば、顧客である受入企業に対して、監理団体が厳しく処することは相当に難しいはずです。
政府は、今回の技能実習法を通じて、悪徳監理団体や不良受入企業を技能実習から排除することを目的としていたとも考えられます。基本的に、監理団体や受入企業を信用していないからこそ、このような厳しい法律によって監督しようとしたのだと思われます。
こうして、私自身は今回、技能実習制度について講義できるぐらいになりたいと思って受講しました。そのレベルに達したかどうかは不明ですが、技能実習法を遵守するだけでも、ネガティブ・イメージが蔓延する技能実習は相当に適正化するのではないか、と感じました。
政府は、今年4月から新しい在留資格「特定技能」を創設し、技能実習とは別の労働力としての外国人材を受け入れられるよう、入管法を改正しました。
その中身についてはまだまだ不明点が多いのですが、技能実習を3年終えた実習生の相当部分が「特定技能」1号へ移行することが予想されます。「特定技能」には監理団体は関われませんが、外国人材のリクルート・サポートを行う登録支援機関ができます(新設の出入国在留管理庁の認可が必要)。この登録支援機関が正しく機能できるかどうかが重要になってくると思われます。
以前、下記のブログにも書きましたが、技能実習を本来の意味での技能実習へ正していく必要があると考えています。
インドネシア人技能実習生の活用に関するコンサルティングを行います
インドネシアの地域産業人材需要を知り、どのような人材が必要かを考え、それにマッチングできる日本の地域産業の状況を意識したうえで、インドネシアの地方政府の認知の下に技能実習生を日本で受け入れる。実習を終了しインドネシアへ帰国した後、彼らがどのように地域で貢献していくかをずっとフォローする。私自身は、これらを一貫して行なうことが可能です。
併せて、実習生を受け入れた日本の地域産業・企業が今後どのように地域経済振興・地域再生に関わっていけるのか、そうした外国人材を地域づくりのための戦力として生かしていけるかどうか、といったことにも関わることが可能です。
外国人材を地域づくりの戦力に
インドネシア人の技能実習を行っている監理団体や受入企業などで上記のような助言を行うアドバイザーの必要な団体、外部役員や外部監査役が必要な監理団体などございましたら、matsui@matsui-glocal.com へご連絡ください。
また、新設の「特定技能」に関わるインドネシア人向けの登録支援機関の設立・運営についても、お手伝いできればと思います。インドネシアの現場と日本の現場を知り、技能実習関連講習を受講済、現地語(インドネシア語)で現地地方政府・企業等との適切なやり取りが可能です。インドネシアは全国どの地方ともコンタクト可能です。
関心のある方は、matsui@matsui-glocal.com へご連絡ください。
東京の我が家の庭に、遅咲きの梅の花が一輪咲きました。
今回の講習は4種類。敢えてすべてを受講しました。すなわち、監理団体向けの技能実習監理責任者等講習、技能実習生の受入企業向けの技能実習責任者講習・技能実習指導者講習・生活指導者講習の4種類です。
これらは法令講習で、2020年4月から、技能実習に関わる監理団体の監理責任者・外部役員・外部監査役と、受入企業の技能実習責任者は、講習受講が義務化されるということです。また、技能実習指導者と生活指導者は各事業所(工場など)ごとに配置されますが、この講習を受けていると、優良技能実習実施者として、加点評価になります。
これらの講習は3年間有効で、3年毎に更新する必要があります。
敢えて4種類の講習をすべて受けたことで、技能実習の関係者に対して講習でどのような内容が教えられているか、実際に監理責任者、技能実習責任者、技能実習指導者、生活指導者となる方々はどのような方々なのか、技能実習の現場では何が問題となっているのか、などを知ることができました。
講習を通じて分かったのは、2017年11月に施行された技能実習法は、もしそれをきちんと遵守するとなると、本当は、実に厳しい法律であるということです。
監理団体や技能実習実施者(受入企業)が守るべき内容は、ほぼすべてが法律の条文によって定められています。たとえば、監理団体が定期監査などで受入企業において賃金未払いや残業代の計算間違いなどの不正を発見した場合、法律の条文によると、監理団体はその是正を指導するとともに、労働基準監督署へ通報しなければならないと定められています。
