2016年7月8日金曜日

途上国での我々の立ち位置

第2に、発展途上国における我々の立ち位置についてです。

日本の政府開発援助は、日本政府が相手国政府へ行う援助です。ここでは、相手国政府が行う施策は国民のためになっているという仮説があります。たとえ相手国政府が国民から信頼されていなくとも、その仮説を崩すわけにはいきません。政府以外へ協力するということはありえないのです。

相手国政府から虐げられたり、反政府勢力だと見なされる国民から見れば、相手国政府は敵であり、それを支援する日本も敵視されるかもしれません。多くの発展途上国では、国民は政府を信用していないことが多いのです。汚職、腐敗、内戦などにより、国民の全幅の信頼を得ている政府など存在しないのです。

援助関係者の多くは、否が応でも、そうした国家の手先になります。援助の仕事は国家間の仕事であり、それに従事するということは、国家目的に則って仕事をするということになります。

反政府勢力が強いところでは、そうした援助は、自分たちの敵である現政権を支えることになる、と見なされます。それを遂行する日本人専門家も、彼らにとっては敵の一部になります。このことを十分に自覚して行動しなければならないのです。

発展途上国では、外国人は、インドネシアも含めて、未だに金持ちで裕福だと思われる傾向があります。現地の一般の方々からすると、外国人は別世界の人間で、ともすると、自分たちよりも上の優れた人々、と思い込んでいる場合が少なくありません。援助や技術移転では、どうしても日本から相手国へ教えてあげる、という無意識の上下関係ができてしまいます。こうして、国家を背にしながら、教える側と教えられる側とのスムーズな関係ができ上がってしまうのです。

私もそんな形で長い間仕事をしていました。そして、自分が自分でなくなっていくような気配を感じました。国家の名の下に仕事を進めることで、現地社会に対して張ってきた鋭敏なアンテナがどんどん鈍り、アドミのことに関わり始めると、現地社会がどんどん遠くなっていくような感覚が現れてきました。

それがまだ自覚できるうちに、感覚を取り戻すために、あえて、山羊や鶏と一緒にエアコンなしの長距離バスに乗ったり、青物市場の中を歩きながら商人のおばちゃんたちとダベったり、外国人も日本人も来ることはない小さな食堂を食べ歩きしたり、そんなことに努める日々がありました。努めないと自分がダメになってしまう、という感覚もありました。

そうやって、できる限り現地の人々に自分を近づけようと努めても、結局は、やはり外国人としてしか見てくれていないのだ、ということを改めて思いました。外国人、日本人という一般名詞の世界しか作れていないのでした。

ともすると、途上国での我々の立ち位置は、国家を背負った場合、相手国政府に反発する国内勢力からは敵意を持たれる可能性があり、また、事業の中で教え教えられる上下関係がついてしまうと、それに安住してしまい、現地社会から遠ざかるような感覚が現れてしまいます。

そうしたことを自覚し、自分が自分であることを忘れない自分を意識しながら、現地の人々から敵と見られないためにも、国家と一体化しない自分を持ち続けることが必要ではないかと思いました。そして、そうは言っても、外国人として一般化して現地の人々からは見られているという自覚も常に持ち続けることも大事だと思いました。

今日は、正直言って、うまく書けず、書いたものを消しては書き直しました。書いていてもどかしく、自分の言葉になっていないような気がしています。

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