すなわち、監理団体は不正に対して指導するだけでなく、その不正の存在を通報しなければ、法律違反になる、ということです。その内容にも依りますが、法律違反となると、監理団体の認可取り消しになりえます。
技能実習計画と違う実習を行ったことを表沙汰にしたくない場合、どう処理するでしょうか。
まず、監理団体が計画と異なる実習を行っていることを知りながらそれを通報しないと罰せられます。次に、技能実習日誌に実際に行った実習の内容を記載すると、計画とは違うことが明らかになり、罰せられます。あるいは、日誌の内容を計画通りに行ったと記載した場合、嘘の記載をしたことになり、罰せられます。
つまり、どう転んでも、バレたら必ず罰せられる、というわけです。
実際にはどうでしょうか。監理団体と受入企業とが共謀して、不正がバレないように隠蔽することが多いのではないかと想像します。監理団体は、実習生1人当りいくらという形で受入企業から監理費を支払われています。いってみれば、顧客である受入企業に対して、監理団体が厳しく処することは相当に難しいはずです。
政府は、今回の技能実習法を通じて、悪徳監理団体や不良受入企業を技能実習から排除することを目的としていたとも考えられます。基本的に、監理団体や受入企業を信用していないからこそ、このような厳しい法律によって監督しようとしたのだと思われます。
こうして、私自身は今回、技能実習制度について講義できるぐらいになりたいと思って受講しました。そのレベルに達したかどうかは不明ですが、技能実習法を遵守するだけでも、ネガティブ・イメージが蔓延する技能実習は相当に適正化するのではないか、と感じました。
政府は、今年4月から新しい在留資格「特定技能」を創設し、技能実習とは別の労働力としての外国人材を受け入れられるよう、入管法を改正しました。
その中身についてはまだまだ不明点が多いのですが、技能実習を3年終えた実習生の相当部分が「特定技能」1号へ移行することが予想されます。「特定技能」には監理団体は関われませんが、外国人材のリクルート・サポートを行う登録支援機関ができます(新設の出入国在留管理庁の認可が必要)。この登録支援機関が正しく機能できるかどうかが重要になってくると思われます。
以前、下記のブログにも書きましたが、技能実習を本来の意味での技能実習へ正していく必要があると考えています。
インドネシア人技能実習生の活用に関するコンサルティングを行います
インドネシアの地域産業人材需要を知り、どのような人材が必要かを考え、それにマッチングできる日本の地域産業の状況を意識したうえで、インドネシアの地方政府の認知の下に技能実習生を日本で受け入れる。実習を終了しインドネシアへ帰国した後、彼らがどのように地域で貢献していくかをずっとフォローする。私自身は、これらを一貫して行なうことが可能です。
併せて、実習生を受け入れた日本の地域産業・企業が今後どのように地域経済振興・地域再生に関わっていけるのか、そうした外国人材を地域づくりのための戦力として生かしていけるかどうか、といったことにも関わることが可能です。
外国人材を地域づくりの戦力に
インドネシア人の技能実習を行っている監理団体や受入企業などで上記のような助言を行うアドバイザーの必要な団体、外部役員や外部監査役が必要な監理団体などございましたら、matsui@matsui-glocal.com へご連絡ください。
また、新設の「特定技能」に関わるインドネシア人向けの登録支援機関の設立・運営についても、お手伝いできればと思います。インドネシアの現場と日本の現場を知り、技能実習関連講習を受講済、現地語(インドネシア語)で現地地方政府・企業等との適切なやり取りが可能です。インドネシアは全国どの地方ともコンタクト可能です。
関心のある方は、matsui@matsui-glocal.com へご連絡ください。
2019年2月14日木曜日
バレンタインデーのスペシャルラーメン
2月14日はバレンタインデー。いつの頃からか、バレンタインデー=チョコレートとなってしまった、チョコレートの日でもあります。
そんな日の昼食に、スペシャルラーメンをいただきました。
チャーシューの上にかかっている黒い角ばった物体は・・・チョコレートです!
その名も、チョコレートらーめん。
福島県を出自とするラーメン店チェーンの幸楽苑が、2月1~14日までの限定で売り出した異色のラーメンです。
福島市の競馬場近くの幸楽苑で、昼時でしたが、ちょうど入れました(13日昼にも来たのですが、満席で入れず)。
チョコレートのスープに麺が入っているのか、と思ったら、さにあらず。
醤油ラーメンのスープに少しチョコレートが溶けているという感じで、スープの味自体は醤油ラーメン。隠し味的にちょっとショウガが効いていました。
せっかくなので、上に載っている角ばったチョコレートと麺を絡めて食べてみました。
やはり、これだと違和感は否めないです。でも、スープに溶かすと、チョコという味の主張が消えました。
チョコレートと聞くと「甘い」と思うでしょうが、カカオ自体には苦さはあっても甘さはなく、あれは大量の砂糖による甘さです。
いい香りのするカカオ入りのスープはありかもしれませんし、カカオパウダーを練りこんだ麺を白い塩味スープでいただく、なんていうのもありかもしれません。
体にもよいカカオとラーメンの相性は、意外にいいかもしれません。
そんなことを考えるだけで、なんだか楽しくなります。
そんな日の昼食に、スペシャルラーメンをいただきました。
チャーシューの上にかかっている黒い角ばった物体は・・・チョコレートです!
その名も、チョコレートらーめん。
福島県を出自とするラーメン店チェーンの幸楽苑が、2月1~14日までの限定で売り出した異色のラーメンです。
福島市の競馬場近くの幸楽苑で、昼時でしたが、ちょうど入れました(13日昼にも来たのですが、満席で入れず)。
チョコレートのスープに麺が入っているのか、と思ったら、さにあらず。
醤油ラーメンのスープに少しチョコレートが溶けているという感じで、スープの味自体は醤油ラーメン。隠し味的にちょっとショウガが効いていました。
せっかくなので、上に載っている角ばったチョコレートと麺を絡めて食べてみました。
やはり、これだと違和感は否めないです。でも、スープに溶かすと、チョコという味の主張が消えました。
チョコレートと聞くと「甘い」と思うでしょうが、カカオ自体には苦さはあっても甘さはなく、あれは大量の砂糖による甘さです。
いい香りのするカカオ入りのスープはありかもしれませんし、カカオパウダーを練りこんだ麺を白い塩味スープでいただく、なんていうのもありかもしれません。
体にもよいカカオとラーメンの相性は、意外にいいかもしれません。
そんなことを考えるだけで、なんだか楽しくなります。
2019年2月13日水曜日
しみずの里が福島市に4月オープン、入居者募集中
私がお手伝いしている、福島市泉のサービス付き高齢者向け住宅「しみずの里」は、いよいよ、4月1日のオープンへ向けて、着々と完成に近づいています。
しみずの里ホームページ
この「しみずの里」では、デイサービス、居宅介護支援、訪問介護、訪問看護のサービスも提供します。食事は温かい美味しいものを毎回手作りで提供します。
ただ今、入居者を募集中です!
そして、正式オープンに先がけて、完成内覧会を開催します!
日時は、2019年3月22日(金)・23日(土)の午前10時~午後4時まで。
この機会に、是非、環境の良さを実際に味わってみてください。
福島駅から飯坂電車で泉駅下車、徒歩5分です。当日は私もいる予定です。
他では味わえない、素敵な環境です。
いらっしゃったなら、必ずそれが分かります!
「しみずの里」の南側の同じ敷地内には、国登録有形文化財「佐藤家住宅」があります。福島市内唯一の茅葺きの大規模古民家です。
この「佐藤家住宅」は、明治6年に建造され、広い芝生の庭園には、地名の由来となった「泉」が湧き、茅葺きの兜屋根、合掌造りの大空間、囲炉裏、蔵など、古き良き日本の原風景を感じられる空間がそのまま残されています。
「佐藤家住宅」を地域遺産として末永く守り続けるために、この空間から様々な活動が生まれる場づくりをしていきます。
もちろん、「しみずの里」の入居者の皆さんが、ゆったりと楽しく過ごせる場所として輝かせていきます。
大きな茅葺き屋根の風格ある古民家。四季折々に咲き誇る花々や様々な果実。吾妻山からの伏流水がコンコンと湧いてくる泉。
ベンチに腰掛けながら、大きな空を見上げるのもよし。
ウグイスの鳴く林の中で、タケノコを探すのもよし。
泉のなかでスイカやビールを冷やして、セミの声、夏を楽しむもよし。
近所の方々や子どもたちがふらっとやってきて、わっと歓声を上げる。
そば打ち名人もやってきて、美味しい日本酒を楽しむ秋。
囲炉裏の火を囲んで、外国から来られた方々と和やかに語らう夜。
音楽会や映画上映会、勉強会、セミナー、お茶会、薪能・・・。
何だか、ここにいるだけで温かく、ほっこりしてくるような・・・。
日本一、いや世界一幸せな場所になったらいいな、と思います。
そんな場所を「しみずの里」で一緒につくりませんか。入居される方は、その仲間だと勝手に思っています。
ご関心のある方は、matsui@matsui-glocal.com へお気軽にお知らせください。ご連絡をお待ちしています。
しみずの里ホームページ
この「しみずの里」では、デイサービス、居宅介護支援、訪問介護、訪問看護のサービスも提供します。食事は温かい美味しいものを毎回手作りで提供します。
ただ今、入居者を募集中です!
そして、正式オープンに先がけて、完成内覧会を開催します!
日時は、2019年3月22日(金)・23日(土)の午前10時~午後4時まで。
この機会に、是非、環境の良さを実際に味わってみてください。
福島駅から飯坂電車で泉駅下車、徒歩5分です。当日は私もいる予定です。
いらっしゃったなら、必ずそれが分かります!
「しみずの里」の南側の同じ敷地内には、国登録有形文化財「佐藤家住宅」があります。福島市内唯一の茅葺きの大規模古民家です。
この「佐藤家住宅」は、明治6年に建造され、広い芝生の庭園には、地名の由来となった「泉」が湧き、茅葺きの兜屋根、合掌造りの大空間、囲炉裏、蔵など、古き良き日本の原風景を感じられる空間がそのまま残されています。
「佐藤家住宅」を地域遺産として末永く守り続けるために、この空間から様々な活動が生まれる場づくりをしていきます。
もちろん、「しみずの里」の入居者の皆さんが、ゆったりと楽しく過ごせる場所として輝かせていきます。
大きな茅葺き屋根の風格ある古民家。四季折々に咲き誇る花々や様々な果実。吾妻山からの伏流水がコンコンと湧いてくる泉。
ベンチに腰掛けながら、大きな空を見上げるのもよし。
ウグイスの鳴く林の中で、タケノコを探すのもよし。
泉のなかでスイカやビールを冷やして、セミの声、夏を楽しむもよし。
近所の方々や子どもたちがふらっとやってきて、わっと歓声を上げる。
そば打ち名人もやってきて、美味しい日本酒を楽しむ秋。
囲炉裏の火を囲んで、外国から来られた方々と和やかに語らう夜。
音楽会や映画上映会、勉強会、セミナー、お茶会、薪能・・・。
何だか、ここにいるだけで温かく、ほっこりしてくるような・・・。
日本一、いや世界一幸せな場所になったらいいな、と思います。
そんな場所を「しみずの里」で一緒につくりませんか。入居される方は、その仲間だと勝手に思っています。
ご関心のある方は、matsui@matsui-glocal.com へお気軽にお知らせください。ご連絡をお待ちしています。
2019年2月11日月曜日
【お知らせ】よりどりインドネシアのオフ会+交流会を検討中
ちょっと更新が途切れました。三連休も終わり、私は今週末まで福島です。
毎月2回発行している情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」は、2月7日発行分で第39号となりました。購読者数も70名ほどとなり、少しずつ増えてきています。バックナンバーは以下のリンクからご覧ください。
よりどりインドネシアのバックナンバー
一般のメディアではなかなか伝えられない、いくつものインドネシアを伝える日本語媒体にしていきたい、と願って発行してきましたが、そろそろ、購読会員のオフ会+交流会を行いたいと考えています。
会のスタイルをとくにかっちり決める必要はないと思いますが、一般の講演会スタイルではなく、もう少し参加者同士の距離が近い、トーク+自由討論(意見交換)に食事または飲物付き、という感じで考えています。参加された方の誰もが自由に発言し、それをもとに対話するという形を採りつつ、内容は易しくかつ正しいものにしていきたいと思います。
もちろん、購読会員に限定せず、よりどりインドネシアに興味のある方や、そのときのテーマに関心のある一限さんも歓迎、という緩やかな会になればと思います。この会を通じて、新たに購読者になってくださるならば、それはもちろん、存外の喜びです。
会の頻度ですが、できれば毎月、難しければ2~3ヵ月の1回ぐらい、と考えています。毎回、ゲストをお招きしたいと思っていますので、「話題提供者になってみたい」という方は遠慮なくお知らせください。また、こちらからも一本釣りで、話題提供者になっていただけるよう、お願いしていく予定ですので、よろしくお願いいたします。
インドネシア在住の方で、たまたまその頃一時帰国するよ、という方、是非、話題提供者になっていただきたいので、お知らせください。
東京、ジャカルタ以外でも、開催できればと思いますので、ご希望の方はお知らせください。スケジュール調整をいたします。費用面の相談は後ほど、ということで。
とりあえず、まずは3月半ばにジャカルタで、3月後半または4月初めに東京で、私が話題提供者として、「2019年大統領選挙・総選挙とその後のインドネシア」という話をしようかなと思っています。できれば、ゲストもお招きして、トークの形で話をしたいとも思っています。
日程が確定しましたら、改めて告知いたします。よろしくお願いいたします。
毎月2回発行している情報ウェブマガジン「よりどりインドネシア」は、2月7日発行分で第39号となりました。購読者数も70名ほどとなり、少しずつ増えてきています。バックナンバーは以下のリンクからご覧ください。
よりどりインドネシアのバックナンバー
一般のメディアではなかなか伝えられない、いくつものインドネシアを伝える日本語媒体にしていきたい、と願って発行してきましたが、そろそろ、購読会員のオフ会+交流会を行いたいと考えています。
***********
もちろん、購読会員に限定せず、よりどりインドネシアに興味のある方や、そのときのテーマに関心のある一限さんも歓迎、という緩やかな会になればと思います。この会を通じて、新たに購読者になってくださるならば、それはもちろん、存外の喜びです。
会の頻度ですが、できれば毎月、難しければ2~3ヵ月の1回ぐらい、と考えています。毎回、ゲストをお招きしたいと思っていますので、「話題提供者になってみたい」という方は遠慮なくお知らせください。また、こちらからも一本釣りで、話題提供者になっていただけるよう、お願いしていく予定ですので、よろしくお願いいたします。
インドネシア在住の方で、たまたまその頃一時帰国するよ、という方、是非、話題提供者になっていただきたいので、お知らせください。
東京、ジャカルタ以外でも、開催できればと思いますので、ご希望の方はお知らせください。スケジュール調整をいたします。費用面の相談は後ほど、ということで。
***********
とりあえず、まずは3月半ばにジャカルタで、3月後半または4月初めに東京で、私が話題提供者として、「2019年大統領選挙・総選挙とその後のインドネシア」という話をしようかなと思っています。できれば、ゲストもお招きして、トークの形で話をしたいとも思っています。
日程が確定しましたら、改めて告知いたします。よろしくお願いいたします。
メダンのインド人街出口(2019.1.20)
2019年2月5日火曜日
大学時代のサークルが100周年だった
大学時代に所属していたサークルが100周年を迎えていました。それに気づかせてくれたのがフェイスブックでした。
先週のとある日、大学時代のサークルの一つ上の先輩たちが久々に集まって温泉旅行に行った、という記事がフェイスブックに上がっていました。友達関係にある私の先輩が投稿したものでした。
写真が付いていて、懐かしい先輩方の顔があって、思わず、「いいね」を押してしまったら・・・。
写真に写っていた、懐かしいもう30年以上会っていない先輩からフェイスブックで「友達申請」が来て、承認して友達になったら、すぐにその先輩からメッセージが来ました。
そんなこんなしているうちに、大学時代の所属サークルである男声合唱団が2月3日に100周年記念演奏会を行なうことを知りました。
はい、実は、高校、大学と男声合唱をやっていました。トップテナーでした。
大学を卒業してからは、合唱など全くしていないのですが、一時期、ジャカルタで男声合唱を再開しようと思ったことがありました。でも、「月光とピエロ」の高音が出ず、断念しました。
ともかく、100周年記念演奏会へ行くことにしました。
行ってみたら、もう歴代の先輩方がたくさん来られていて、私の代など、まだまだ若手。OBの男声合唱団は団員の平均年齢が70歳代なのでした。
合唱を人生の友として長年歩んでこられた方々の熱さに、一時期は自分もそうだったのに、圧倒されました。
その熱さになぜかついていくことができず、そそくさと会場を後にしたのでした。
でも、また、時々、聴きに行くことと思います。
先週のとある日、大学時代のサークルの一つ上の先輩たちが久々に集まって温泉旅行に行った、という記事がフェイスブックに上がっていました。友達関係にある私の先輩が投稿したものでした。
写真が付いていて、懐かしい先輩方の顔があって、思わず、「いいね」を押してしまったら・・・。
写真に写っていた、懐かしいもう30年以上会っていない先輩からフェイスブックで「友達申請」が来て、承認して友達になったら、すぐにその先輩からメッセージが来ました。
そんなこんなしているうちに、大学時代の所属サークルである男声合唱団が2月3日に100周年記念演奏会を行なうことを知りました。
はい、実は、高校、大学と男声合唱をやっていました。トップテナーでした。
大学を卒業してからは、合唱など全くしていないのですが、一時期、ジャカルタで男声合唱を再開しようと思ったことがありました。でも、「月光とピエロ」の高音が出ず、断念しました。
ともかく、100周年記念演奏会へ行くことにしました。
行ってみたら、もう歴代の先輩方がたくさん来られていて、私の代など、まだまだ若手。OBの男声合唱団は団員の平均年齢が70歳代なのでした。
合唱を人生の友として長年歩んでこられた方々の熱さに、一時期は自分もそうだったのに、圧倒されました。
その熱さになぜかついていくことができず、そそくさと会場を後にしたのでした。
でも、また、時々、聴きに行くことと思います。
2019年2月2日土曜日
外国人材を地域づくりの戦力に
このタイトルにちょっと違和感を感じる方がいるかもしれません。なぜそう考えるのか。少し書いてみたいと思います。
2018年6月、ひょんなことから、北陸経済連合会の関連団体である北陸AJECが主宰する共同調査「北陸企業の外国人材の採用・活用-現状と課題-」のメンバーに加えていただき、報告書の1章を執筆することになりました。
この調査自体は、もともと北陸の大学などへの留学生を中心とした高度人材を地域がどのように活用するか、という観点から行われていたものです。ただ、北陸企業の現場では、やはり技能実習制度に係る問題が高い関心を示していることから、それについて私が担当することになったのです。この関連で、2019年3月26日に金沢市で講演することになりました。
2019年4月からは改正入管法による新たな在留資格「特定技能」が創設され、技能実習から特定技能へ、研修から労働力へ、大きな転換が進んでいくという見方がメディアなどに散見されます。現在、様々な角度から、この動きについてウォッチし、今後どのように改革を進め、方向性を打ち出していくのが望ましいか、自分なりに色々と思案中です。
それは、今まさに直面している人手不足問題にどう対応していくかという問題を超えて、これから20年、30年後の日本社会がどのようになっていくのか、どうなっていくのが人々にとって望ましいのか、幸せになるのか、ということまで構想(妄想?)したうえで、今の動きを捉えていかなければならない、と個人的に思っているからです。
たとえば、地域を再生・活性化させるには、「よそ者、若者、ばか者が必要だ」といった議論がありますが、どんな「よそ者、若者、ばか者」が必要で、彼らがどのように必要なのか、どのように振る舞うのか、といったことをより深く広く考える必要があります。
そこで、ふと思うのです。「よそ者、若者、ばか者」って、性別とか出自とかで制限されるのか、と。そして、日本人に限られるのだろうか、と。
「よそ者、若者、ばか者」が地域社会やそこの人々と関わるときには、適切な関わり方というものがあります。そこに移住するだけが関わり方ではないのです。時々住んでみたり、複数拠点の一つにしたり。遠くに住みながらもずっとその地域を気にしながら応援し続ける、というのもありだと思います。
そこで、次のような考えが頭に浮かびました。
人口流出や高齢化、過疎によって人口わずか1000人の地域。もしもその地域が好きで、気になって、応援したいと思う応援団が(たとえば)10万人存在すると分かったら、その地域は、そこに住んでいる1000人のためだけの場所ではなくなるはずではないでしょうか。
きっと、そこに住んでいる人には、なぜ、よその人が10万人も自分の地域を好いてくれているのか、分からないかもしれません。そこで言えることは、よその人には、そこに住んでいる人には感じられない何らかの価値や魅力を感じている、ということです。もしかすると、それは地元の人々にはあまりにも当たり前すぎて、何も感じないのかもしれません。
その地域が好きだというファンを、別に日本国内だけに限定する必要はありません。世界中にその地域のファンが何万人もいる、ということを意識した地域づくりや地域振興は、今までのそれとは確実に違ったものになるはずです。
この着想は、実は、高知県馬路村がどうやって存続し続けてきたか、ということから得たものです。馬路村農協の様々なユズ加工品を通じて、村の人口の何倍もの馬路村ファンが全国にいるのです。
海外の方々にもそうしたファンになってもらうことは可能ですよね。
村から若者が流出してしまい、若い世代といえば、外国からやってきた技能実習生ぐらい、というところも少なくないかもしれません。でも、3年もの長期にわたって地域で生活する彼らは、「よそ者、若者、ばか者」になれるのではないでしょうか。
日本国外で応援してくれるその地域の外国人ファン。その地域で生活する技能実習生たち。それらの外国人材を、地域づくりの戦力として活用する方策を考える時代になってきたのではないでしょうか。
地方にとってこそ、外国人材との共生は待った無しの状況です。外国人材を入れるか入れないか、という悠長なことは言っていられない状況だと思います。そうだとするならば、共生を超えて、地域の外国人材を「よそ者、若者、ばか者」としてどのように地域のために活用するか、を考え始め、準備する時期にもう来ているのだと思います。
「よそ者、若者、ばか者」って、性別とか出自とかで制限されるのか、と。そして、日本人に限られるのだろうか、と前述しました。外国人材だけでなく、様々な人材を地域づくりの戦力にしていくのだと思います。
そのために努力することは、必ずしも、英語を勉強することではありません。
それは、地域の魅力を高めることです。
地元の人が魅力だと思っていることと、よそ者が魅力と感じるものは同じとは限りません。それを意識しながら、地域の魅力を高める。それは新しく作った魅力でもいいのです。
そのためには、どうしたらいいのか。
このブログで、今後、折に触れて、私なりの考え方を示してみたいと思います。
なお、私自身は、日本だけでなく、インドネシアでもアフリカでも、世界中どこでも、地域づくりに関しては、まったく同じく、提示してきた(提示していく)考えです。
2018年6月、ひょんなことから、北陸経済連合会の関連団体である北陸AJECが主宰する共同調査「北陸企業の外国人材の採用・活用-現状と課題-」のメンバーに加えていただき、報告書の1章を執筆することになりました。
この調査自体は、もともと北陸の大学などへの留学生を中心とした高度人材を地域がどのように活用するか、という観点から行われていたものです。ただ、北陸企業の現場では、やはり技能実習制度に係る問題が高い関心を示していることから、それについて私が担当することになったのです。この関連で、2019年3月26日に金沢市で講演することになりました。
2019年4月からは改正入管法による新たな在留資格「特定技能」が創設され、技能実習から特定技能へ、研修から労働力へ、大きな転換が進んでいくという見方がメディアなどに散見されます。現在、様々な角度から、この動きについてウォッチし、今後どのように改革を進め、方向性を打ち出していくのが望ましいか、自分なりに色々と思案中です。
それは、今まさに直面している人手不足問題にどう対応していくかという問題を超えて、これから20年、30年後の日本社会がどのようになっていくのか、どうなっていくのが人々にとって望ましいのか、幸せになるのか、ということまで構想(妄想?)したうえで、今の動きを捉えていかなければならない、と個人的に思っているからです。
たとえば、地域を再生・活性化させるには、「よそ者、若者、ばか者が必要だ」といった議論がありますが、どんな「よそ者、若者、ばか者」が必要で、彼らがどのように必要なのか、どのように振る舞うのか、といったことをより深く広く考える必要があります。
そこで、ふと思うのです。「よそ者、若者、ばか者」って、性別とか出自とかで制限されるのか、と。そして、日本人に限られるのだろうか、と。
「よそ者、若者、ばか者」が地域社会やそこの人々と関わるときには、適切な関わり方というものがあります。そこに移住するだけが関わり方ではないのです。時々住んでみたり、複数拠点の一つにしたり。遠くに住みながらもずっとその地域を気にしながら応援し続ける、というのもありだと思います。
そこで、次のような考えが頭に浮かびました。
人口流出や高齢化、過疎によって人口わずか1000人の地域。もしもその地域が好きで、気になって、応援したいと思う応援団が(たとえば)10万人存在すると分かったら、その地域は、そこに住んでいる1000人のためだけの場所ではなくなるはずではないでしょうか。
きっと、そこに住んでいる人には、なぜ、よその人が10万人も自分の地域を好いてくれているのか、分からないかもしれません。そこで言えることは、よその人には、そこに住んでいる人には感じられない何らかの価値や魅力を感じている、ということです。もしかすると、それは地元の人々にはあまりにも当たり前すぎて、何も感じないのかもしれません。
その地域が好きだというファンを、別に日本国内だけに限定する必要はありません。世界中にその地域のファンが何万人もいる、ということを意識した地域づくりや地域振興は、今までのそれとは確実に違ったものになるはずです。
この着想は、実は、高知県馬路村がどうやって存続し続けてきたか、ということから得たものです。馬路村農協の様々なユズ加工品を通じて、村の人口の何倍もの馬路村ファンが全国にいるのです。
海外の方々にもそうしたファンになってもらうことは可能ですよね。
村から若者が流出してしまい、若い世代といえば、外国からやってきた技能実習生ぐらい、というところも少なくないかもしれません。でも、3年もの長期にわたって地域で生活する彼らは、「よそ者、若者、ばか者」になれるのではないでしょうか。
日本国外で応援してくれるその地域の外国人ファン。その地域で生活する技能実習生たち。それらの外国人材を、地域づくりの戦力として活用する方策を考える時代になってきたのではないでしょうか。
地方にとってこそ、外国人材との共生は待った無しの状況です。外国人材を入れるか入れないか、という悠長なことは言っていられない状況だと思います。そうだとするならば、共生を超えて、地域の外国人材を「よそ者、若者、ばか者」としてどのように地域のために活用するか、を考え始め、準備する時期にもう来ているのだと思います。
「よそ者、若者、ばか者」って、性別とか出自とかで制限されるのか、と。そして、日本人に限られるのだろうか、と前述しました。外国人材だけでなく、様々な人材を地域づくりの戦力にしていくのだと思います。
そのために努力することは、必ずしも、英語を勉強することではありません。
それは、地域の魅力を高めることです。
地元の人が魅力だと思っていることと、よそ者が魅力と感じるものは同じとは限りません。それを意識しながら、地域の魅力を高める。それは新しく作った魅力でもいいのです。
そのためには、どうしたらいいのか。
このブログで、今後、折に触れて、私なりの考え方を示してみたいと思います。
なお、私自身は、日本だけでなく、インドネシアでもアフリカでも、世界中どこでも、地域づくりに関しては、まったく同じく、提示してきた(提示していく)考えです。
登録:
投稿 (Atom)








